羽岩神社移転計画

 社務所は町内会の集会所も兼ねている。昼過ぎ、広間には町内会の会長や近所の人たちが集まっていた。皆、険しい顔をして同じ方向を向いている。視線の先には、市役所の職員がマイクを持って喋っていた。道路の拡張工事のため、神社の土地を買収するのだという。プロジェクターには『古代と現代が交差する街~ 川崎市麻生区の再開発について』と映し出されていた。

「この神社は千年以上の歴史があります。それをむやみやたらに移転しろだなんて。そもそも古代を大事にしたいならうちの神社も大事にしてほしい」

 清秋は啖呵をきったが職員はまったく動じない。

「しかし、移転先の用地についてはすでに確保済みでして、そこまで言われるのも……」

「この神社の由来を知らないからそう言うんですよ。こちらを御覧ください」

 真人は懐からパンフレットを取り出した。羽岩神社のパンフレットだ。



     ◆     ◆     ◆



 羽岩神社について


 平安時代中期、一条天皇の長徳元年(995年)、奈良・大安寺の僧が東国を旅していました。ある夜更け、僧が洞窟にこもり祈祷を捧げていますと異人があらわれました。異人は数多の足を持って光り輝いており、「われ、常世から来しもの、瑠璃羽なり。磐船と共に降り立ちぬ」と宣いました。僧が洞窟から出ると、麻生の丘から強烈な閃光が放たれていて、たしかに磐船がありました。その瑠璃羽神の御神霊と磐船を御奉安申し上げたのが羽岩神社の起源です。「るりはさま」と親しまれる当神社が御鎮座する川崎市麻生区は、8世紀ごろから有名な麻の産地であったと伝えられ、都市開発が進んだ現代では瀟洒な住宅地が広がっています。



     ◆     ◆     ◆



「あの磐船も移転するつもりですか?」

 真人は窓の外を振り返った。境内の一角に巨大な岩が鎮座している。幅5メートル、高さ2メートルの岩。これが磐船だ。

 職員は困り果てたようにうす黙った。

「そうしたら、一度役所の方でまた調整しますので……」

「お願いしますよ。移転させても結構ですが、もし破損した場合はどうしてくれるんですか!?」

 真人の目つきは鋭く、眉間にはいく筋もの深い縦じわが走っていた。

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