第5話
ベルゴに向かう当日、ニコラスの家の馬車が私の屋敷へとやってきた。
「お嬢様、素敵な馬車ですね」
ケイトは目を輝かせているが、私の気分は落ち込んだ。
そして、さらにこの旅路が最悪なものになる出来事が起きた。
「リーナ迎えに来た」
あろう事かニコラスが馬車から降りてきたのだ。
ベルゴまで一緒に行くつもりのようだ。
「……」
逃げられると思っているのか、私が通り道で男を捕まえると思っているのか。どちらにしても信用されていないという事だけはわかった。
ニコラスを睨みつけると顔が強張るのが見えた。
「まぁ」
ケイトは信じられないほどにはしゃいでいた。
全てを知ると彼女の方が傷つくので、何も言わないでおこう。
もし知ってしまったら、きっと、何をしても止めるから。
「ニコラス様、リーナ様のことをくれぐれもよろしくお願いします。どうか、幸せにしてください。ずっと寂しい思いをしてきたから、大切にしてください」
ケイトは、溢れ出る涙をハンカチで拭きながら、何度も何度もニコラスに頭を下げて懇願した。
その様子にニコラスは多少の良心があるのか、戸惑い引き攣った笑みを浮かべている。
そんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。
どうしようもない人間が、そんなふうに思われていたなんて考えたくもないはずだ。
「馬車だけでも良かったのに、同行までしてくれてありがとう」
「よほど私のことを信用できなかったのね。」ケイトの手前それだけは付け加えたのをやめた。
唇の端だけ上げ冷めた目でニコラスを見る。
ニコラスはほんの一瞬だけ微笑みかけて止めて、息を呑んだ。
ケイトに挨拶を済ませて馬車に乗り込むと、ゆっくりと走り出した。
行く先は、責苦のような場所なのだろう。
嫌なことを考え続けるのは慣れた。いや、今まで心を保つにはそうするしかなかった。
悪い方向に物事を考えていれば、どれほど酷い事をされたとしても諦めがつくから。
それなのに、いつも、想像以上に酷い事が起きるのだけれど。いいことなんて起きるはずがないと考えておけば「やっぱり」と諦めがつく。
辻馬車に乗ってベルゴに来るように言われると思っていたのに、わざわざ同乗するなんてよほどわたしのことが信用できないようだ。
景色を見ないように私は俯く。
外を見ると、5年前に両親から呼び出されて馬鹿みたいにはしゃいでいた事を思い出しそうで嫌だった。
あの日、私は誕生日のお祝いをされるものだと信じて、心を躍らせて外の景色を見ていた。
みんなと観光ができるかもしれないと思っていた。
あれほどまでに自分が滑稽だったことはない。
蓋を開けてみれば、姉の婚約者候補との顔合わせをするためだけに呼び出され、罵倒されて領地に返されただけだった。
そして、ニコラスからも軽蔑された。
ベルゴにはいい思い出なんてない。
ニコラスが変わってしまったのも、ベルゴに行ってからだった。
私はベルゴに行きたくない。嫌なことしか待っていない気がするから。
また何かあったらどうしよう。そう考えながら唇に手をやろうとしてやめた。
手袋をしていたら爪を噛む事ができないからだ。
本を読もうか、そんな事を考えていると、ニコラスが声をかけてきた。
「景色は見ないのか?」
まるで、あの日の事を思い出せと言われているような気がして、心の中がどす黒く染まっていく。
あの事を全て打ち明けたら彼は信じてくれるだろうか、いや、絶対にそれはあり得ない。
「どうせ、屋敷からは一歩も出ないし、見るだけで時間の無駄よ。観光しにベルゴに行くわけじゃないんだから」
心の揺らぎを悟られたくなくて、私はニコラスを馬鹿にするように笑ってやった。
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