第五話『世界最強のS級冒険者パーティー』


 店主から追い出されるような形で外へ出た。

市民たちがほとんどいなくなっていたので一安心だ。


 大通りの側端をみると、俺の後輩たちが白目をむいて倒れ伏していた。

無念。


 そして『これからどうしようか』という話をマイセンにしたら今すぐにでも冒険者になりたいと言われたので、渋々冒険者ギルドに向かうことになった。


      *


 大型冒険者ギルド【KPM】は、ベトガー王国王都ザビーネの中心部から近い場所に位置していて素晴らしい程の一等地に建てられていた。


 良い所は立地だけだ。


 外観は非常に悪い。

その辺の木と石を拾ってきたようなものが建材となっているのでかなり無骨なのだ。


 極めつけには蛮族の首領がやるようにモンスターの大きな骨をクロスさせていて、それが看板の役割を果たしていた。


 その看板の下にはご丁寧に骨を器用に張り付けて【KPM】とかかれているが、別に書かなくても誰もがここが冒険者ギルドであると分かるだろう。


 そして建物自体が無駄に大きくて七階ビルに相当するほどであった。

当然、周辺の住宅街や繁華街の様相とは全くかけ離れているので、地域の中でかなり浮いた存在になっている。 


 余談ではあるが、このギルドの建物の存在が極めて王都の景観を損ない、国の品位を下げるということで、何度も国や王都のお偉いさんから苦情を入れられているらしい。



「ここが冒険者ギルド【KPM】だ……」


 とギルドを見上げているマイセンに言った。


 改めて人に紹介することになると、若干恥ずかしかった。


 何かの拍子に建物が崩れて、また再建してくれないかな。


「ここがそのギルドだったんですね」


「いや、こんな目立つ建物絶対みたことあるだろ。逆に今まで何だと思ってたんだ」


「貧民がサーカスでもやっているのかと思っていました」


 彼女は全く隠すこともオブラートに包むこともなくそう言い切った。


「まじか………」


 怒る気にはならなかった。

確かに何も知らない状態でみせられたら、俺でもそう思うかもしれないからだ。



「じゃあ、よーーーくみとけよ。

俺がいかにギルドの中で崇拝されて尊敬されているのか、すぐにわかるからな!!」


「よく見ておきますね」


 俺は鼻息を荒くして、骨と皮に彩られた大きな扉を開いて中に入った。



 「………」


 しかし、中に入って少し歩いてから、立ち尽くしてしまった。

エントランスロビーに広がる光景に違和感を覚えたのだ。


 クエスト受付窓口の前に人がずらりと並んでいる光景も、併設されている酒場におっさんがたかっていることもいつも通りなのに。


 今日はやけに静かだ。

そして嫌な予感もする。


 思えば、ギルドの扉も前もいつもであれば屈強な男たちが酒を飲み交わしているのに、まるでいなかった。


 人がいないのか? 

