第3章 ネブラ編 1

 ミカ達が乗る船は、不自然に霧がかかる海域に行き着いた。船は迷わずその中へと進んでいく。

「うわ、手が見えないや」

 一人で甲板にいたリリアーナは、伸ばした腕の先を見て嘆じた。見渡す限り乳白色で、日の光が遮られるため、にわかに薄暗くなる。

「だいじょうぶかな。岩にぶつかったりしないの?」

「問題ない」

「ひ! ベー様、驚かさないでくださいよ」

 どこからか現れたベヘモドに話しかけられ、リリアーナが飛び上がる。この冷静沈着な女性は、気配がない。ついでに声に抑揚がない。 

「我々しか知らない海路があって、そこを進んでいるのだ」

 ベヘモドはリリアーナの隣に並んで言った。

「この先に、ネブラ・ケントルムがあるんですか」

 不安を抱いたリリアーナが、ベヘモドの腕にしがみついた。漂う霧は、見ようによっては幽霊を彷彿させる。まるで、死者の世界に入り込んだ気分だ。

「そうだ。ネブラと手を組む、発明好きの種族の支援を受けて築き上げた。組織の者以外は立ち入れない。もっとも、万全という保証はないが」

「ずっと知りたかったんですけど、ネブラってどういう意味ですか」

「霧だ。ネブラ・ケントルムだと、霧の中心という意味になる」

「ここから来てるんですね」

「なに二人して、コソコソおしゃべりしてるのさ」

 霧の中から姿を見せたアルバが、ベヘモドの肩に腕を回した。

「アルバ様、危ないから船室に入っていてください」

「自分はどうなの」

「私は素面です」

「あたしだって、一日中酔っ払ってるわけじゃないよ」

「酒臭いですよ」

「うるさいなあ」

 アルバが腕でベヘモドの首を軽く締めた。すると、やられた方は相手の腰に腕を回して、きつく締め返す。

「二人とも、仲がいいんですね」

 リリアーナは友達のようにじゃれ合う二人に目を細めた。殺伐とした組織にいた彼女にとって、新鮮な光景だ。

「ベーは大切な存在だからね」 

「それならもっと、態度で示してください」

 ベヘモドがじっとりとした目で、アルバを見た。

「いつもいつも無茶に付き合わわされては、身が持ちません」

「可愛くないなあ」

「知りません」

 頬を指で押されたベヘモドが、そっぽを向いた。

「お、そろそろ霧を抜けるよ」

 霧が晴れた途端、白亜の町並みがリリアーナの視界に広がる。空が澄んでいるため、美しさがいっそう際立っている。町の奥には、特徴的な丸い尖塔を有する城が建っていた。

「どうだい、凄いだろ」

「はい!」

 リリアーナは手すりから身を乗り出し、幼子のように興奮して飛び跳ねた。この光景は、一生忘れない。自分は、新しい世界に足を踏み入れたのだ。

「ネブラ・ケントルムは、あらゆる種族が分け隔てなく暮らすことを、理念に掲げている」

「堅苦しいなあ。みんな仲良しでいいだろ」

 アルバがすかさず、ベヘモドをからかう。

「託児所の標語ですか」

 言われた方も、黙っていない。

「あんた、やっぱり可愛くない」

「可愛くなくて結構」

「あれがネブラ・ケントルム?」

 甲板に出てきたカーラが、風に巻き上げられた髪の毛を抑えながら言った。

「そうだよ。一緒に見よう」

 リリアーナが頬を上気させてカーラを手招いた。


「感想は?」

 階段を昇りかけて、言葉もなく立つミカへ、アルバが話しかけた。

「ええ、なんていうか……」

 ミカは咄嗟に答えられなかった。イマーゴの支部とは大分趣が違う。どうしようもない暗さや閉塞感がない。

「あんた達の新しい家」

「家?」

「そんなふうに思ってちょうだい、ってこと。そりゃあ、あたしらも組織だからさ、上下関係はあるし、守んなきゃいけない決まりもあるよ。だけど、主人と飼い犬みたいなのは嫌なんだよ。みんな、そんなのにうんざりして集まって来たんだし、第一、やる気が出ないでしょ」

