第4話
都市ベルゴに行く事が決まり私は淡々と準備をした。
持ち物のほとんどは本や辞書ばかりだ。
「お嬢様、服はそれだけでいいんですか?」
ケイトの質問に私は苦笑いする。
彼女には不安がらせないために、失踪したエルビィの代わりにニコラスの婚約者になったとだけ伝えてある。
エルビィが見つかれば解消する予定だが、見つからなければそのまま結婚すると話すとなぜか喜ばれた。
……結婚後もエルビィが見つかり次第、関係を解消することは伝えていない。
言えるはずがない。もし、それを知ってしまったらケイトはきっと悲しむ。
「観光に行くわけじゃないから。必要ないでしょう?」
「出かけるかもしれないじゃないですか」
「本当に必要ないのよ。あ、手袋も用意してね」
「わかりました」
ケイトは、返事をしながらレースの手袋を旅行カバンの中に入れた。
「服はいいのよ。なくても困らないから」
ニコラスが用意した家から一歩も出るつもりもないので、わざわざ服を用意する必要もない。
服よりも本の方が私の役に立つ。
貯蔵池についてもちゃんと調べておきたい。
何も知らないケイトは、ニコニコと笑って的外れな事を言い出す。
「あちらで買い揃えればよろしいですよ。ニコラス様にお店を紹介してもらうのはどうですか?お嬢様の服、かなり古いですし」
そう言われて、背が伸びるのが止まってから服を新調しなくなったことに気がつく。背が伸びるのが止まったのは16の時だ。
出かけることがあったとしても領地の視察程度で、別にいいかと服を買うことはしなかった。
ケイトは「年頃の娘なのに」と言って、悲しそうにしていたけれど、かなり気にしていたようだ。
「そんな図々しい事なんて頼めないわ」
ボロ切れしか持っていなかったとしても、ニコラスにそんな事を頼むつもりはない。
もし、そんな事をお願いしたら男のために必死な女だと言われそうだから。
それに、私なんかに向こうも時間もかけたくないだろう。
「ニコラス様と結婚するのはお嬢様ですよ。ですから、図々しいなんてことはないです」
前向きすぎるケイトの勘違いに、私は苦笑いをする。
彼女の中ではエルビィはもう帰ってこないものなのかもしれない。
「エルビィ姉さんが見つかるまでは、一時的な婚約者ってだけよ。見つからなかったら結婚するかもしれないけど」
「……こんな騒ぎを起こしておいて、戻ってきても今まで通りなんてあり得ないですよ。ですから、お嬢様がニコラス様と結婚するんです」
確かに結婚はするかもしれない。しかし、エルビィが帰ってきたら早々に追い出されるのだ。
「どうなるかはわたしにはわからないわ」
間違ってはいないが、事実を伝えることはできない。
あまりケイトを不安がらせたくないからだ。このまま勘違いさせたままの方がいいような気がする。
「でも、よかった」
ケイトは、そう言って安堵したように笑う。
彼女に心配をかけている自覚はある。
13歳から5年間燻るように領地で過ごした日々は、人生に楽しみすら見出せず、ただやるべきことをしていただけにしか見えなかっただろう。
きっと、私と同じ年頃の少女は恋をして友人と遊んで青春を謳歌している。
私はそれすらも避けて、領地と向き合う事で逃げていた。
恋をすることも誰かを愛することも諦めてやめた。
私を育ててくれたケイトは、不安だったのかもしれない。
私が幸せを諦めていることに。
「何がよかったの?」
「だって、ニコラス様ならお嬢様のことを可愛がってくれてましたし」
仲違いした事を知らないケイトは、「だから安心なんです」と微笑む。
「隣の領地ですしね。困った時に助け合いができますから」
そして、領民としての考えを述べる。
確かに、ブック領とは良い関係を築く事ができているけれど、有事の時は少し心許ない。
それなら、別に私が結婚しなくてもいいと思うのだけれど。
「……そもそも、姉さんが婚約者なのよ。それに、この土地を引き継ぐのは私じゃないわ」
私に領地を継ぐ事はできない。
両親が認めてくれたらできるかもしれないが、それは、絶対にあり得ない事だ。
「エルビィお嬢様も、旦那様や奥様は、この領地の事を全く知りませんし、運営に興味もないじゃないですか」
「そうね」
ケイトが指摘している通りだ。
「都市で中央の貴族たちと華やかな生活がしたいんでしょうけど、領民からしたらたまったもんじゃないですよ」
何も言えない。本来なら私が両親に何か言うべき事なのだろうけれど、それすらもできていない状況だ。
「……リーナお嬢様は違います。早くに領地運営をしようと努力していますし、私、お嬢様にこの領地を引き継いでもらいたいです」
「できればいいんだけどね」
ケイトの願いは叶わないだろう。
エルビィとニコラスが結婚したら私は間違いなく追い出されるはずだ。
そうなっても、他の使用人たちはきっと今まで通りに生活できるから問題はない。
「本当に、ドレスを新調しなくていいんですか?」
やはりケイトは、私に年相応にオシャレをしてほしいようだ。
「いいのよ。大丈夫。時間もないし」
けれど、時間がないので断った。
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