第二話『真・極々悪令嬢V2(極)が追放されて、”待て”と言われてももう遅い。~~毒舌令嬢と蔑まれた令嬢は新たな旅に出るようです~~』


 ベドガー王国に名を連ねるマイセン公爵家の令嬢であると自覚したときから、毎日がつまらなかった。


 明日、明後日どころではなくて、年単位の行動が運命で決められているようだったからだ。


 人に嫌われるような行動を取り始めたのはいつからだろうか。

そして周りから好かれるような行動を取っていたら、その運命の波に飲まれてしまうと自覚したのは。


 その波に抗った結果、『毒舌令嬢』『不愉快令嬢』『真・極々悪令嬢V2(極)』などと呼ばれ始めたことは、日常に些細な変化があって心地良いくらいだった。


 今朝、親族が揃って朝食を摂っている最中、私の些細な言葉が切っ掛けになって、激昂したお父上様から「部屋に来い」という言葉を頂いた。


 その光景を見ていた一族や、使用人や執事などは全員目を丸くしていた。

彼らも言葉の裏に含まれた真意に気付いていたからだ。


 特に驚きはなかった。

私が婚約破棄をされた1週間前のあの日。


 その時から、いずれはこうなると理解していたから。


 全ては自分の運命に抗おうとした結果なのだ。甘んじて受け入れよう。



 …………。

そういうことにしておきましょう。


 実は私は、単純に人が怒っている所を見るのが好きなだけだ。



 *


 薄暗い部屋の中に足を踏み入れた。


 お父上様のお部屋には、私が幼い頃に数回入ったのを最後に、二度と入ったことがなかったので新鮮に感じた。

 

 しかしにおいを嗅いで嫌な気分になった。


 部屋の最も注目を浴びる所に飾られた肖像画は格好悪く、室内の端の方には、寄木張りの床にガラス工芸品や金細工や宝飾品という、国中から取り寄せられた調度品の数々が目に映った。


 更に奥には、アール・ヌーヴォー調のガラスのランプに照らされて、漆パイプを燻らせながらソファに尊大に腰をかける自らの父親(フリードリッヒ公爵)の姿があった。


「フリードリッヒ・アマリリス・フォン・マイセン。

今日を持ってお前をこの家から…追放、させてもらう」


 とカイゼル髭と白髪が異常に目立った父上が私に向けてそう言った。

声が震えていた。

 

 お父上様は今日という日の為に正装を着ていた。


 遂にこの時がやってきたのだ。


「そんなことより、何か…臭い…臭いな。

嫌だなと思っていましたら。

お父上様だったのですね。

もう歳が歳なのだから口臭ケアはきちんとしてください。

しかしこの香り、どこか夏の終わりを感じますね。

銀杏…?」


 私は鼻を摘まむような仕草をすると、何だかおかしく感じてクスリと笑った。


 自分の父親の口臭によって、季節の変わり目を感じることになろうとは夢にもみなかったからだ。


「アマリリス、我が娘よ。その手には乗らん。

だが今朝は不甲斐ない姿をみせてしまったな。

今は真剣に話を……」


 そう言うと一呼吸を置いて、また煙を吹かした。


 お父上様が吹かした煙が、私の顔にかかりそうになった。


「副流煙」

 私は煙を払いながら小さく舌打ちをして言った。


「自分の娘に受動喫煙をさせるつもりですか?