「時に理不尽を覚えるが、組織の一員である以上、腹立たしさを飲み込んで受け入れなくてはいけない」

「公然と上司を批判するの、止めてくれないかな」

「完璧な組織はない、と言いたいのです」

 ベヘモドはしれっと答えた。

「まあ、それはそうね」

 釈然としないながらも、アルバが合意する。

「とにかく、入ってみて雰囲気を感じてよ。気にいると思うから」

 アルバがベヘモドに頬を寄せ、三人に向けて言った。


 船が港に停泊すると、待機していた馬車の御者台から、腰に剣を下げた蜥蜴人間が一行を出迎えた。アルバと親しげに話をする姿に、距離の近さを感じる。

 ミカ達は早速客車に乗って、城へ向かった。途中、町に入ると様々な種族が入り混じって暮らしていた。上半身が女性、下半身が蛇の胴をしたラミアが、上半身が人間、下半身が馬のケンタウロスの青年と、人間の中年男性と三人で楽しげに話をしている。

「この人達、みんなネブラなんですよね」 

 窓際に座るリリアーナが好奇心たっぷりに、向かい側の席に腰掛けるアルバへ話を振った。ずんぐりとした種族から、小山の如き巨漢のトロールまで、人型から、動物型、果ては黒いローブに身を包み、真紅の瞳を光らせる亡霊まで様々いる。彼女としてはすぐにでも町へ飛び出し、交流したい衝動に駆られる。

 人間程ではないが、普通は同じ種族毎に固まり、異種属と接するのは交易をする場合に限るのがほとんどだ。実は、イマーゴやナハル・ニヴのような、よこしまな目的のために結びついた組織が、例外なのだ。

「そうさ。ここにいる種族は、なにも戦士ばかりじゃないよ。戦いに向かない者は、情報収集をしてもらってるし、物作りに専念する者もいる。作物を育てたり、漁をするのだって、大事な仕事だ」

 アルバは、彼女の存在に気が付いた者達に手を振りながら、そう答えた。

「子供もいる」

 リリアーナの視線は体に鱗を生やした青い肌の子供と、上半身が鷲、下半身が獅子のグリフォンの子供に注がれる。種族の違いなど、彼らには関係ないのだろう、じゃれ合いながら、港の方へ走って行く。自分も、他の種族の友達ができるだろうか。そう考えると、ワクワクしてくる。

「あの子達も、ネブラとして役割が?」

 リリアーナの隣に腰を下ろすカーラは、わずかに表情を曇らせながら、アルバに質問をした。

「実戦に使うのか、って? まさか」

 疑念を嗅ぎ取ったアルバが、笑い飛ばした。

「今はお勉強に専念するお年頃さ。本人が望むなら、鍛えてあげるよ」

「良かった」

「言ったろ、無理強いはしない。あたしらは、イマーゴやナハル・ニヴとは違う」

「本音では、すぐにでも来て欲しい。子供は怪しまれないから、使い道はある」

「ちょっと、ベー、カーラの不審感を煽らない」

 アルバは隣に座るベヘモドを肘で突いた。

「支持者やネブラへの志願者は増えていますが、イマーゴやナハル・ニヴには数の上で劣ります。働き手は、慢性的に不足しているのが実状ではありませんか」

「分かってるって。だけどさ、奴らと同じやり方をしたら、ネブラってなんなのよ、って思われるだろ」

「そうですね」

「わたしには何ができるかな」

 リリアーナは町に目線を据えながら、誰にともなく言った。もはや、気持ちはすっかり、ネブラに囚われてしまった。

「お望みのままに」

 そんなリリアーナをアルバが微笑ましく見守った。 


 近づくにつれ、城は偉容さを増した。ネブラの町を飲み込むくらいの規模だ。建築に秩序がないのが、最大の特徴だ。まるで、子供が好き勝手に並べた積み木のようだ。城門の鉄扉は開放されており、自由に出入りできる。城に入ったものの、庭が広いため馬車はまだコトコトと進んで行く。

