悪女の虚像

@keganiaoba

第1話

 もしも、生まれた時からその人に役割があるとしたら、私は加害者で姉は被害者なのだろう。


 そして、善良な心を持った姉は誰からも愛されて幸せになり。邪悪な心を持った私は、恵まれた環境であることにも満足できずに破滅の道を辿り不幸になる。


 ……いつだって未来は決められている。


 その理由は、母親の婚約者と駆け落ちをした妹と私が瓜二つだかららしい。

 クセが強く燃え上がるような赤い髪の毛、勝ち気そうな吊り上がった緑色の瞳、大きな胸は軽薄そうに見えるのかもしれない。


 未来が決まったのは私に姉の婚約者が懸想して一方的に婚約破棄したからだ。


『この阿婆擦れ!ニーナに瓜二つなだけあるわね!』


 母親は一方的に私を詰って、田舎の領地に追いやった。

 そして、5年の月日が経ち、私はそろそろ18歳になる。



「来てやったわ」


 18歳になった日、両親が私に会いにやってきた。

 誕生日に両親が私の顔を見にくるのは初めてだった。

 彼らが私の誕生日を祝ったことはなかった。きっと、それすらも覚えていない。

 

「……」


 出迎えた私の顔を見るなり、舌打ちをしそうな表情をした母にこの訪問は意にそぐわぬ物なのだとすぐに理解した。

 悲しみは不思議となかった。……もう、どうでもいいのだ。

 伸ばした手を振り解かれることなどもう慣れた。私は両親から愛されていない。

 物心がつく前から私は田舎の領地ユステルで過ごしていた。

 両親も、早産だったため身体が弱い姉も、都市ベルゴのタウンハウスでずっと過ごしていて、顔を合わせるのは年に数えるほどしかなかった。

 当然のように関係は希薄で、私がベルゴに行ったのは、姉のその当時の婚約者候補と顔を合わせる時だけだった。

 それから、両親の怒りを買い。私は田舎の領地で過ごしていたのだ。


 応接間に着くなり何も言いたくないと言わんばかりの母親の代わりに父が口を開いた。


「エルビィが失踪した」


「は?」


 突然のことに頭での理解が追いつかなかった。

 なぜ、姉が失踪したのか、そして、そんなことをなぜ私に「わざわざ、伝えにきたのか」。


「っう!」


 直後、突然頬に痛みが走った。

 頬を叩かれたのだとわかった時には、鬼気迫る表情の母の顔が眼前に迫っていた。


「全部お前のせいよ!あと少しで、エルビィはニコラスと結婚して幸せになれたはずだったのに!」


 母親の一方的な八つ当たりに私は頭が痛くなった。

 父親は、それを見ても止めようとはしない。昔からそうだった。

 善人の彼らから見たら私は悪人そのもので。

 何か悪いことがあれはそれは全て私のせいにされた。


「ニコラスと婚約していたの?」


 ニコラスとは幼馴染のようなもので、私の兄のように慕っていた人だった。あくまで過去の話だけれど。

 そもそもエルビィとニコラスが婚約していたことすら私は知らない。


「この領地から一歩も出ていないのに、どうやって姉さんに失踪するように唆すのよ」


 家族への愛情はとうに尽きたはずなのに、胸が痛むのは何故だろう。

 まだ、愛されるかもしれない。と、淡い期待を持っていたからなのかもしれない。


「黙れ!お前のせいだ!」


「わざわざそれを伝えにきたの?ニコラスと姉さんが結婚することすら私は知らない」


「お前の存在がエルビィを不幸にするのよ」


「馬鹿馬鹿しい」


 無茶苦茶な理論を展開する母を私は冷たく突き放す。

 何もかもを私のせいにすれば全て解決するのだと本気で母は信じているのだろうか。


「……エルビィの代わりにお前がニコラスの婚約者になるんだ」


 私が母親に叩かれて詰られても何も言わなかった父親が意味不明なことを言い出す。


「正気なの?なんで、私が勝手にいなくなった姉さんの為に尻拭いなんてしなきゃならないのよ」


 私を遠ざけておいて、勝手に居なくなった姉の尻拭いを当然のようにさせようとするなんて人を馬鹿にするにも程がある。


「お前のせいでエルビィは苦しんだのよ。だったら、お前がエルビィの為に何かするのは当然でしょう?」


「約束を反故にしたら罰を受けるのは私たちだ」


「そんなことなんて、知らないわよ」


 二人と一方的な物言いに私は吐き捨てるように言い返す。


「この婚約は、事業のためにどうしても必要な物なのだ。それを破棄したらどうなるか考えられないのか?……使用人や領民を路頭に迷わせたくはないだろう?」


 意地悪そうに笑う父に私は言葉が出なくなった。

 

 私は、姉の代わりにニコラスと婚約しなくてはならないようだ。

 ニコラスとは、姉の婚約話がなくなった件から一度も会ったことがない。

 あの日、彼は私にこう言った。


『君はやはりどうしようもない人間のようだ』


 結局、ニコラスも私のことをどうしようもない悪党にしたいのだ。

 目の前にいる血のつながっただけの人たちと同じように。


 この婚約を受けたところで私が不幸になるのは目に見えていた。

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