と思えば……人はいるのだ。沢山。これもいつも通りである。

普段、治安が悪いわけでないにしても、談笑とか笑い声があって楽しい雰囲気のはずなんだが……。


 一番恐ろしいことは、歴戦の冒険者達が、俺の存在に気づかないほどに顔を青くして下を向いていることだった。



「どうかしましたか?」


「い、いや。……少し待ってくれ。

他国のS級冒険者でもいるのか……?」


 でも『南国の島のマンゴー』が勢ぞろいしてもこうはならないだろう。


 そしてこの時間は、アウガルテンもミントンもエインズレイも、彼女たちはクエストに行っているかVIPルームの中で遊んでいるはずだ。


 あいつらは人気者なので、ギルドの広場に姿を現せばたちまち人が増えるからすぐにわかる。


 俺としては別にあいつらがここにいてもよかった。

 仮にいたところで、無理やり部屋の掃除を押し付けられる位だし。


「どうでも……いいか」


 少し謎だが、放っておこう。触らぬ神に祟りなしだ。


 今は用事がある。

早めに受付窓口まで行って、マイセンの冒険者登録をしてからパーティーも作らなければならないのだ。



「あなたは今日ずっと、S級冒険者と連呼していますね。

私にはその凄さがわかりません。もっと教えてください。

このギルドにいるなら、お会いしたいような気がします」


「S級冒険者は基本的に人前に姿を現せないから、会うのは無理だぞ」


「あなたは野良犬みたいに街中を歩いていましたけど」


「俺はいいんだよ」


 と俺は半ギレ気味に言って、受付窓口に行く前に、S級冒険者のことを少しだけ教えてあげることにした。


「数に関しては、ギルド【KPM】のS級冒険者は俺を含めたら7人だ。

世界全体でみたら14人しかいないから、ここのギルドが一番多い。

パーティーでみた場合は、このギルドには俺がいた『南国の島のマンゴー』と、あともう一つあるんだが……まああの人たちはガチで普段忙しいし、今は会え………え?」


 エントランスロビーの奥の方にある、二階へ続く大きな階段から3人組の”漢”達がげらげらと笑いながら現れた。


 その針を刺すような生物として圧倒的な気配、昭和の大スターが放つようなカリスマ的な貫禄。



 ………兄貴たちだ。


 最悪だ。今一番あいたくない人達に出会ってしまった。

なんで……なんでいるんだ!


「か、帰らないか?」


 俺は震える声を抑えて、マイセンに言った。


 非常事態だ。今はバレずに帰るしかない。


 兄貴たちが俺の存在に気づいたならば、そして特に”あのこと”をすでに知られていたならば……!!!


「はい? いえ帰りませんよ」


「帰ろう。帰ろう帰ろう帰ろう帰ろう」


 俺は絶望しながら、”帰ろうロボット”に変わってしまった。


「帰るといっても、一体どこに帰るのですか? 

私にはもう戻る家などありませんよ」


「戻る家なら俺が作るから今は帰るんだ!」


 なんでいるんだ兄貴たちが!!!!!


 そして3人いたはずの兄貴たちが、不意に視線を外した瞬間2人だけになっていた。


 まずい!

そう思って外へとつながる扉を見たがもう遅すぎた。


「ひゃあ!!おめえノリタケかぁ!!」


 と、背中から声がした。

突然俺の背後に瞬間移動してきたのだ。


 そしてバシンと背中を叩かれて心臓が止まったかと思った。


 

 彼は俺の退路を断つように、扉の前まで高速で移動してきた。



 墨のように真っ黒なアフロの髪型、虎を殺すようないかつい眼差し。

”鬼”と書かれた黒色の道着をきている高身長の漢……。



「ご、ゴクーの兄貴。……お久しぶりです! 

お会いできてうれしいですよ~~。 

最高難易度ダンジョンに挑んでいるという話を聞いていたんですけどねーー?」

 俺は声が裏返った声で挨拶をした。


「うん、それはいいんだけどよお。

おめえ、さっきおらたちのことを見ておいて、すぐに挨拶しにこなかったよな!」


 とゴクーさんは笑って、特徴的な訛り言葉で言った。

目はサイコパスのように笑っていなかった。


「いや~~まさか帰って来てるとはおもわなくて、他人の空似かと……」


 と言いながら、俺は土下座する準備をしながら言い訳を重ねた。



 じわじわと説教モードに入り始めたゴクーさんの頭を誰かが叩いた。

「いぃッ」


「ゴクー!お前そんなことどうでもいいじゃねえか!」


 もう一人の兄貴であるルピーさんだった。


 彼は今日も、トレードマークである異常に大きな黒の麦わら帽子をかぶっていて、ゴクーさんと同じ”鬼”道着を着ていた。


「そんなことよりノリタケ! お前、俺の仲間になれ! 

