第3章 ネブラ編 3
ネブラに慣れてきた頃、ミカ、カーラ、リリアーナは、ベヘモドの案内でシャロッシュの部屋に呼ばれた。三人はネブラの長と向き合って、長椅子に腰を下ろす。
「夜遅くにごめんなさいね。最近は忙しくて」
シャロッシュは寛いだ様子で、椅子にもたれながら言った。
「そろそろ、組織にも慣れてきたようだから、一つお仕事を頼みたいの」
「お仕事! どんなです?」
リリアーナが早速食いついた。
「その前に、イマーゴやナハル・ニヴの資金源を知っているかしら」
「血を飲ませて改造した子供を、人間の組織に貸し出していました。他には私達がしていた暗殺とか……でも、それだけでは成り立たないですね」
カーラは口元に手を当てながら考え、考え言った。
「昔、アピスさんに聞いたよね、なんだっけ」
話を振られて、ミカが思い出そうとしている間に、リリアーナが口を開いた。
「確か、建物を造る時に、組織の力自慢の種族に手伝わせてましたよ。人間よりも効率いいですもんね。物を運ぶのとか、鉱山の採掘も得意。後は、お金を貸して利息を取るとか、人間の町にある夜やってるお店も、裏では組織が運営してますし、舞台に歌のうまい種族を貸し出しもしてました。人間の貴族や王様の口利きなんかもしてます」
「よく知っているな、リリ」
「へへ、あたし知りたがりだから」
シャロッシュの隣に立つベヘモドに褒められ、リリアーナは照れ臭そうに髪の毛を指先でいじくった。
「賭博、売春も奴らの重要なシノギだ。警護や問題解決を言い訳にして、組織が運営していない店から、みかじめ料を徴収したりな」
ベヘモドがリリアーナの答えに付け足す。
「リリが話してくれたのは表のお仕事。カーラやベーが話してくれたのは裏のお仕事ね」
シャロッシュが一同を見回した。
「そして、彼らが掲げる大義名分は、数多いる種族の管理。自分達が目を光らせているから、お前達は安心して暮らせるんだぞ、と主張しているの。力でねじ伏せるのは最後の手段。そんなやり方ばかりしていたら、反発を招いてしまうから」
「実際にそうなんですか?」
ミカの問いに、シャロッシュは首を横に振った。
「いいえ、余程凶悪でもない限り、自分達の暮らしをおびやかさなければ、それぞれの種族は穏やかな暮らしを望むし、仮に問題が起これば、イマーゴやナハル・ニヴを介さなくても、手段はある。ただの都合の良い方便に過ぎないわ」
「組織が火を付けて、自分で消して恩を売るっていうことも、するみたいですね」
「リリの言う通りね。そうやって、自分達の価値を知らしめるの。彼らが避けたいのは、嘘の露見と影響力の低下」
「ネブラも、そういうことをしているんですか」
「そこで本題」
シャロッシュは悲しそうな顔をするカーラへ向かって、人差し指を立てた。
「私達は、イマーゴやナハル・ニヴの暗躍を心良く思わない人達からの支援で成り立っているというのは、アルバから聞いているわね。他には、土木や建築みたいな真っ当なお仕事も請け負うわ。みかじめ料を払っているお店から、連中を締め出したりとか。だから、原則道を逸れた真似はしないの」
「原則、というのが引っかかりますけど」
「どうしたって、私達に争いは付いて回るし、場合によっては気乗りのしない仕事だってこなさなくてはいけない。清廉潔白で済むわけではないわ」
「承知しています」
「もっとも、あなた達にお願いしたいのは要人の警護と、イマーゴやナハル・ニヴの撲滅だけどね」
「つまり、これまでどおり」
ミカの言葉に、シャロッシュがうなずく。
「私達への支持を表明するということは、イマーゴやナハル・ニヴとの決別を意味する。そうなれば、彼らは容赦しないわ。自前で優秀な戦士を雇えるのであれば良いのだけれど、必ずしもそうはいかない。そこで、あなた達の出番というわけ」
