窒息するような、現し世
職員が帰っていった。
「さあ、続いては、三十代目のほうからご報告がありますよ」
町内会長が威勢のいい声で切り出す。ハゲた頭を光らせながら、でっぷり太った体をゆったりと動かていた。腕時計がいやらしくギラギラ光る。
「よ、待ってました!」
近所の人たちが一斉に拍手しだした。
御神体を見たという報告をするだけの会なのに、近所の人間が数十人単位で集まっている。理由は簡単。お互いの行動を知っておかないと不安になってしまうのだ。
町内会長が場を取り仕切って、机と屏風、祭壇を立てていく。バタバタとした足音が社務所中に響く。
「清秋、これが神主の務めなんだよ」
そう言った真人の目は、憂鬱な目をしていた。三歳年上の真人は、神主としては先輩。矢折神社の跡取りだ。矢折神社と羽岩神社は縁が深い。ルリハが天から降り立った際、この地を治めていた武将が弓矢を放ったが、ルリハは矢を手でつかむとへし折って捨ててしまった。その折れた矢を御神体として祀るのが矢折神社。真人は二十八代目の神主だ。
「わかってるよ」
小さくため息をつく。
「まあ、俺はもうお前とバカできねえのがよっぽど辛いけどな」
真人は小声でくすくす笑った。
「ふ、ふざけんな!」
肘で腹をつつく。
「やっほー。元気してる?」
突然、真人の後ろから甲高い声がした。小さな腕が真人の腹を抱きかかえた。腕にはピンクゴールドの腕時計が妖しく輝いている。そして真人の脇腹から、小柄な女が顔をのぞかせてきた。黒髪ロングの姫カット、真っ白い肌。細長い目。
正直、凛々花は好きでない。なんで、よりによってこいつが真人と結婚するんだ。
凛々花は蛇のような目で睨みつけてきた。
「ねえ、清秋くん。早くお嫁さんを見つけてほしいな? いなかったら、わたしが連れてきてあげるから」
凛々花の恩着せがましい態度。とにかく気に食わない。
凛々花が肩を叩くと、周囲のおばさんが寄ってたかってきた。
「お、わたしもみつけてきてあげる!」
「早く結婚しなよ!」
わかっていた。所詮、自分は籠の中の鳥なのだ。なにも自由にできやしない。周囲の期待に逆らえない。自分に課せられた次の義務は、結婚して三十一代目の子どもを世間に見せること。
やりきれない。ふと、ルリハの唇の味を思い出した。優しげなルリハの顔をはっきりと思い出す。
(もう一度会おうかな……)
顔が急に火照る。
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