 行き交う者は皆、白と黒を基調とした制服に身を包んでいる。アルバの帰還に、皆が顔を綻ばせる。 

「このお城も、アルバ様を支援してくれる人達が?」

「そ。セラスって一族でね、数年かけて建てたんだってさ。その上、まだ広げてる最中。あたしらにそのまま提供してくれるんだから、気前が良いよね。島の周囲に霧を張り巡らせているのも、彼女らの技術だよ」

 ミカの質問にアルバが答える。

「セラスさん達はどこです? あたしも会えますか」

 リリアーナはキョロキョロと首を巡らせた。面白そうだと感じると、すぐに心が動いてしまう。

「残念だけど、すぐには無理だね。恥ずかしがり屋だから、お城の奥でひっそり肩を寄せ合ってるんだ」

「会ってみたいなあ、どんな人達なんだろ」

「根は善良で頼りになるけど、少々厄介ってとこかな」

「どんなところがです?」

「好奇心が過ぎる」

「でも、恥ずかしがり屋さん」

「複雑な性格なんだ。巡り巡ってあたしらの役に立つから、協力は惜しまないけどね」

「ますます会ってみたい」

「好きにすればいい。彼女らなりに歓迎してくれるよ」 

「楽しみ」

 リリアーナは手を合わせて喜んだ。アルバにそこまで言われる者達を、いよいよ確かめずにはいられなかった。


 正面玄関に到着すると、一同は客車から降りた。階段を上る途中、アルバは皆を振り返った。

「ベー、この子達を客室へ案内してやって。あんた達疲れただろう、しばらく休みなよ。いずれ呼ぶから」

「承知しました」

 ベヘモドはミカ達を促し、城へ入った。アルバが上った正面の螺旋階段は使わず、左へ曲がり、通路を直進する。途中、彼女の姿を見かけた者達が挨拶をすると共に、後を着いて歩く見慣れない子供達へ、関心を寄せる。

「ベー様、このお城、迷路みたいですね。地図はないんですか」

 リリアーナは、隣のベヘモドに話しかけた。一行は、あちらを曲がり、こちらを曲がり、連絡通路を渡りを繰り返す。

「私も慣れるのに時間が掛かった。会議だというのに、迷って出られなかったことがある。そのせいで顰蹙を買った」

「あたし、ベー様がいなくなったら、途方に暮れちゃいます」

「安心しろ。夜中でも警備は必ずいる。慣れない間は、迷わず訊くんだ」

「これは侵入者避けに敢えて、ですか」

「そうだ。セラスは昔、イマーゴとナハル・ニヴ、両方から傘下に入るよう脅されたらしい。それを拒否して、一族が根絶やしにされかけた。残った者達がこの島へ逃げ延びて周囲に霧を張って近づけないようにし、城を建てて増築に増築を重ねた。この城には正式な名前があったはずだが、誰も覚えていない。皆、迷宮城と呼んでいる」

「建築が好きなんでしょうか」

「物作りが好きなんだ。いつも何かを作っている。イマーゴやナハル・ニヴにいた人間の抑制剤を作ってくれるのも、彼女らだ。着いたぞ。ここが客室だ。どこでも好きに使うといい」

 ベヘモドが立ち止まった先には、廊下の片側に、ずらりと扉が並んでいる。

「あたし、カーラと同じ部屋」

 リリアーナはカーラに飛び付いて言った。

「どこも二人部屋だから問題なかろう。ゆっくり休め」

 ベヘモドが立ち去った後、ミカはカーラとリリアーナと別れて、一人で部屋へ入った。中はベッドが二つ、小物入れ、それにテーブルと椅子がある。開け放たれた窓からは日差しが降り注ぎ、居心地が良さそうだ。

 太陽の昇り具合からすると、昼過ぎくらいだろう。だが、闘技場を脱走し、船旅をし、疲労が溜まった体は、睡眠を欲していた。ミカは上着を畳んでテーブルに置き、ブーツを脱いで、手前のベッドに潜り込んだ。

