第9話
ベルゴでの生活も2年ほど経過した。
エルビィとの関係は良好でいい友人になれたと思う。
ある日の事だった。エルビィの婚約者候補が見つかり、リーナとも顔合わせをするという話を僕は聞かされていた。
エルビィから聞かされるリーナの素行に不安を覚えていたものの、祝福の言葉と久しぶりの家族の時間を楽しんでほしいと声をかけた。
エルビィの婚約がうまくいく事を願いながら、僕は今後は今後の距離の取り方を考える。
不適切な関係だとあちらに思われたら、エルビィにとって良くない。会うのは控えた方がいい。
僕はそんな事を考えながら、屋敷へと帰った。
エルビィの顔合わせの次の日の夜。
僕宛にエルビィから手紙が届いた。そこには、「来てほしい」とだけ記されていて嫌な予感を覚えた。
僕は不安になりながら、次の日の朝。エルビィのところへと向かった。
僕を出迎えてくれたのは、エルビィとその両親だ。
今までは、何とも思わなかったが、エルビィはリーナとは違い両親それぞれの面影があった。
エルビィはずっと泣いていたのか、目が充血し瞼が腫れ上がっている。
それだけでよほどのことがあったのだと推察できた。
「ニコラス……、リーナが、うっ」
エルビィがリーナの名前を出すなり泣き出した。
「どうしたんだ?」
「あの子が、私の婚約者と……」
エルビィはそれだけ言うと言葉に詰まる。
それを見かねたのか、エルビィの母メルビィが苦しそうに口を開く。
「リーナが、あの子が、エルビィの婚約予定の人と寝ていたの」
何を言っているのか僕にはわからなかった。
まだ子供のリーナがそんな事をするはずがない。
頭の中で、子供のままのリーナの姿が浮かぶ。
ふわふわの柔らかそうな赤い髪。緑色の瞳は朝露に濡れた木の葉のように輝いて生命力に満ち溢れている。
寂しがり屋で天邪鬼なリーナは別れの日に、泣き腫らした事を必死に隠して笑顔で見送ってくれた。
「そんなはず」
「いいえ、見たのよ。向こうにはこちらで泊まってもらう事になっていたんだけど、その日の夜に……」
否定しかけた僕を遮るようにメルビィが経緯について話し出した。
「リーナがそんな事するはずがない」
「……ずっと、黙っていたんだけど。異性との距離が近いと話していたけれど、どうやら何人かと寝ていたみたいで」
僕がそれを否定すると、エルビィが言いにくそうにリーナの素行について教えてくれた。
「そんな、はず」
「僕も信じたくなかった。でも、こんな事があったから」
エルビィの父が唇を噛み締める。
「やっぱりあの子はニーナに似ているから……」
エルビィの母の呟きは、部屋の中で響いた。
ニーナはメルビィの婚約者と駆け落ちをしたと僕は両親から聞いている。
婚約者と妹を失って彼女がどれほど苦しんだのかは、僕にはわからない。
「都市には連れて来れなくても、それでも愛していたわ。これは、きっと、リーナと向き合わなかった罰なのよ」
メルビィは、領地にリーナを置いて行った事を懺悔する。
「心の距離は感じていたの。エルビィの誕生日のお祝いを嫌がっても、私たちが誕生日のお祝いをしようとしても怒って嫌がっても、それでも、あの子は可愛い私の子供だから」
リーナは家族と離れて寂しかったのだろう。きっと心にもない事を言ってしまいすれ違いこんな事になってしまったのかもしれない。へそ曲がりなところが悪く表に出てしまっただろう。
リーナは両親からのプレゼントを喜んでいた。
けれど、それを言ったところで、彼らの心が救われるわけではない。
「ニーナによく似たリーナのことが怖かった。大切なものを傷つけて奪われそうで、それでも、愛していたのに……」
メルビィが苦しげに呟く。
どんな言葉をかければいいのか、僕にはわからなかった。
重い空気の中、屋敷に帰るとリーナから手紙が届いていた。
二人で時間をかけて矯正した文字は乱れて汚らしいものになっている。
そして、記されていた内容に目を覆いたくなった。
身体の成長とともに胸が大きくなったこと、たくさんの男から愛されていること、エルビィの婚約者候補が素敵だった。
僕も悦ばせることができる。と。
そして、監視塔でいつでも待っているとあった。
監視塔は、道ならぬ恋をする者が相引きに利用している場所だ。
監視塔で会おうと誘うというのは、リーナはその意味を知っているという事だ。
妹のような存在はもういなくなったのだと僕は思った。
だけど、まだ嘘だと思いたい僕がいた。
もしも、監視塔にリーナがいなかったら僕はこの手紙の存在を忘れる事にしよう。
そう決めて、僕は屋敷を空ける事を執事や他の使用人達に伝えた。
その結果は、最悪な物だった。
監視塔にはリーナがいた。
リーナは手紙の通りに、大人になってきた。
そして、手紙に記されていた通りに領地の男とここでそういったことをしているのだと僕は思った。
肉感的な体つき、まだあどけなさを残す顔のせいでどこか危うげな雰囲気を出していた。
「ニコラス!久しぶりね」
リーナは僕の顔を見るなりにっこりと笑い駆け寄ってきた。
笑顔はあの時のままだった。
その瞬間、僕の大切な思い出が汚されたような気分になった。
気がつけば僕はリーナに拒絶の言葉を吐き、その場から逃げ出していた。
いつか知られることだが、僕はリーナの素行のことを口にしなかった。仲違いした事もだ。
大切な思い出を汚されるような気分になりたくなかったし、口にすればするほどリーナに失望しそうな気がしたからだ。
それからリーナと会うのはやめた。
それなのに、エルビィから聞かされるリーナの情報は耳を塞ぎたくなるものばかりだった。
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