「役目は分かりました。それで、僕達はどこへ行けばいいんでしょう」
「第四区にあるシャハルという小さな国の支援をしてもらえるかしら。イマーゴと関係を断つと宣言してして以後、国王が殺され、今は王妃がまつりごとを仕切っているのだけど、彼女も命を狙われているの。無論、彼女も独自に護衛を雇っているし、兵力も増やしているのだけど、イマーゴも腕の立つ者を投入して、状況は一進一退。あなた達が行ってくれる心強いわ」
「急がないといけませんね」
カーラは身を乗り出し、今にも立ち上がりそうな気配だ。
「大変だと思うけど、フリーダ王妃の警護と、未だ好き放題をしているイマーゴを駆逐してもらえるかしら」
「任せてください」
ミカもすぐに出立したい気分だった。初仕事が自分の元いた組織との対決とは、面白いではないか。
「良い返事ね。リリは二人の補佐をお願いするわ。危険な時もあるだろうから、注意してね。力が及ばないようなら、素敵な羽根でさっさと逃げること。立ち向かうだけが能ではないわ。生きてこその勇気。死んではただの無謀。分かった?」
「あたし、逃げるのを恥だと思ってません」
リリアーナは満面の笑顔で答えた。
「結構。ところで、ミズラッハを知っているでしょう? 彼は今、闘技場の一件で区の責任者を降ろされているそうです。現在は、兄に当たる者が兼任しているとか」
「アピスさんは?」
「誰だ? そいつは」
ベヘモドがリリアーナへ怪訝そうな顔をした。
「僕とカーラの調教師だった魔物、いえ、種族です」
ミカは言葉を言い直した。かつてアピスにも指摘されたが、人間と魔物を区別するのは間違っている。
「聞かないな」
「フスフさんとトルキーさんは」
カーラが続けてシャロッシュに問う。
「闘技場にいたナハル・ニヴの責任者ね。もう片方はカーラさんの管理者かしら」
「そうです」
「情報が入っていないから確たる証拠はないけど、両方とも、なにかしらの処罰は受けたでしょう」
ミカは、出世を熱く語るミズラッハを思い出した。彼は今、どんな心境で日々を過ごしているのだろうか。
「アルバらしい滅茶苦茶さだけど、結果として両方の組織に打撃を与えたのだから、良しとするべきなのでしょうね」
シャロッシュは首を傾けながら、評価に困っているようだった。
「ええ、結果としては」
ベヘモドが、含みのある肯定をした。
「そういうわけで、あなた達を苦しめた輩は、報いを受けたという話でした」
シャロッシュが両手を合わせて話を閉じ、ミカ達は解散をした。
翌朝、三人は帆船が並ぶ岸壁にいた。海からは髪を翻らせるほどの風が吹いている。太陽はまだ登り始めたばかりで、空は薄暗かった。
三人は目立たない旅装束と替えの服や身の回りの物を詰めた背負い袋、それに剣を腰に帯びている。ミカとカーラは、目立つ白髪を黒く染めていた。
「お前達の実力なら、問題はないだろう」
馬車で三人を運んできたベヘモドが励ました。
「毎日忙しいだろうから、体には気を付けるんだぞ」
「ベー様、お母さんみたい」
「そんな気分だ」
ベヘモドはリリアーナの冗談に目を細めた。
帆船が出港した後も、ベヘモドは岸壁で三人を見送り続けた。
「次はいつ戻れるかなあ」
港を離れ、大海原へ出ると、リリアーナが甲板の手すりにもたれて呟いた。長い滞在ではなかったが、彼女にとって大切な場所になったようだった。
「お仕事が片付いたら……って、いつだろう」
リリアーナの隣に立つミカも首をひねった。引き受けたときは簡単な気がしたが、イマーゴを一掃するとなると、一朝一夕では終わらないだろう。
「私達次第だよ」
少し離れたところで、空を舞うカモメの一群を見上げていたカーラが、二人の疑問を軽く流した。
「燃えてるね」
「うん。やることは変わらないけど、イマーゴやナハル・ニヴにいたときとはなにかが違うんだ」
