第六話『爆誕!砂漠のオアシス①』


 受付窓口の列をひたすら待ち続けていた。


 周りの冒険者が俺をみて、こそこそと何かの話し声が聞こえてきた。


 まさか、もうすでに俺がパーティー追放されたことが知れ渡ってしまっているのか? 兄貴たちに絡まれてたときのやりとりを聞かれていたのかもしれないが……。


 だが噂話をされるのはいつものことなので、これ以上のことは何も思わなかった。


「長い……」


 これだからこのギルドの受付は嫌なんだ。

こういうとき、アウガルテンがいればな……と思った。


 大体面倒くさいことはあいつに押し付けられるのに……。


「あっ、あと三人ですよ!」


 イライラする俺の横でマイセンが一人ではしゃいでいた。


 一体何が楽しいのだろうか。


 受付窓口をテーマパークのアトラクションか何かと勘違いしているんじゃないだろうな。


「そういえば、ノリタケさんはパーティーに入っていたんですよね?」


「ああ」


「以前はどのような手続きを経てパーティーを作ったのですか」


「……わからん。全部仲間にやってもらってたし。

パーティー編成とか、クエスト受注とか全部…」


「え? まさか……嘘、ですよね? 

そんな人がS級冒険者になれるわけが…」


「そもそも俺1人で受付まで行った事は……。

自分自身で冒険者登録をしに行った時と、仲間がパーティー名で悩んでいるときに俺が隠れて受付に行ったのが、多分最後だと思う…」


「パーティー名って……それはかなり昔の話じゃないですか!!」


「これまでは面倒くさいことはアウガルテンにやってもらってたし、それでもどうにかなってたんだよ。でもまあ…パーティー作るだけなら、なんとかなるだろ」


「なんだか……難しいことは親に任せていた子供みたいで可愛いですね」


「やっぱ殴ろうか? 殴り損ねた後輩たちの無念も晴らすからな、今」


「冗談ですよ」


「絶対冗談じゃないだろ。……お前とこれからやっていくのが……」


 と俺はいいかけてとどまった。


「が?」


 とマイセンが言った。

少し嫌な予感がした。


「楽しみだわ。

こんなじゃじゃ馬。乗りこなせてこそのS級冒険者のノリタケだからな」


「それでいいんです」


    *


 ようやく俺たちの番になった。


 緑色のベレー帽と同じ色に統一された制服をきた綺麗なお姉さんの受付嬢が対応してくれるようだった。


 彼女は俺の顔をみると、一瞬めちゃくちゃ驚いたような顔をしていた。


 俺は手短に、『ここにいるマイセンという女の子と新たにパーティーを編成したい』と言った。


「お待たせいたしました。

G級冒険者ノリタケ様と……未登録のマイセン様ですね。

お二人のパーティー編成登録ですね。承知いたしました。

まずはマイセン様の冒険者登録の方を……」


「い、今なんて言った」

 

 今、実に聞き捨てならないことを言った受付嬢が、マイセンの冒険者登録に進もうとしたので、俺は声をあげて止めた。


「G級冒険者ノリタケさんと……」


「いや俺G級じゃないから。S級だから」


 と俺が言うと、受付嬢はポカンとしていた。


「ノリタケさんは冒険者登録をされてから一度も昇級試験に来ませんでしたよね。G級から先のランクに上がる際には、試験を受けなければならない決まりになっています」


 試験だと? ……し、知らなかった……。


「じゃあなんで今まで俺はS級の扱いがされてたんだ!!」

 俺は反撃するべく、至極真っ当な意見を出した。


「これまでに関しては、ランク差制度が適用されておりました」


「ら、ランク差制度ォ?!」

 俺は驚きのあまり、声が裏返って後ろにひっくり返った。 


 彼女は『ランク差制度についてのお知らせ』と書かれた、1枚の紙を受付窓口から手渡してきた。


「この制度についてご説明させていただきますと。

仮にAランク冒険者が2人以上いるパーティに所属する場合、GランクであってもAランク相当の扱いがされることになります。

この制度を適用された場合、例外的に個人でのランクを上げて貰うことが可能ではありますが、その際、受付まで行って申請しなければなりません。

そこからギルドマスターに認可されれば無事にS級にも昇級することができます」


 淡々と謎の制度について説明した受付嬢は、思考停止した俺を残して『続けて』と言った。


「ノリタケ様は色々と特別でありますので、一度でも受付に来られていれば、無条件に、そして即座にS級に上げるという準備もしていたのですが……。その前にパーティーを抜けてしまわれたので不可能になりました」


