第8話
リーナとは川を挟んだ隣の領の幼馴染だ。
彼女は僕よりも7つ年下で、妹のように可愛がっていた。
寂しがり屋で、天邪鬼なところもあるけれど、とても大切な存在だった。
リーナの姉の身体が弱く良い医者が都市にいるため、祖父以外の家族は領地には滅多に帰ってこないらしい。
複雑な家庭だと知っているので、あまり家族の話を聞かないようにしていた。リーナもそれについて寂しいとも言わなかった。
リーナは家族のことを悪く言わないし、家族に手紙を書いたとか、たまに届くプレゼントの事を嬉しそうに話すので、事情を理解して良好な関係を築いているのだと思っていた。
リーナはいつもずっと一人で、領地で過ごしていた。寂しかったとは思う。
しかし、彼女の祖父と乳母のケイトがそれはもう、目に入れても痛くないほどに甘やかして育てられた。
少し捻くれているけれど性格の悪い子ではなかった。わがままも言わず、幼いわりに人の顔色を読むのが上手だった。
大人になってもお互いに結婚しても良好な関係を築けると僕は思っていた。
それに陰りが見え始めたのは、僕が社交のために都市ベルゴに行く事になってからだった。
僕のような田舎の領地を持つ貴族は、都市に出てコネやら配偶者を捕まえてこなくてはならず成人を迎えると、都市で長期間滞在する事が決まっていた。
僕は配偶者を見つけることよりも、領地の整備のためのコネ作りを重要に考えていた。
というのも、リーナが生まれる前に起きた川の氾濫の被害が大きく。そういった災害を少しでも減らせるような取り組みをしたいと僕は考えていたのだ。両親もそれを認めてくれた。
ベルゴに住むようになりリーナからの手紙が一度も来なかった。こちらから手紙を出してもその返事すらなかった。
気になった僕は、ベルゴに住むリーナの家族のところへ向かった。
なぜ手紙をくれないのか、元気なのか知りたかったのだ。
「初めまして、エルビィと申します」
エルビィはピンクブロンドの髪の毛と蜂蜜色の瞳が印象的な少女だった。
病弱だといわれるだけあって、華奢で庇護欲を駆り立てるような雰囲気があった。
「リーナといつも仲良くしてくれてありがとうございます」
エルビィは、そう言ってどこか寂しげな微笑みを浮かべた。
その様子に姉という立場なのに、リーナと中々会えないことを憂いているのだと僕は思った。
どこか陰のある微笑みに、僕は少しだけ不思議な気分になった。
というのも、僕は領地で友達がいなかったわけではないのだが、エルビィみたいな儚げな少女と一度も顔を合わせた事がなかったのだ。
それに、エルビィは今までみた誰よりも整った顔立ちをしていたのだ。
リーナの面影がどこかにあれば、リーナの姉としか見なかったと思う。
似ているところがないから、僕は変に意識してしまう。
「いえ、本当にリーナは可愛くて、楽しく遊んでもらいました。その、手紙が届かなくて心配しているんです」
変に緊張しながら僕は、話の本題に入った。
「リーナは元気ですよ。とても」
「ああ、そうよかった」
エルビィから聞かされたリーナの様子に僕は安堵した。
別れる時に、寂しいと一人で泣いていたとケイトから聞かされていたからだ。
「でも、……」
エルビィは何か言いかけてすぐに口を閉じた。
「でも?」
「その、同年代のお友達と遊びたいから手紙の返事を書くのが面倒だって話していたの」
僕が聞き返すと言いにくそうに、リーナの現状について教えてくれた。
ただ、僕はそれに安堵していた。
リーナに僕以外の友達がちゃんとできていたから。
「そうですか。元気ならよかった。確かにあの年頃なら年上よりも同年代の子の方が楽しく遊べますよね」
「……リーナは、少し、薄情ですよね」
エルビィは悲しそうに微笑む。
「子供ですから、そういう気持ちもわかりますよ。それでも、可愛いものです」
「貴方は優しいのね」
僕の心からの言葉に、エルビィは寂しげに微笑む。
それが、なぜか目が離せなかった。
「え、」
「……たまに会いにきてくれませんか?私、身体が弱くて友達もいなくて、少しだけでいいから、あの子が羨ましい。こんなに優しい友達がいて」
涙ぐみながらそう言われて、自分の無神経さに気がつく。
エルビィは身体が弱くていい医者にかかるために、領地にも帰れずにいる事を思い出したからだ。
なかなか外で遊ぶこともできなくて、彼女も寂しい思いをしたのだろう。
リーナの姉のエルビィならきっといい友人になれる気がした。
「いいですよ。その、リーナの話を聞かせてくれますか?一人で寂しくしていないか心配なんです」
でも、一番は、可愛い妹のような存在のリーナの近況が知りたかった。
「ええ、もちろん」
こうして、僕とエルビィは友達になった。
初めは、リーナの話を聞く事ができて楽しい時間を過ごす事ができた。
エルビィと会うようになると、リーナの素行の悪さが言葉の端から感じられるようになってきて、僕は嫌な予感がしていた。
それは、最悪な形で的中した。
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