カーラは、自分の両手を見詰めた。
「そうは言っても、また夢に出るんだろうけど」
「早く終わるといいね」
ミカは今回に限らず、全ての争いが、という意味を込めて言った。
「そうだね」
カーラは明るい表情で応じた。
最寄りの町で帆船を降りると、シャハルから来た使者が用意した馬車に乗り、七日の行程で目的地に着いた。
熱く乾いた気候の首都リションは、大きな国の一都市程度の規模しかない。イマーゴの付き合いを断つのは相当な決意だっただろう。払われた代償は大きく、そして、未だに収束の気配を見せない。
三人は反らした尾を正面に向け、ハサミを振り上げるサソリの国旗がはためく街門をくぐり抜けた。
「着いた!」
リリアーナが馬車の窓から身を乗り出して言った。家々は、土に水と藁を混ぜて作った日干しレンガでできている。赤茶けた街並みの随所に、緑豊かなビターオレンジの樹が植わっており、道ゆく人々の憩いの場所になっていた。男性は白くゆったりとした服を着ていて、女性は顔以外の全身を覆う布を、身に纏っていた。布は目に鮮やかな色で、柄も植物、花、幾何学と様々ある。
「見たことない町並み」
カーラはリリアーナの肩越しに外を眺めながら言った。
「あれ、あたしも着たいな。カーラもそう思わない?」
はしゃぐリリアーナに促され、カーラは楽しそうにうなずいた。
「おや?」
ミカは視界の隅で、なにかが煌くのを感じた。目を凝らすと、家々の屋上を舞台にして戦っている者達がいる。剣が太陽の光を受けて反射しているのだ。
「カーラ」
ミカは言うなり、動いている馬車から飛び出した。
「ええ」
「早速?」
リリアーナはうえ、と声を上げた。
「そうみたい。行ってくるね、リリ」
カーラはミカのいた方から馬車を降りる。
「こんな昼日中から町で暴れるなんて、どうかしてる」
ミカの隣を走りながら、カーラが言った。
二人は路地の壁を足場にして左右に飛びながら、屋上へと辿り着いた。
「どっちが味方?」
ミカが頭を悩ませるのも無理はない。人間対人間、人間対異種族、異種族対異種族、どの組み合わせでも、まるきり検討が付かない。
「国旗が付いた胸当ての方」
カーラはミカにそう言って剣を抜いた。確かに、片方は同じ防具で統一されているが、もう片方は自前なのだろう、全く統一されていない。相当の自信があるのか、中には防具すら身に付けていない、上半身裸の者までいる。
「なるほど」
得心がいったミカは、戦いに加わった。洗礼者と、稀有な力を持つ者の加勢で、形勢は一気にシャハルへ傾きかけたに見えた。
しかし、イマーゴ側は奥の手を用意していた。呼子が吹き鳴らされると、空から人間の頭に獅子の体、そして鷲の羽を持つスフィンクスが数体、わらわらと集まって来たのだ。雄と雌がいて、雌は胸に乳房が付いている。
シャハル側は、色めき立った。通りを歩いていた市民も異変に気が付き、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
ミカとカーラはうなずき合うと、その場で力を解放した。
カーラは天高く跳躍すると、スフィンクスを次々に叩き落し、ミカが片端から始末していく。
形勢逆転に沸いたのもわずかな間、イマーゴ側は二人の戦いぶりに血の気を失う。最後の一体が倒されるのを見ると、彼らはもはやこれまでと悟ったらしく、ほうほうの体で逃げ出した。
「君達は一体……?」
口元と顎に長い髭をたくわえた年配の男が尋ねた。年若い、謎の増援に戸惑いと不信感を漂わせている。
「僕はミカ、こちらはカーラです。ネブラから派遣されました」
「ネブラから? そうか君達が!」
生き残ったシャハルの戦士が一斉に喜びの声を上げた。
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