 目が覚めると、外はすっかり暗くなり、夜気が程よく部屋を冷やしていた。もう一眠りしようかどうか迷っていると、ちょうど扉が叩かれた。返事をし、身なりを整えて廊下に出るとカーラとリリアーナがいた。

「よく眠れた?」

 カーラが、ミカのはねた髪の毛を撫でつけながら尋ねた。

「まだ寝足りない」

「そろそろ夕食にしよう。その後は、シャロッシュ様が会いたいそうだ」

 窓辺に立っていたベヘモドが、ミカへ言った。

「シャロッシュ様……。ああ、入れ替わったんですね」

 会うのは何年ぶりだろう。ふんわりとした雰囲気の人だった。

「アルバ様はお疲れだから、引き継いだのだ」

「あたし、シャロッシュ様に会うのは初めてだ」

「人格は変わっても、記憶は共有しているから、改めて名乗る必要はないはずだが……詳細は、私もよく知らない」

「ベー様、性格が変わる上司って疲れます?」

「慣れ、だな。時々、私の提案をアルバ様が承認して、シャロッシュ様に却下されるのは、納得いかないが」

「どうしてそんなことが?」

「序列があるのだそうだ。シャロッシュ様はアルバ様の姉に当たる」

 カーラの質問にベヘモドが答える。

「他の人格はお姉さんでしょうか?」

「そうだな。アルバ様はほぼ末だ。妹もいるが、姉より現れるのは稀だ」

「普段はアルバ様とシャロッシュ様の二人で、取り仕切っているんですね」

「そうだ」

「変わるのは性格だけ、でしょうか」

 カーラはややあってから、追加の疑問を口にした。

「鋭いな。能力も変わる」

「うーん、面白い」

 リリアーナは感に堪えないというように言った。

「他人事ではないぞ。ここにいるならな」

 ベヘモドは肩をすくめると、歩き出した。

「光ってますね。蝋燭じゃないし、ランプでもなし。なんです?」

 リリアーナが、壁に掛けられている、手の平に乗せられるほどの大きさをした、丸くて半分透き通った明かりに目を止めた。

「夜光石だ。セラス達の役に立つ発明品の一つだよ」

「役に立たない発明品もあるんです?」

「むしろ、そちらの方が多い」

「失敗なくして成功なし、ですか」

「その通りだ。倉庫に行ってみるといい。試作品の量に目眩がするぞ」

「是非、お願いします」

 リリアーナは目を輝かせた。

「なんにでも興味を示すんだな」

「面白いのが大好きなんです」

「それなら、ここはあつらえ向きだろう」

「ベー様はどうしてネブラへ?」

「私は志願した」 

「正義のため?」

「正義? 正義……」

 べへモドは顎に手を当てて考え込んだ。

「イマーゴとナハル・ニヴが気に入らない。それだけだ」

「あたしも」

 リリアーナはべへモドの答えが気に入ったらしく、嬉しそうだった。

 ミカ達は食事を終えると、ベヘモドの案内で謁見の間へ移動した。三人はもはや、自分が城のどの辺にいるのか、把握していなかった。

 やがて、巨人が屈めずに通れそうな列柱の通路が現れ、その先に両開きの扉が見えた。べへモドの歩みに合わせて、待機していた牛の頭と馬の頭をした種族の護衛が、厳かに開けていく。

 謁見の間の床には、緋色の絨毯が敷かれていた。奥は一段高くなっていて、そこに玉座があり、膝に手を置き、足を揃えて腰掛けるシャロッシュがいた。

 あまり形式に拘らない組織らしく、同席する部下はシャロッシュの周囲に腰掛けたり、柱にもたれたりと、自由にしている。かつてイマーゴにいたであろう白髪赤眼の人間、外見に変化のない人間は、元はナハル・ニヴと思われる。手のひらに乗るくらいの大きさをした、蝶の羽根を有する可愛らしい妖精もいれば、複数の頭を持ち、丸太のような胴体を長々と横たえる巨大な蛇もいる。中には宝石の首飾りを付けた、黒衣の骸骨までいる。ミカは、彼らが並外れた実力者であることを、発する気から感じ取った。

