学校
朝のバス停。
田舎の自宅から都心の学校に向かうためにバス通学をしているので、ボクは毎朝バスに乗る。
そんな朝の時間に、物凄く眠そうな幼馴染の声が聞こえた。
「──ゆうきー、おはよー」
「おはよう、コトネ。今日も眠そうだね」
「うん・・・。漫画とゲームで夜更かししたからさ・・・」
ふぁああと眠そうな欠伸を一つしながら、幼馴染のコトネが頷いた。
ボクはダンジョンとかの方が好きなんだけど、コトネはゲームとか漫画が大好きで、ほぼ毎日と言って良いくらい夜更かししてる。なのに肌が荒れることもないし、髪がパサつくこともない。生活習慣で美貌が損なわれないのは女子からすれば垂涎ものらしいが、男のボクとしては、コトネがいつも可愛いのはそういう理由があったのかと感心しきりだった。
そんなコトネがダンジョンに興味がないのも、ゲームする時間が減ると言って憚らないからだった。リアルよりバーチャル、と真顔で言っちゃう辺りが色々突き抜けてる。
いつも朝は眠そうにしているので、あまり会話はしない。
うつらうつらとバス停の椅子に座りながら意識が途絶えそうなコトネではあったが、中学校から数えてもう4年くらい続けている毎朝の通学だ。
もう慣れたもので、コトネがバス停に来て誤差2、3分くらいでお目当てのバスが到着し、ボクとコトネは通学のためバスに乗り込んだ。
「──ゆうきー、着いたら起こして貰って良い?」
「うん、いいよ」
「あと、肩、かして」
「いいよー」
「ありあと」
今日は少し余裕があるようで、コトネはそう言ってからボクにもたれ掛かって眠ってしまった。限界な時は何も言わずにコテっと眠る事もある。
人によっては腹を立てるかもしれないけど、ボクはこの朝の時間が嫌いじゃなかった。
好きな子に肩を貸せるなら、バスに乗っている時間くらい起きていても苦でも何でもないと思う。少なくともボクはそうだ。
チラリと見れば、すーすーと規則正しい寝息を立てるコトネの寝顔があった。
・・・やっぱり、可愛いなあ。
『なんだ、発情の匂いがするな』
「んなっ!?」
マイラが揶揄ってくるという、何だか新しいルーチンになりそうな出来事を経ながら、朝の時間は穏やかに過ぎていった。
──キーン、コーン、カーン、コーン。
終業の、鐘の音が響き渡る。
「──きりーつ、れい」
「「ありがとうございましたー」」
やる気のない、間延びした掛け声が教室に響いた。
その直後に、発声のやる気のなさとは真逆のスピード感で、教室の生徒たちが一斉に動き出す。
隣の席の女子に話しかけるフットワークが軽めの男子や、女子同士で放課後の話題で談笑していたり、男同士で小突き合っていたり、これから部活動に励むであろう人たちや、いそいそと一秒でも早い帰宅記録に精を出す生徒たち。
──放課後。
それは当人の、学校でのキャラクターが妙実に現れる瞬間と言っても過言ではない。
そしてボクはというと、普段は真っ先に帰宅に精を出すタイプなのだけど、今日ばかりは少し違った。
「──ユウキ」
「あ、コトネ」
「やほやほ、今朝は話せなくってごめんね」
「いつものことじゃん。それで、どうしたの?」
「ん、昨日どうだったのーって思ってさ」
「・・・え?」
「え?いや、ダンジョンに行ったんでしょ?大丈夫だったの?」
キョトンとしながらコトネは言うけど、ちょっと驚きだった。
あのコトネが、ダンジョンのことを気にしている!?
「──ダンジョンに興味があるの!?」
「うわっ!声大きい!!・・・いや、幼馴染がダンジョンに行ったら、心配するでしょ、普通さ。あ、ダンジョンには興味ないの、ごめんね」
「ぐっ!!・・・そ、そうだよね」
「まぁユウキのことだし、無茶はしてないと思うけど。・・・見る限り大丈夫そうかな?」
「も、もももちろん!元気元気!」
ぐっと力こぶを作って見せつけるけど、貧弱なぽっこり筋肉が顔を出しただけだったので少し恥ずかしかった。
「あはは。ま、ユウキが無事でよかったよかった」
ポンポンとコトネに頭を撫でられて、ボクは恥ずかしいような、嬉しいような気持ちで笑った。目の前には優しげな笑みを浮かべるコトネの表情があって、思わず見惚れる。
──不意に脳内に声が響いた。
『なんだ、発情の匂──』
「してないよっ!!」
「ゆ、ユウキ?どしたの、急に大きな声なんか出して」
「あ、あはは。な、なんでもないよ!」
慌てて手を振って誤魔化して、そのまま手を振った流れでコトネと別れる。
仲の良い女子の輪に戻っていくコトネの背中を見送って、ずいと机の影に顔を隠して口元を片手で覆った。
「が、学校で話しかけるなよ」
『はん、俺様が何故お前に気を使わねばならん?』
「お、お前なー」
『身体の主導権がないんだ。喋る自由ぐらいなきゃ、やってられんさ』
言われて気が付いた。
そうだ、マイラには身体がない。それはいわば、植物人間みたいな状態なんじゃないだろうか?そう思うと、殺されかけた相手とはいえ遣る瀬ない気持ちになった。
「・・・それも、そうだね。ごめん」
『わかれば良い。・・・で、今日はダンジョンに行くのか?』
「えっと、もうあのダンジョンは封鎖されてるし、入れたとしても特に取れるものなくない?」
『違う。別のダンジョンはあるんだろ?そっちに行かないのか?』
「無理無理。ダンジョンに挑むには冒険者証が必要で、冒険者証を取るには18歳以上じゃなきゃ」
『あん?面倒だな』
「でも、近々法改正があるかもって話は聞いたから、変わるかもしれないけどね」
『ふーん。じゃあ、何でお前は昨日、俺様のダンジョンにいたんだ?』
そう言われて、ボクは言葉に詰まった。
法律的にはアウトだ。
見つけたダンジョンは報告する義務があるのに、ボクはそれを怠って、尚且つ探索までしたのだから。
「え、えーっと。たまたま見つけちゃって、さ」
『ま、俺様は構わんがね。──さっさと帰ってやりたい事があるんだろ?』
「あっうん!クラスについて調べるのと、あと聞きたい事があるんだ」
真剣な眼差しで、ボクはマイラを見つめるつもりで、虚空を見つめる。
授業中も考え続けていたのだ。
──
ボク以外の誰も知らない情報かもしれない。ならボクは、この情報を開示すべきなのだろうか。
『ま、構わんぜ。・・・俺様も、聞きたい事があるからな』
静かな調子で、マイラはそう言った。
きめらいふ! 風梨 @fuuri2022
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