ただでさえ口臭が臭いというのに、その上に煙まで吐かれたら溜まったものではありません。息をするだけで娘に害を及ぼそうとするのはやめてください」


「わかった……」


 悲しそうな顔をしながら、パイプを灰皿の上にコトリと置いた。


 だがまだパイプからは煙がユラユラと立ちのぼっていた。



「何をしているのですか?」


 灰皿の上に置いた漆パイプを、名残惜しそうにみつめている父上に言った。


「ど、どうしたのだ」

 私の言葉を聞いて困惑していた。



「パイプの中にあるタバコを鎮火して捨てて下さい。

私が”臭い”と言ったのです。

その元になっているものを潰さなければ意味がないでしょう。

ここまで言われないとわからないですか?」


「いや……しかしまだタバコはかなり残っている…」


「捨てることが勿体ないと思うのであれば最初から吸わないで下さい。

……まあ、いいでしょう。それで、今日は……一体何用でしょうか?」


 恐らくこの煙も今日までだから、目をつむって上げることにした。


「先程も言った通りだ。お前を追放することにした」


「それは何故ですか」


「アマリリスよ。言わなくてもわかってほしいのだがな……。

お前の日ごろの行いによって地に墜ちた評判に加えて、皇太子様との婚約を破棄したことが一番の要因だ。これに関してはもはや私だけではどうすることもできない」


 そう言って、机を指でトントンと叩きながら、実に悔しそうな顔をしていた。


「せめて婚約さえ成立していれば、どうとでもなったことを……なぜ皇太子様の前でだけは大人しくしなかった…」


「流石の私でも、あの御方の前では比較的、言葉は選んでいたつもりだったのですが……」


 これは本当だった。

あの御方と会話するときは、できるだけ怒らせないように言葉を選んで且つかなりオブラートに包んだことしか言ってなかったからだ。


「これだけは聞かせてくれ。

何故、皇太子様からの好意を無下にするようなことをしたのか」


 と少し返答に困った私は、少し一週間前のできごとを思い出してみることにしてみた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 正午のベドガー王宮。