「ミカ、カーラ、リリアーナ、三名を連れてきました」

「ご苦労様、ベー」

 シャロッシュはべへモドを労った。

「ミカさん、カーラさん、久しぶり。大きくなったわね。強くなったってアルバから聞いているわ。リリアーナさんは初めましてね」

「お久しぶりです。助けていただいて感謝します」

 包み込むような微笑みを浮かべるシャロッシュに、ミカは礼を述べた。初めての邂逅が蘇り、懐かしくなる。

「いいのよ、堅苦しい礼なんて。私でもアルバと同じことをしたと思う。本当に大変だったわね」

「アルバ様と全然違う」

 リリアーナが、あまりの変貌ぶりに目を丸くする。

「呼び出しておいて申し訳ないのだけど、特に理由はないの。あなた達に会いたかっただけ。これからの方向性は、ゆっくり考えて。お世話役はベーに任せているから、彼女に相談をするといいわ」

「ネブラで戦いたいと言ったら、すぐに使ってもらえますか」

 カーラの問いに、居合わせた者達から、おお、と歓声が上がった。

「即お仕事、とはいかないけど、お稽古には参加してもらって結構よ」

「お願いします」

 やはり、気持ちは変わらないのか。ミカはカーラの横顔を見て思った。

「あたし、セラスさんのところに行ってみたいです」

「どうぞ、お好きに」

「それと、どんなお仕事があるのか、知りたいです」

 リリアーナも興味津々といった様子で、シャロッシュに問いかける。

「ベー、後でどんなお仕事があるのか教えてあげて」

「承知しました」

「……」

 ミカは積極的な二人に置いていかれた気分だった。自分はどうしたいのか。戦う以外、貢献できる能力がないのは、十分承知している。では、なんのために剣を振るう。イマーゴやナハル・ニヴを潰すため。それは当然だ。彼らのしていることは、見過ごせない。だが、なにかがしっくりこないのだ。

「焦らなくても、だいじょうぶよ」

 沈黙するミカへ、シャロッシュが優しく語りかけた。


「気持ちは変わらないんだね」

 部屋へ戻る途中の廊下で、ミカが隣を歩くカーラへ言った。

「この力を、無駄にしたくないの」

 カーラはそう言うと、先を歩くベヘモドに話しかけた。

「ベヘモド様、明日から訓練に参加させてください」

「いいだろう。早朝迎えに行く」

「けど、また、苦しまなくてはいけないんだよ」

「分かってる。今だって、悪夢を見る。寝込む時だってあると思う」

 カーラはミカを見据えて言った。

「それでも、私は戦う。ミカこそ、どうするの?」

「僕は……」

 ミカは言葉に詰まった。カーラの強い眼差しを受けると、決められない自分に対して、引け目を感じてしまう。

「躊躇いがあるなら、他のお仕事に回ってもいいと思う」

「そうじゃないんだ。そうじゃ……」

 ミカはカーラに言い返そうとするも、後が続かなかった。このモヤモヤした気分がなんなのかが、自分でも分からないのだ。

「ミカは優しい。私、その優しさがいつか、命取りになるんじゃないかって心配なの」

「それは、カーラも同じだよ」

 漂い始めた微妙な空気に、隣り合っていたリリアーナとベヘモドは、顔を見合わせた。

「私は、イマーゴとナハル・ニヴを潰すためなら、自分と同じ境遇の子達とも戦う。救いようがないのは知ってる。だけど、犠牲がなくては終わらないから」

「決意しているなら、どうしてそんなに辛そうなの」

「言わないで」

 カーラはミカの言葉を遮った。

「私の進む道は、私が決める。ミカもそうして」

 僕の、道。ミカは手を固く握り締めた。

 開け放たれた窓の外では、屋根に留まったフクロウが、沈黙する一同を観察していた。

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