いや~~今丁度こいつらと話しててさあ。 

お前が追放でもされたら正式に俺達の仲間に入れてやろうってな!

しかも今日パーティーから抜けたらしいじゃねえか! よかったなあ。

あひゃひゃ!! お前が入ったらすぐに宴だ!!」


 とルピーさんは気が狂ったかのように笑い始めた。


「どひゃあーおめえもう、おいだされたんかあ〜。

ってえことはよお。おめえは今日からおら達のなかまっちゅうことだな!」


 とゴクーさんが言った側から、最後の兄貴がやってきた。


「しかし久しぶりやのう。ノリタケとパーティーを組むんは。

お前含めて漢四人や。新たに仲間を加えて冒険者として、再出発すんのも悪いもんやないなァ」


 と遂には三人目の兄貴であるマンダさんまで、葉巻を吹かしながらノロノロと歩いてやってきたのだ。


 彼は3人の中でガタイが一番良く、ギラギラと光った高そうな紫色のスーツを着たオールバックの漢だ。真っ黒なサングラスをかけている。


「あーーー……いぃやぁ~~~……嬉しいです!! 

昔から尊敬している大先輩の方々にそう言って貰えて凄くありがたいんですけど…ねえ」


 口では当然そう言うしかなかったが、全然うれしいとは思わなかった。

ひきつる顔を何度も笑顔に戻していた。


 この人達と”また”同じパーティーメンバー……?

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!


 絶対……!! いやだ!!!!


「おめえ。おら達のパーティーに入りたくねえっちゅうんか?」


 と俺の感情を読み取ったのか、ケラケラと笑っていたはずのゴクウさんの目つきが鋭く変わった。


「ああ…いや! お話は嬉しいです! 嬉しいんですけどねえーーー。

今日からこの子と一緒に新しくパーティーを組むつもりだったんですよ。

残念です!w このお誘いがもう少し早かったらなあ~~」


 と俺はマイセンを盾に突っ切ろうとした。

マイセンは実に嫌そうな表情をしていた。


「そうなのか? ならそこの女も仲間になればいいじゃねえか! 

女がいると宴が盛り上がるからな! 二シシシッ」


 とルピーさんが陽気に言った。


 よし来た! 

これでマイセンがうまく断ればこの状況から脱出できるぞ!


 俺はすがるように彼女にアイコンタクトを取った。

彼女は、俺に向けて”安心してください”と言わんばかりに微笑を浮かべていた。


 心が通じ合ったようで感動した。


 マイセン……!!! 俺は一生お前についていくぞ!!


「私ですか? この人とは全く関係ありませんし、パーティーを組むつもりもありません。お金をくれるというから仕方なく付いてきただけです。

というかこの人一体何者ですか?」


 と簡単に裏切られた。


「え? は?」



 そして、兄貴達の表情ががらりと変わって鬼のように険しくなり、とんでもなくマズイ空気になった。


「ノリタケ……おめえ……嘘つくのはよくねえんじゃねえのかあ?

おら達の前で礼儀を弁えないとどうなるか。昔、あれだけ教えてやったっちゅうのによお。 しかも金で女を侍らすような真似しやがって。

よっし……もう一度、教わりてぇっちゅうことだな」


 とゴクーさんが言いながら、胴着の帯を強く結び直した。


「ふう」

 とマンダさんが葉巻の煙をため息のように吹いた。


「ほんま悲しいなあ。兄弟。

ワシら兄貴分の前で、嘘だけは言わへんって約束やった筈や。

女と目が眩みすぎて記憶が飛んでもうたか? 

しかし時間と金っちゅうのは怖ろしいもんやなあ。

…簡単に人間を変えてまう」


 と彼はドスを効かせた声で言うと、葉巻を吹かせながらずかずかと歩み寄ってきた。


 サングラスの裏から覗かせているヤクザのような眼が、溶岩のようにぐらぐらと光っている。


「お前ら、ノリタケを裏に連れて来い…。

これは、リーダー命令だ」


 トレードマークである麦わら帽子を深くかぶりこんで目を隠したルピーさんが静かに言った。



「マジ……まじ……すか?」


 嘘ついてるのは俺じゃない!