「そ、そんなのがあったのか……でも俺何もかも知らなかったぞ。

試験も、その制度も。なんで誰も教えてくれなかったんだ」


「『南国の島のマンゴー』の方々に、”ノリタケには言うな”と口止めされておりましたので……」


「あっ、あいつらあああああああ!!!!!! 」


「ということで、マイセン様の登録手続きを……」


「いやいやいやいやいやいやいや。

じゃあ今まで俺は『南国の島のマンゴー』にいたけど個人としてはG級のやつだったのか?!」


「そうなりますね」


「お、俺の活躍知ってるだろ? 

今更俺がそんなGランクからとか絶対おかしいから!」


「規則ですので」


「本当に大丈夫か? 一応俺、国の宝だからな? 

ちゃんとした勲章も貰ってるからな? そんなG級いないからな!?」


「規則です。それに自分で国の宝とか言うのはちょっと……」


「いやアレ言い出したのお前らの方だろ!!」

 と俺は受付窓口の机をバンと叩いた。


「……規則ですので諦めてください」


 俺は顔を真っ赤にして憤慨していた時、マイセンに肩をつつかれた。


 彼女はなぜかじれったいように腕を後ろに組んで、はにかんでいた。


「無理にあがこうとするのは恰好悪いですよ。

しかし……私と”同じ”G級ですね」


「そんな……馬鹿な!!ばかなあああああああ!!!!!」


 俺は絶叫をあげて絶望して膝から崩れ落ちた。

ショックが大きすぎて涙すらでなかった。


 砂漠の……砂上の楼閣が崩壊したようだった。


 今まで自分がみてきたものは幻想だったのかもしれない。


 S級冒険者ノリタケの実態、それは砂漠に映し出された蜃気楼……オアシスだったのだ。


 そしてこの瞬間俺は、賽の河原で石を積み上げては崩される子供と完全に心を通わせた。シンクロ率100%だ。


「本当にS級パーティの元メンバーの方に言うのは心苦しいのですが、規則なんです」


「ぁあ……あああ……あ」


 俺は床に土下座するような形になって絶望していた。


「この時間が非常に無駄なので、早く正気に戻ってもらえませんか」


 とマイセンから言われた。

心を癒す時間すら与えてくれないようだ。


       *


「それではマイセン様の登録手続きに入ります。ステータス情報を提出してください」


 と受付嬢は言って、焦燥しきった俺に窓口から”紫色の薬瓶”と一枚の”青白く光った洋紙”を手渡してきた。それを受け取ると、マイセンに手渡して飲むように促した。


「なんですかこれは」


「とりあえず飲め……」


「まずかったら許しませんよ?」


 と言って彼女は瓶を蓋をひねって開封すると、スンと匂いを嗅いでから一気に飲み干した。めちゃくちゃ顔を歪ませているので、味の方はお気に召さなかったようだ。


 彼女はボーっとした表情で空を見つめていた。


「味わって飲むもんじゃねえから……どうだ? 視えるか?」


「……なんですかこれは?! 空中に文字がいっぱいみえます!!! 

私の名前も見えています!!」


 と数秒の沈黙をおいて、正常な意識を取り戻した彼女は驚き始めた。


「説明している時間がないから、とりあえず視えている文字を全部この洋紙に書き写せ。

書きたくない情報があったら別に書かなくてもいいからな。

ただ、嘘の数値を書いたらバレる……というよりこの紙は、嘘の情報を書くことができないように作られている。

効果切れたらもう一回飲まないといけないから早く書いた方がいいぞ」


 と俺は彼女をせかした。


「は、はい!」


 彼女は一心不乱に洋紙に書き写し始めた。



      *


「書けました!」


 と彼女は言いながら俺に”ステータス情報”が書かれた洋紙を渡してきた。


「いッ!」

 俺はそれをザッと確認して、目が飛び出そうになった。

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