 私は中央庭園の景色がみえる王宮のアーチ状に出来た柱廊、磨かれた大理石で出来た青い石柱に寄りかかっていた。


 皇太子殿下から、急に庭園まで来るように呼び出されたのだ。

なのでベドガー王宮に到着した瞬間、彼の元には行かずに庭園をこそこそと抜けて王宮の中まで行っていた。


 わざと遅刻するためである。



 ここにいると、空から鮮やかな日差しが柱廊の中にまでさしてきて、庭園から零れるように小鳥のさえずく音が聞こえていた。


 庭園の真ん中に位置する水庭からは、乱反射する光の粒が宝石のように煌めいていて、新たな旅立ちを祝っているかのようだった。


 朝、早起きをして用意や移動に体力を使ったので機嫌が悪かったのだが、この素晴らしい光景を見てすぐに落ち着くことができた。


 そして、水庭の前には待ち人がいた。

皇太子フリーゼル殿下だった。


 お側付きの人がおらず、フリーゼル様はお一人で私がやって来るのを馬鹿みたいに待ち続けているようだった。


 いつもであればフリーゼル様と乗馬をしながら広大な庭園の中を回ってみたり、つまらない話を延々と聞かされているのだが……。



 私は時計を逐一確認しながら丁度15分遅刻して、遅れた風を装ってフリーゼル様の方まで駆けていった。


 最近になって覚えた技なのだが、男性相手だと、馬鹿みたいにドレスを揺らしながら走り寄っていくことで何故か遅刻しても許されるのだ。


 ……そう思っていたのだが、彼は私と出会って早々、とんでもないことを口にした。 


「アマリリス、君との婚約を破棄をしたい」


 あまりにも真剣な声と表情であった。


 ――――絵に描いたような美男子。金髪碧眼容姿端麗な皇太子殿下。

私からはそれ以外に表現することはないが、最初に婚約を申し込まれた時は本当に周囲からの反響が凄まじかった。


 全てが向こうのトントン拍子に物事が進んでいき、私がどう思っていようが、婚姻を結ばなければならない状況になっていった。


 そんな御方からの婚約破棄、それは私の公爵令嬢としての未来を潰すことは自明であった。


「フリーゼル様。ありがとうございます」


 私は間違って感謝をしてしまった。

人に感謝することが殆どないから言葉が詰まるのに、今日はすらりと言えてしまった。


「え?」

 彼はまさか感謝の言葉が返ってくるとは思ってもなかったようで、珍しく馬鹿みたいな声をだした。


「あ。いえ、フリーゼル様との出会いにうっかり感謝をしてしまいました……。しかし、婚約破棄……それはどうしてでしょうか?」


 それでも私は一旦仕切り直すことにして、喜びを抑えることを我慢しながら一応理由を聞いてみることにした。


 正直、私が婚約破棄をされる理由に心当たりがなかったのだ。


 この質問を聞いて、彼は顎を触りながら悩んでいる様子をみせた。

そして意を決したように口を開いた。


「色々と君には問題があるんだけど、強いていえば人間性……だろうね。

心残りを残さないために白状させてもらおう。

僕の小さな器では君を受け止めきれない。そう思った。

そしてこれから君と人生を共にするのがとても怖いと感じた。


そんな折、君がすでに『毒舌令嬢』等、その他様々な不名誉なあだ名が付けられるほど、名高いということが耳に入ってきた。

多方面の権力者を怒らせすぎて、暗殺目前まで迫ってきているようだね。

そのことも最近知った。

周りの者達はひた隠しにしていたみたいだけど、ようやくわかったよ。

恐らく君は安定を望んでいないのだろう。

だから君は、ここではなくどこか遠くの場所へ逃げたほうが良い」


 王族特有のさしさわり無い言葉で言っているが、要は…。

「お前と話しているとなんか苛つくし、しかも評判も悪いみたいだから早くどこかへ行ってくれ」と言うことだった。


「そんなことでしたか。

元よりあなたのようなつまらない男には全く興味がなかったので、別に構いませんよ。長々とお話をきいて損をした気分です。

今までご自分からはお話をされたことがなかったのに、急に沢山話し始めたので少し驚きました。それと……」


「それと?」


「私のあだ名は毒舌令嬢と”その他”で済ませるのではなく『真・極々悪令嬢V2(極)』と呼んで下さい……。それ以外は、まあ……特に…。

あ!……あっ、みてください可愛らしい蝶々が飛んでいますよ!」


 と急に私は蛾に指を指した。

先ほどからふわふわと飛んでいたのがずっと気になっていたのだ。

我ながら少しお茶目が過ぎるかもしれない。


「………君はいつも僕を楽しませてくれるね。

なぜ君の事を好きになったのか、今でもわからないよ」


 と彼は顔に手を当てていった。疲れているようだ。


「そうですか? でも私は楽しくありませんよ。

蝶々を観察している方が有意義です。

貴方を楽しませようと思ったことは一度もないのですが……勝手に楽しんでくれるのならば、それは良いことだと思います。

ただ私としては、婚約破棄のお言葉を貰うためだけに、わざわざ朝早くから用意をしてきた時間がもったいないので最後に庭園を回りながらお話でもしませんか?」

 とパチッと手のひらを合わせて言うと、パルテールに目をやった。


「……いいや。やめておこう。

君から何を言われるかわからないからね。もう僕の胃の中は穴だらけだ。

庭園を巡った後、僕の口から血が出ているかも知れないね」


「ちょっとだけ面白い冗談ですね。少しだけですよ?

でも残念です。今日は大変良いお天気なのに…」


「……。それとこの婚約の破棄は、僕からしたという事実が残ると君の評判が余計に悪くなりかねない。

だから君が僕に婚約破棄を突きつけたということにした方がいい。

どちらも大問題だけど、その方がまだマシだろう」


「貴方と婚約破棄ができるのなら何でも良いですよ」


「えぇ……」


 とフリーゼル様からは今まで聞いたことの無い、本当に呆れたような声が出た。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 一体、私の何がだめだったのでしょうか?


 もっとユーモアのある言葉を言えばよかったのかもしれない。

そういえば、彼も最後に自分の口から血が出るとか、全く面白くもない冗談を言っていた。冗談には冗談で返すべきだったのだろうか。


 ……きっと私は真面目すぎたのかもしれませんね。


 と私は最終的に結論づけた。


「なにも…。私には何一つとして問題はありませんでした。

驚くほどに。

まあ、皇太子様は他の令嬢の方に目移りでもしてしまったのでしょう。

私と同じ齢の男性の御方は、そういうものなのではありませんか……。

いや……。 あぁっ!わかりました! 

彼は顔面や体型がよろしくないご令嬢の方が好きなのではないでしょうか!

私は余りにも容姿に優れすぎていたんですよ! 

そして彼は日々、私との容姿の差に悩んでいて、膨大なストレスを抱えていたんです! その所為で俗に言うブス専になってしまわれたのでは」


 私はパンと手を叩いて、喜んだ。

点と点が線と線が、全ての証拠がつながり合ったような気がしたからだ。



「………本当か?」


 お父上様は死んだ表情で、私に問いかけてきた。


「ええ、フリーゼル様はブス専です」


「違う……本当に言っているのか? 

今の問題発言は聞かなかったことにしても、本当に、お前に何も問題がなかったのか? そんなことがあり得るのか? 

それに今の言い分だと、まるで皇太子殿下がお前に婚約破棄をしたみたいではないか。話が違う」


「ん??

そう言われましても、やはり”なぜ私が婚約破棄をされたのか”……が、本当に理解できません。

あの御方とは実に清らかな心を持って”接してあげていた”はずなのに。

その恩を仇で返されたような気分です。

そう思ったらなんだか不愉快になってきましたね」


「黙れ黙れ黙れこれ以上不敬極まりないことを言うな!

しかもお前が婚約破棄をしたのではなかったのか! 

……くそ!! やはりそうか! ぐうあああ」


 とお父様はソファの上でもがいて、勝手に苦しみ始めた。

机がガタガタとゆれてパイプが床に転げ落ちた。


「言っていませんでしたか? 

向こうがそうした方が良いと言われたので、一応それに従っています。

あ、そういえばこれは言ってはいけないことでした。

父と娘の内緒ですよ?」


「がッッッ……かぁ~~~~。…………。なぁにが父と娘の内緒だ!