マイセンだ!!


 そう言いたかったが、それをいってしまえば余計に”教育”をされてしまうだろう。


「あぁ、大マジや。ほないきましょか。兄弟」


「いっ…! いやだあああああああああああああああああ」


 とマンダさんに肩を掴まれた俺は、引きずられたまま人がいない場所へと連れて行かれた。


  * 


 数十分後、もう二度と思い出したくないほどボコボコにされてから、ようやく解放された。唇は切れて顔は腫れて、服もボロボロになってしまった。 


「そんじゃあ今から俺達は仕事だ! 

仲間になる話は忘れんじゃねえぞ!」


「じゃあなノリタケ! 

たまにはオラたちとの絆を思い出してくれよな!」


「金が必要になったらいつでも声かけてくれや。

トイチで貸したるさかい」


 そう兄貴たちは言ってギルドからいなくなった。


 ギルド中の冒険者たちが一斉にホッとした感情を露わにして、いつもの活気に戻り始めた。


 一方で、俺はエントランスロビーの真ん中で放心していた。



「あっははははははあ! 笑いすぎて、苦しい、苦しいです!」 


 マイセンは俺の姿をみつけると、腹を抱えて笑い始めた。

彼女は余りにも笑すぎて床に転がりそうだった。 


「………お前は鬼か? いや、鬼だよ。鬼」


「目上の人に言葉を選びながら誘いを断る姿、恰好よかったです。

はい、どうぞ」


 そう言いながら、彼女はハンカチをくれた。

この優しい行為で鬼の所業を無にしようとしているのだろうか。


「お前マジで何だ? まじでどうした? 二重人格か??

流石に怖いんだが、殴ろうか?」


 と俺はキレながら、遠慮なくハンカチをもらうと、傷だらけになった顔を拭いた。


「あの人達に言いますよ」


「…ったく。俺が君みたいな美少女に手をあげるわけないだろ?

今からパーティーを組むために登録をしにいくぞ」



 と言って、彼女と一緒に受付窓口の行列に並びに行った。



「しかし、プライドが高そうなノリタケさんがこんなにおびえるとは思いませんでしたよ? そこまで凄い御方なんですか?」


「本当にいらない一言が多いな」

 と小言を入れた。


「ルピーさん、ゴクーさん、マンダさんの三人は………凄いなんてもんじゃない。一応、俺と同じS級だけど、兄貴たちの方が大ベテランだ。

俺はその昔、兄貴たちのパーティー……『社会的勢力』に憧れて冒険者をすることに決めたからな。その時にも兄貴たちは既にSランクだった。

Sランク冒険者パーティーの中でもぶっちぎりでトップが兄貴たちだ」


「そうなのですか。

冒険者の中でも、おかしな服装になればなるほどすごくなるのですね」


 とマイセンが命知らずな発言をした。

 

 俺の話を聞いてなかったのか?

 

 俺は反射的に周りを見渡したが、誰にも聞かれていないようでホッと胸をなでおろした。


「……お前まじでいつか殺されるぞ。

ていうか兄貴たちの事も知らないんだな。貴族様は冒険者になんか興味ないんだな」


「そうですね」

 即答した。


「そ、そうか。よく冒険者になろうと思ったな」


「楽しそうなので」


 一体、彼女が冒険者になりたいという動機は何なんだ。


 本当に、”楽しそうだから”……この一点なのだろうか?

ある意味、冒険者としては、こういう他の欲に囚われない人間の方が大成するかもしれない。


 そうしみじみと思った。

そしてこの受付対応がされるまでの待ち時間の最中、初めて冒険者になりたいという志がうまれたときのことを不意に思い出していた。

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