第四話『異種格闘技戦のような出会い②』
*
俺たちは近くにあったバーの中に逃げ込んで、すぐにバタン!とドアを閉めると、ついでに鍵もかけて、ドアにある看板も勝手にひっくり返し『本日閉店』に変えておいた。
窓がないので、外の様子はみえないが、ずっと叫び声や怒鳴り声が聞こえていてゾッとした。
半分、ゾンビ物のB級ホラー映画をみているような感覚だった。
人がいなくなるまで、ここに身を潜めておくしかないな……。
「……困りますよお客さん。勝手に本日閉店にされては。まだ営業時間中ですよ」
と中年のバーテンダーがグラスを拭きながら言った。
彼はまるでこちらのことを知らない風を装っているが、確実に俺の事を知っているだろう。
「じゃあ、アウガルテンという人に今日店をまともに営業できなかった分の慰謝料を請求しておいて下さい」
そういうと店主は笑顔になり、「少しの時間ならいてもいいですよ」と言った。
「あの……」
と美少女が拗ねた様に、白銀色の長い髪の毛を指でくねくねと弄ってこちらをみていた。しかも彼女はいつのまにか店のカウンターチェアに座って、足をぶらつかせていた。
バー特有の湿っぽい暗がりに、滲んでいくような白い光が彼女の頭上を照らしていて、危険な感情がうまれそうだった。
あとよくみたら胸が大きい。なんか好きかもしれない。
「貴方は、”のりたけ”さんと言うのですか?」
と彼女は言った。
さっき市民たちに糞ほど連呼されていたので、俺の名前を覚えてしまったらしい。
「そういえば名前を言ってなかったっすね…。
一応、ノリタケということで冒険者をやらせていただいています」
やはり貴族様は俺の名前を知らないようだった。
俺はS級冒険者なのに……国から勲章も貰ってるのに……。
まあでもいいや。
たまにいるんだよな。わざと襲われそうになっている振りをして有名な冒険者に助けてもらおうとしている出会い厨が。そんな奴よりはだいぶマシだ。
あんな臭い展開があったから、一瞬疑ってしまったけどそういう類じゃなくてよかった。
嬉しい気持ちが半分、悲しい気持ち半分だ。
「ではノリタケさん。
まずは……先ほど、お礼を言うことができなかったので今したいと思います。今、感謝の言葉を言います。今……」
と謎の感謝宣言をされた。
彼女の薄紫色の瞳がきらめいて、謎の決心をしたようだった。
「あ、はい」
……貴族とはそういうものなのだろうか。
「…………」
彼女は深刻そうな面持ちで黙っていた。
俺は一瞬、悪い考えが浮かんでしまったが、すぐにこの現象を理解した。
実は既に感謝の言葉を言っているのかもしれない。
大感謝祭はすでに始まっていたのだ。
俺には全くわからないが、貴族式の念話的なもので伝えてくれているはずだ。平民には伝わらない電波が届いているのだ。
この電波は心のアルミホイルを外さなくては届かないのだ。
そう思っていたら彼女が満を持して口を開いた。
「あ………ありっ……あり…ありが……あり、あ……あり、が」
と彼女は、小さな声で必死に何度も言い直していた。
恐らくありがとうと言おうとしているのだろうが、殆ど”あり”しか言えていない。もうすぐで蟻の数も十匹に増えてしまうことだろう。
貴族社会についてまるでわからないが、きっと”人に感謝するという文化”そのものがないのかもしれない。
もしくは平民に対する感謝の言葉と、貴族用の感謝の言葉が根本から異なっていて、キット平民用の感謝は言い慣れていないのだろう。
「あぁ! 別に無理しなくても良いですからね。
俺の後輩が勝手に暴れただけなんで、感謝されることは何もないですよ」
何度も言い直す彼女が可哀そうになって来たのでそう言った。
「これはプライドの問題なんです!」
と彼女は少しムキになったようで、初めて感情を露わにした。
「そ、そうですか。まあまあまあ。
