初めてのダンジョンアタック
「──き、緊張してきたあ」
リュックを背負って、腰にはサバイバルソード。(ロングソードなどは許可が必要なので、代わりの物をこう呼ぶ)
手には鍋の蓋を改造して手にくくれるようにした物を装備する。
靴は運動靴で、足先と足裏には鉄板を仕込んである。長ズボンを履き、膝にはサポーターが付いている。
上着は幾つもポケットの付いたポーチタイプの上着だ。
準備万端。
しっかりと装備を点検して、フンスと鼻息を漏らしながら肩のリュックの紐を握り締める。
「よし。行くぞ」
目の前には、至って普通の洞窟の入り口が広がっている。
だが、この先がダンジョンに繋がっているとボクは知っていた。
──ダンジョン。
その出入り方法は単純で、いわゆるワープ方式だ。
途中までは普通の洞窟だけど、一定のラインを超えると侵入した人が転移する。
転移先はダンジョンによって様々で、森や草原、海の中や浜辺、荒野や溶岩地帯、雪原と多種多様であるが、それら全てをダンジョンと呼ぶ。
そしてボクが見つけた、このダンジョンは一風変わっていた。
──石造りの通路が続いているのである。
「どこかの、地下通路かな」
冷える空気に、錆びついた金属の匂い。
人の気配を感じない寒々しい光景には、石造りの通路が続いている。
道幅は結構広い。
ボクが目一杯に手を広げて、三人は収まる道幅で、暗がりのある通路には緑色の怪しげなランプが等間隔で並んでいる。
照らし出される通路は薄い緑の色合いもあいまって、どこか恐ろしい雰囲気を漂わせていた。
「──ランプは、やっぱり取り外せないか。破壊不可オブジェクトって言うんだよね、こういうの」
試しにランプに触れて、揺らそうとしてもビクともしない。
どこかの研究機関によると、ありとあらゆる方法で破壊を試みたものの、全くの無傷だったという。
ダンジョンの不思議な現象の一つだ。
気を取り直して、既に用意していた自前の懐中電灯を手に取って点灯する。
カチリと音の鳴った一筋の白光が道行く先を照らし出し、馴染みのある文明の光が、ダンジョンの通路に広がるおどろおどろしい雰囲気を微かに緩和してくれた。
「・・・行こう」
改めて口にして、早鐘のように脈打つ心臓の音を感じながら、ボクは一歩を踏み出した。
コツン、コツン、と。
鉄板を仕込んだ靴が鳴らす、自分の足音だけが場の音響を占めている。
怪しい雰囲気の通路とは裏腹に、ダンジョンに棲息する、いわゆる魔物と呼ばれる生物はまったく姿を見せなかった。
「これは、もしかして『当たり』か?」
頬が高揚するのが自分でもわかった。ワクワクしながら思い出すのはダンジョンの豆知識、というよりも伝聞に近い話だ。
普通のダンジョンには魔物が居る。
これは常識だ。でも、極々稀に魔物が生息しない、貴重なアイテムだけが眠るダンジョンがあるという都市伝説を聞いたことがあった。
もしそうなら、明日にでも億万長者に、ううん。トップランカーにだってなれるかもしれない。
そうしたらきっと、コトネとの関係だって何か進展が起きるかもしれない──。
そんな妄想に浸ろうとして。
ふと、何か音が聞こえた。
足を止める。
同時に背筋が凍る。ツツツと冷たい汗が流れた。
(バカっ、ここはダンジョンだぞ!?そんな、気を抜いてどうするんだ!)
少し前の自分を叱咤しながら、耳を澄ませる。
気のせいなら良い。でも、もし気のせいじゃなかったら──。
──・・・、・・・、・・・。
何か、聞こえる。
息を潜めて、懸命に意識を耳に集中させてみる。
──・・・、た・・・、れ・・・。
間違いない。
誰かがいる。
(ボク以外の、人・・・?いや、そんなバカな。こんな裏山に用がある人なんて居る訳がない)
となれば、答えは一つだけ。
(異世界人・・・?)
それこそ、都市伝説だ。
(何にせよ、ここで退く選択肢はないよね)
ドキドキと脈打つ胸に手を当てながら、ボクは再び足を進めた。
この先に何が待っているのか。恐怖と期待を内包する振動が、胸を内部から押し上げてくる。
──・・・だれ・・・・たす・・・。
次第に大きくなる声。
切実さの篭った甲高い女の子の声音だった。
(女の、子・・・?)
