第2話
ニコラスは川を挟んだ隣のブック領の嫡男だ。
彼もその家族も都市ベルゴよりも自領で過ごすことを好み、時折り私のところへ遊びにきてくれた。
彼とは7つ年が離れていて、妹のように私のことを可愛がってくれた。
『リーナ、釣りに行こうか!』
『うん』
私の名前を呼んでくれるのは、ニコラスとその家族とお祖父様だけだ。
そのお祖父様も私が10歳の時に亡くなってしまったけれど、私は寂しくはなかった。
使用人達は私のことを大切にしてくれたからだ。
ニコラスも私のことを妹のように接してくれた。
それに、影が落ち始めたのはニコラスが18歳になり、社交活動として都市ベルゴで生活するようになってからだった。
送っていた手紙への返事が少しずつなくなっていった。
彼から最後に届いた手紙には「手紙を出すのはやめてほしい。僕も忙しいので返事が書けない」と記されていた。
手紙の返事に戸惑ったものの、忙しい彼に迷惑をかけていたのかと思うと申し訳なくなった。
明確に彼が避けている事に気がつくのには時間が掛からなかった。
ニコラスは領地に帰っても私のところには来なくなったからだ。
手紙を拒絶された件もあったので、私はニコラスと会う事はしなかった。
傷ついたが両親や姉と同じように避けられる事には慣れていた。
私は一度も両親から誕生日を祝われた事がない。
それなのに、私はまだ家族から愛されるかもしれないと期待をしていた。
ニコラスに本格的に嫌われたのは、私がきっかけでエルビィの婚約がダメになってしまったせいだろう。
それを知らされたのはニコラスからだった。
顔合わせが失敗して追い出されるように領地に戻った私は、鬱屈とした気分で屋敷で過ごしていた。
「お嬢様、食事は?」
乳母のケイトが心配そうな顔をして私に声をかけてきた。
あれから、食欲が全くないのだ。
あの人たちにとって私は忌むべき存在なのだと突きつけられた事がショックだった。
祖父が亡くなってから一度たりとも彼らは領地には戻ってこなかった。
きっと、彼らは生前の祖父に逆らえないから嫌々帰ってきたのだと思う。
あちらでの生活費を出しているのは祖父だった。
父は婿養子でうちに来たが、裕福な貴族の生まれではない。
本来なら彼らが家業を継ぐはずなのに、運営すら人任せで、私も手伝える事があるならと色々と教えてもらっている最中だ。
先行きが不安すぎてどうしたらいいのかわからない。
「あまり、食欲がなくて、大丈夫よ」
私はストレスが溜まると食事が喉を通らなくなるタイプのようだ。
「食べないといけません」
ケイトがしつこいくらいにスープをすすめてくるが、口をつける気にはならなかった。
けれど、心配をしてくれるケイトのために何か口にしないといけない。
「うん、わかってるんだけどね。飲めたら飲むから」
ケイトからスープを受け取り曖昧に微笑む。
とりあえず無理にでも口にしよう。
「……ニコラス様からのお手紙が届いています」
久しぶりにニコラスの名前を聞いて、私は嬉しくなった。
手紙は迷惑だと言われてから書いていない。
ニコラスと遊んでもらった記憶が頭の中で蘇ると、涙が出てきそうになった。
幸せな記憶というものは刷り込みで頭の中でずっと残っている。たとえ、相手から関係を断たれたとしても。
「ありがとう」
ニコラスの字にどこかよそよそしさを感じながらも、私は手紙を読んだ。
ニコラスからの手紙には、久しぶりに会って二人きりで話がしたいから領地の境目にある監視塔にまで来て欲しいと記されていた。
約束の日、私は何の疑いもせずにそこに向かった。
ニコラスは、私よりも先に到着して待っていた。
避けられていたのに、久しぶりにニコラスの顔を見ることができて私は嬉しかった。
「ニコラス!久しぶりね」
久しぶりに会ったニコラスは、精悍さが増していて大人の男性になっていた。
黒髪とブラウンの瞳は、以前は親しみが持てたのに今はそう感じない。
「リーナ」
ニコラスは私を見るなり忌々しいと言わんばかりに睨みつけてきた。
「……ニコラス?」
私はニコラスの冷たい態度に息を呑んだ。
「君に気安く名前を呼ばれたくないね」
蔑む目は母親が私に向けるものと同じたちの物だ。
「知ってるかい?ここはね。男と女の相引きの場所に使われるんだよ。君がそんな人だとは思わなかったよ。まだ子供だと思っていたのに」
ニコラスは自分から呼び出しておいて、全て私が悪いかのように責め出す。
「君はエルビィの婚約をダメにしたようだね」
顔合わせが失敗してから私は何も知らない。が。
やはりという気持ちの方が大きかった。
「……そうだったの」
「他人事なんだな。君のせいでエルビィは傷ついている。君はどうしようもない人間だ」
ニコラスは、全て私が悪いかのように言い出す。
「私のせいじゃない」
私は、悪くない。……悪くない。
誰からも存在すら否定された私は、自分に言い聞かせて何とか心を保つ。
「僕は君のことを信じようと思ってた。だけど、やっぱりこれがその答えなんだろう!二度と僕に近づくな!」
ニコラスは声を荒らげて走り去っていった。
「ニコラス……!」
私は追いかけることができなかった。
どうせ、何を言ったところで誰もが私の事なんて信用してくれないのだ。
叔母に瓜二つの外見に生まれてきてしまったばかりに。
もしも、私が彼女に似なかったら私は両親や姉、ニコラスからも愛されたのかもしれない。
「あはは」
乾いた笑い声が口から溢れでた。
きっと、私は死ぬまで孤独なのだろう。
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