でもまずは感謝の言葉より、あなたの名前の方が気になりますね」
「………それもそうですね。……私の名前はマイセンと申します」
彼女はホッとして肩の力が抜けたようで、普通に名前を教えてくれた。
名前はめちゃくちゃ普通に言えるんだな……。
けど知らない名前だ。
「マイセン?」
「この名を聞いたことがないというのは珍しいと思いますよ」
「今思い出しますからねーー。
えーと多分あなたは貴族様、ですよね……。でもマイセン、マイセンか……。
……いや。そういえば、近所にマイセンと言う地域があったなあ…しかし奇遇だなあ」
途中で同じ名前の土地があったことを俺は思い出した。
世の中には不思議なことがまだまだあるらしい。
結局マイセンという名前を聞いてもそれくらいしか思い出せなかった。
「それを知っていてなぜ奇遇で済ませるのかはわかりませんが……。
私は貴族です。……あっ、いえ、貴族ではありません。
そう、どちらとも取れます」
「あ?え? 結局どっちですか。
どういうことですか。
貴族であるという状態と、貴族でない状態が存在しているという量子力学的な問題、っすか?」
なんだそのシュレディンガーの貴族は……?
こうしてマイセンは見事に俺は困惑させることに成功した。
「違います!
公式の書面上や表向きにはまだ貴族ということになっているはず……ですが、私は正式に家を出てきたので、平民になったと自負しています!」
と彼女はかなり誇らしげに言った。
「そ、そういうもんですか」
と俺は『それは平民を自称するただの家出貴族だ』と言いそうになったが頑張って押しとどめた。
「そういうものです」
勢いで彼女は押し切った。
そしてこの話をきいて、昔読んだお姫様の物語を思い出していた。
「まあでもね…。
平民とか普通の世界の暮らしに、”なぜか”憧れを抱いた貴族の少女が家を飛び出してくる……なんていうのは、昔からよくある話だと俺は思いますけどねェ。マイセンさんは平民の暮らしに興味がある感じっすか?」
「いえ別に」
と彼女はきっぱり言い切った。
「ま、まあ。ああいう手合いの話は俺も作り話だと思ってましたよ。ははっ。
俺だったら護衛を3人ほど付けて、水戸黄門形式でイきりちらしながら各地方を歩き回りますね」
「……こうもん? それは分かりませんが少し違います。
私は単なる家出などではなく、正式に追放されました」
と俺は心の中でガッツポーズを決めそうになったが、この人がさらっとやばいことを言ったのですぐに我に返った。
「つ、追放?」
穏やかな話じゃなくなってきたな…。
家出も穏やかかと聞かれるとそうでもないが。
「ついでに今日追放されたので、家名も失いました」
彼女は自らが破門されたことを、すごいでしょうと言わんばかりのどや顔をしていた。徹夜自慢をする中学生のようだった。
そういうことか……色々わかったぞ。
だから明らかに高貴な感じがするのに、護衛も付けずに一人でほっつき歩いていたのか。
しかし何はともあれ悪いことを聞いてしまった。
彼女は平気そうにしているが心中では穏やかではないはずだ。
「追放されたんですかあ……それは悪いことを聞いてしまったなあ。
追放は中々シビアだしなあ。でもアレはなんか、汚名を着せられた哀れな令嬢がやられる感じのイメージしかないですね。
なんだっけ義母?やら義妹とかもいじめてくるんですよね。
なんか、”義”が付く集団がいることは覚えてますよ」
「大体合っています。私は汚名を着せられました。
毒舌令嬢などと言われもない呼び名で揶揄されたり、散々なものでしたよ」
「あーーー、それはきついっすねえ!
嘘言われるのが一番よくないですよ」
「そうです! 私は何一つとして悪くはありません。
……少し私のことを話しすぎましたね」
「あぁ全然良いですよ」
「しかし……ノリタケさんは普段どういう活動をなされているのですか?