つい足は速まる。
──・・・たすけて・・・だれか・・・。
その言葉の意味を理解した瞬間に、ボクは思わず駆け出した。
目の前には、通路を塞ぐ大きな扉がある。
非常に頑丈そうな、金属の重厚な扉。
普通に開けようとしたって、非力なボクじゃ開けられないかもしれないくらい、頑丈に見えた。
ここまで魔物には会わなかった。
だからかもしれない。警戒心なんてどこかに飛んでいってしまって、ボクは思い切り扉に向かって体当たりした。あと先なんて考えてない。聞こえる声が、ボクから躊躇を奪った。
倒れ込む身体を開いた扉は受け止めきれなかった。
扉は意外にもいとも簡単に開いてしまったから。
まさか全くの無抵抗で開くなんて想像すらしていなかった。
身体が倒れる感覚に引き攣った表情を自分が浮かべたのがわかる。そのまま、体当たりした勢いのまま扉の向こうにまで転がった。
「へぶっ!」
ドシャっと砂埃が立つ音が聞こえた。
恥ずかしながら、自分が転けた音。耳まで真っ赤になりそうな心地で慌てて立ち上がって視線を上げれば、太陽のように明るい照明に照らされる、正方形に区切られた広間があった。
そして、その中央に彼女はいた。
──全てを忘れて呆けてしまうくらい、美しい女の子。
整った顔立ち。美しい純白の髪。
瞳は青く澄んで、碧眼の輝きを魅せている。
見た目は高校生くらい。でも、年齢に不釣り合いなくらい大きな膨らみを持った女の子。布切れ一枚だけのボロい服装で、ついつい隠しきれていない、零れ落ちそうな豊満な胸元を凝視してしまって。
──ってボクは何をみてるんだ!?
自責の念すら感じながら、我に帰ってブンブンと首を横に振って雑念を追い出していたボクに声が掛かった。
「だいじょうぶ、ですか?」
鈴の鳴るような声とは、まさにこんな声なんだろうなあと思う声。
半ば呆けた後に、自分の顔がボッと熱くなったのがわかった。
──転けたところを、情けないところをこんな可愛い女の子に見られてた。
尚且つ心配までされてしまった。羞恥心で頭が茹ってしまいそうになりながら、ボクが懸命に無事を使えるべく両手をブンブンと横に振ったのはご愛嬌だと思う。そう言って欲しい・・・。
「だ、だいじょ、大丈夫!!」
「そ、そうですか?」
僅かに困惑したような様子を見せながら、小首を傾げて見せる女の子の姿はとても可愛い。つい先程の失敗も忘れて可愛い以外に何も考えられなくなってしまった。
でも、彼女の足首を見た瞬間に、そんなフワフワした思考は弾け飛んだ。
黒くて硬そうな鎖。
──足枷が付いていた。
「ッ!そ、それって!」
「えっと、はい。なので、逃げることが出来なくて・・・」
ニコリと、悲しげに微笑む姿にいても立っても居られず近寄った。
「ごめん、ちょっと触るね」
「あっ」
ジャラリと音を立てる鎖は頑丈そうで、とてもではないがボクなんかの力で引き千切れるような強度ではない。悔しさを感じながら、何か方法はないかとジッと足枷を穴が空くほどに観察してみると、少し不可解な事に気がついた。
足枷にも、鎖にも、繋ぎ目がないのだ。
枷に鍵穴すらない。そんな事があるだろうか?魔道具だから?でも、鍵穴がないと開けられないんじゃ──。
もう一つ気がついた。
『足首』と『足枷』の間に、隙間すらない事に。
おかしい、これじゃまるで。
「まるで、足枷が、足から生えてるみたいな・・・?」
「──なんだ、勘がいいじゃないか」
唖然と振り返る。
声音は、変わらない。鈴音のような音。
けれど、込められる意思が明確に異なった。
先ほどまでの声が、同情を買うための声だとするなら、今の声は、獲物を捕らえたような声。
鎖を、足枷を確かめるためにボクはかなり近づいていた。ボクの顔のすぐ真横と言っていいくらいの位置に、彼女の頭がある。
至近距離で視線が合う。
ボクの視界に女の子の表情が映る。
──けれど。
先ほどまでの、可憐な雰囲気はまるで蜃気楼であったかのように消え失せていた。
なんで、どうして。そんな疑問に答えるように。
儚げな微笑の代わりとでも言うかのように。
『ニィ』と口角を引き上げた、獣のような獰猛な笑みがそこにはあった。
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