こんなことは知らない方が良かったわ!

……やはりお前の『真・極々悪令嬢V3(極限)』のあだ名は飾りではなかったか……」


 その実に苦しそうな言葉を聞いて、私は疑問を感じた。


「あら? V2、ではありませんでしたか? もうV3まで上がったのですね…」


 少しずつだが、周りからの評価が上がっていくという事実。

これは照れくさくて、こそばゆいように感じた。


「少し喜ぶな! V4に進化する前にお前は追放だ! 追放!」


「…それはちょっと残念です」


 追放されることは嬉しいが、まだもっと、この貴族社会で自分の力がどこまで通用するのか試してみたかった。

今、良い感じに煽りを入れている侯爵の御方がいたのだ。


 完全に彼を怒らせることが出来ていたら、V4どころかS、いや……Zまでいけたはずなのだ。


「……アマリリス。

今、どちらを残念がっている? 追放の方だろうな? 

頼む、追放されることを残念だと思っているといってくれ。いうのだ!」


 とお父上様がまた激昂したと思うと、げっそりとうなだれて、急にトーンダウンした。


 心なしか、ピンと尖っていたカイゼル髭も下を向いているようだ。


「いや、もう、いい……。いいのだ。

何度も追放すると言ったがお前はまだ16歳。追放は表向きの言葉だ。

僻地にある我が領土でひっそりと暮らしておくが良い。

これは親としての最後の情けだ」


 とお父上様はこの期に及んで、とんでもないことを口走った。


「なにを……! きちんと私を追放してください!!

飼い殺しにするつもりですか!」


「何を言っているのだ。外の世界でやっていけるわけがないだろう。

飼い殺しではなく封印だ。お前を世に放つわけにはいかないのだ。

分かってくれ」


「いえ、もう既にお父上様からは”追放する”という言質は何度もとりました。もう遅いです。公爵ともあろう人間の発言、二言はないはず。

こちらから勝手に家を出て行きます。今」


 とだけ言って、私は部屋から出た。


 私の事を止めようとする使用人達の手を振り払って、早歩きでスタスタと廊下を渡っていたら、「まて!!」と叫びながらお父上様が血相を変えて寄ってきた。


「待ちません。これ以上は煩わしいですよ、お父上様」


「せめて、せめて付き人を。 分かった!! 金は持っていくのだ! 

金だけは!」

 私にすがりつくようにお父上様は言った。


「そんなものは要りません。

最初から人間や沢山の資金があったらつまらなくなるでしょう」


「お前はいつも行動が早すぎる! 少しは待てないのか?!」

 

 父はそう言いながら、なんと私の足を掴んできた。


「ここで待っている間に、私は誰かに暗殺されますよ。

それにどこまで付いてくるつもりですか。

娘の新たな旅立ちに、臭い父親がいたら示しがつかないです。

あと私の足から手を離して下さい」


 私の片足を掴んだまま離さないお父上様を”強引に”引きずりながら庭園へと出て、そのまま正門まで向かって通り抜けた。


「ぬぐぐ、離さん!離さんぞ!」


 お父上様は中々しぶとかった。

 

「なんと小癪な…」


 私は大きく舌打ちをした。


 やはり最後の敵は父親だったのだ。



 フリードリッヒ家の長い歴史の中でも前代未聞であろう、この尋常ではない光景。蟻のようにぞろぞろとついてくる使用人達や、外回りの警備をしている騎士達を大変驚かせていた。



「くッ……もう正門を出ましたよ!

そろそろ私の足を離した方が良いと思いますが!?

いつから女性の足を直で掴むような下品な男性になったのですか!」


 私は片足をぶんぶんと振って、お父上様を無理矢理引き離した。


「まてええええええええ!!!」



 お父様は後ろから絶叫にも似た声を上げて、地面に倒れながらこちらの方へ手を伸ばしていた。


 みじめなお父上様に一礼をして、そのまま行く宛てもなく街の方へ向かった。


 道中、私は思いをはせた。


 念願の追放をされたわけだが……これで終わりではないのだ。


 自分はこの先、恐らく何人もの人間に出会うだろう。


 貴族達は実につまらない者しかいなかった。

せめて、外の世界の人間は面白くあって欲しい。


 しかし、外の人達もつまらない人間しかいなかったのならば、実に悲しいことだ。追放までされた意味がなくなってしまう。


 だから次に出会って行動を共にする人は境遇が似ている人間が好ましい。

それも明日の未来もわからない人が。

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