先ほど、ぼーけんしゃ…と言っておりましたが。
あの4人組の方々と同じ職場にいるということでよろしいでしょうか?」
………冒険者を、知らない?
あとなんか、ぼーけんしゃって響き腹立つな。
「ぼーけんしゃ、じゃなくて冒険者……。
あの後輩たちとは一応同じギルドに所属しているのは合ってます。
でも一緒に仕事をしたことはないですよ。何しろうちのギルドは人数が多いもんでね。後輩の名前は覚えるだけで精一杯です。
確かうちだけで”今年は総勢1140人もいる”ってギルマスが言ってましたよ」
「まあ! そんなにうじゃうじゃと!」
「虫みたいに言わないでくださいね」
「そんなに沢山いると競争率が高いでしょう?
彼らは生活をできているのでしょうか」
「魔獣倒したり、アイテム売ったりすることで生計を立てている人がいる一方で、小遣い稼ぎに活動している人もいるので……。
この時代、冒険者一本でやっていくのは厳しいと思いますよ……俺は。
後輩の前では夢を追えとか言いますけど。
結局、人気な迷宮はどんどん上の人らに制覇されていくなかで、才能がない人は残りカスみたいな場所で弱り切ったモンスターを倒して、ちまちまアイテムとか魔石を回収していく作業は色々しんどいな…と。
錬金術して、有名な魔道具とかポーションの偽物を作って売りさばいてるほうが金にはなるんじゃないですか。
まあ……俺は迷宮メインで活動してて安泰だから言えることですけどね。
世の中にはいろんな冒険者がいるんで一概にこれは良いこれはダメとは言えないっすよ」
と俺は腕を組んで、黒い天井みながらつらつらと言った。最近の冒険者事情は厳しいものである。
「ノリタケさんは、冒険者の事情にお詳しいのですね……。
何年ご活動されているのですか? ……10年ほどでしょうか?」
「え?いや俺はまだ冒険者歴2年っすよ。
17歳ですし、何ならさっきの後輩のほうが年齢としても冒険者歴としても先輩ですからね」
「ええッ!!? 私と1つしか齢が変わらないじゃないですか!!
それに冒険者歴でも負けているのに、なぜ先輩風をふかしているんですか?! かなりダサいです!」
この人初対面の相手にめちゃくちゃ言ってくるな…。
「……冒険者になる前に、冒険者養成所に入る人が多いんですけど。
そこに入るのが彼らより、俺の方が3年早かったんですよ。
俺はあそこに10歳のころから5年通って卒業したんすけど、彼らは1年で卒業していったんで」
俺は芸能界に入るのが少し早かった子役タレント的な存在である。
しかし、俺の言葉を聞いた彼女は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「彼らが1年で卒業できた場所をあなたは5年かけて卒業したということでしょうか?
俗に言う落ちこぼれ……さらにダサくなりましたね。もっとすごい人なのかと思っていました。
身なりも平凡なものなので、私の期待が大きすぎたのかもしれないですね。早めに気づくべきでした」
と彼女は畳み掛けるようにかなり失礼なことを言ってきた。
段々、なぜ後輩たちが怒っていたのかわかってきた気がするぞ。
「お……おれは…」
「?」
「俺はダサくない! 俺はすごい!!!
俺はS級冒険者のノリタケだ!」
と遂に我慢しきれずに言った。
「はあ? 自己肯定感がとても高い人なんですね。
S
A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、M、N、O、P、Q、R、S……」
と彼女は指を折って数えていった。
「ものすごく格下ですね」
まじでカチンときた。
「格下じゃねえよ! 格上だ!」
「ああ、逆でしたか。
A級の人がトップではなく、Z級の人が一番偉いのですね?」
「ちげえよ!
Aより上のSっていうランクがあるんだよ!
しかも冒険者のランクはGまでだからそんな続かねえよ!
仮にZまで続いてたとしても、P級冒険者とか存在してたらクソだせえだろ!
お前何にもしらねえんだな?!」
「知らないことは罪ではありません」
とマイセンは仏頂面で答えた。
「お前知らないだけならいいけど死ぬほど馬鹿にしてくるじゃねえか!
もう出てけ! 助けて損した気分だわ!!礼がいえないなら帰れ!」
と俺が追い払うように手を振って言うと、マイセンは実にムスッとした顔をした。
「言われなくても出ていきます! あなたなんかにお礼はしません!
実に無駄な時間を過ごしました!!」
と俺の言葉に返すように彼女も怒った。
そう言って彼女はコツコツと足音を響かせて、ドア前まで行った。
ガチャッと強引に鍵を解錠すると……。
「助けていただきありがとうございました!!!」
と捨て台詞のように吐き捨てて店のドアを開こうとした。
「いやまてよ! 今、礼が言えたんだから出ていくなよ!
俺は礼ができないなら帰れっていったんだぞ!!約束が違う!」
と頭に血が上りすぎた俺は、意味不明なことを口走って、彼女が座っていた椅子の上をぱんぱんと叩いた。
「……何を」
と数秒おいて、彼女はハッとした感じで自分の口に手を当てて驚いたような顔をした。
「……それもそうですね」
彼女は俺の勢いに押されて納得すると、もとの位置まで戻ってきた。
「てかお前、家から追放されたんだったな!
でも今日俺も冒険者パーティーから追放されたんだわ!!
今思い出したけどな?! もう明日の未来もわかんねえよ!
お前思い知ったか!これが本当の追放だ!!」
どうして忘れていたのか不思議な位忘れていた。
そういえば俺は今日追放されたのであった。
「はア? 私の方が明日の未来がわかりません!
未来どころか、身の回りのことすらわかりませんよ!
冒険者のことすらしらなかったんですよ?!
でもそれに関しては、少しだけ興味が湧いてきたので一度冒険者になってみようと思います!」
彼女は俺に怒りながら、なぜかいきなり冒険者になると宣言をした。
それを聞いて俺は急に冷静になった。そして『確かに…』と思った。
同じ追放仲間で境遇が似ているように思ったが、実際は、俺より彼女の方がシビアな生活が待っているのだ。しかもさらにハードで危険な冒険者になろうとしている。
………ムキになりすぎたかもしれない。
「………じゃあお前もう俺と組めよ。
なんかお前ちょっとだけ面白いわ。ちょっとだけな」
俺は確実に断られることを覚悟して言った。
ある種の同情でもあったが、それ以上に、この女に対して”面白い”と思ったのだ。断られたらアウガルテンにでも頼んで、この世界で暮らしていけるだけの術を身に着けてもらうしかない。
「わかりました」
彼女は即答した。
俺の言葉を理解しているのか不気味なほどに。
「ん? え、あ。まじで組むんだ。い……意味わかってるか?
冒険者としてこれから俺とパーティー作って、一緒に活動していくってことだぞ?」
俺は念を押して聞いた。
もしこれで、聞いていた話と違うとか言われたらたまったものではないからだ。
「理解していますよ。それと……。
私も丁度、あなたのことを面白い人間だと思っていた所です。
だから、もう少しここでお話をしていきませんか?」
彼女はなぜか急に笑顔になった。
出会った時から続いていたアメジストのような冷たい氷のまなざしが、不意に優しいものへと変化した。
そんな彼女をみて、俺ともあろうものが一瞬ドキッとしてしまった。
「あ、あぁ………」
そんな俺の気持ちに水を差すように「あのう……」と、ずっと黙っていたはずのバーの店主が恐る恐る言ってきた。
「まだここでお話をされるという空気の所申し訳ありませんが、お二人ともさっきから異常にうるさいので早く出て行ってくれませんかね?
もう外もだいぶ静かになっているようですし」
「………」
「………」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【あとがき】
初クエストが九話で初ダンジョンが十一話になるとおもいます!!m(__)m
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