第18話

次の朝


軽く朝食をいただいた後


俺とサトシは


驚くほどあっさり


別れの挨拶をした。



でもそれは


もう二度と会えないと思ってた人と会えた


嬉しさと


またいつでも会えるという安心感があったからだ。



来た時と同じように


ユーリがモーターボートで送ってくれた。



サトシも船の運転ができるそうだが


こういう事はユーリの仕事らしい。



「じゃあ、元気で。」



「サトシもね・・・。」



「また、来いよ・・・・。」



「また、来るよ・・・。」



船が桟橋を離れて


サトシがだんだん小さくなった。



ユーリが無言で船を動かす。






昨夜のピロートークでサトシは


「いつかユーリを俺から解放してあげないと・・・。」


と言った。


ユーリの名前が出たから俺は


「この部屋に・・・・ユーリは来るの?」と


聞いてしまった。


こんなこと聞くのはどうかと思ったが


こんな俺で溢れた部屋で


ベッドを共にするのかと気になったから・・・・。


「・・・ん・・・・ああ・・・・。」


サトシは静かにそう言った。


そして


「ユーリの部屋は物で溢れてるんだ・・・。


隣の隣の部屋も使っていいって言ったのに


そこはいつか来るかもしれない客の為に空けておくって・・・。」


サトシはそのまま黙ってしまった。


それはきっと俺が泊るべき部屋。


ユーリはいつか来るかもしれない俺を


サトシの部屋に泊らせたくなかったのかもしれない・・・・。



サトシはユーリに必要な人で


ユーリはサトシに必要な人。


サトシだってそれに気づいてるんだ。



「おまえの生活はどんな感じ?」


静けさの後


サトシが聞いた。



俺は


妻との幸せな出来事をふたつみっつ話した。


俺はその時の精一杯で妻を愛したし


妻が好きだった。


他界していることはいつか言おう・・・・・・。


それから


娘がもうじき結婚することを話した。


娘の歳を聞いくから


25だと答えると


「ユーリと一緒だ・・・・」と言った。


そして俺の仕事の事も少し話した。


サトシは


「ユーリはほんとゲーマーだから。」


と言った。






船はあっという間に


本土に着いた。


駐車場から車に乗り込み


駅まで送ってもらった。


「緒方さんは船は運転できるけど車の運転はできませんから。」


島を出てからユーリが初めて口を開いた。



無人駅に到着して列車が来るのを待った。


ユーリがおもむろにスマホを取り出す。


「アドレスを・・・。」


俺が少し戸惑っていると


「今どき手紙のやり取りなんてまどろっこしいでしょ?


緒方さんはスマホ持ってるけど動画を見るだけで


後はほとんど使わない。あなたがまた来るようなことがあったら


俺に連絡してください。」



そうか


サトシのスマホ・・・。


島でサトシがスマホいじってなかったから


てっきり持ってないものだと思い込んこんでいたし


今の俺たちには必要ないとおもった。


青臭い言い方をすれば


サトシと連絡を取り合わなくても


俺たちは繋がってるような気がした。


島での


過去と現在が入り混じったような


ゆっくり流れる時間の中で


過ごした幸せな一夜が


夢のようだったから・・・。



ユーリとアドレスを交換して


すぐに列車が来る。



「ユーリ、いろいろありがとう。


来年の春にまた来ます。」


そう言うと


「oto sashigataの個展の開催はお知らせした方がいいですか?」


と聞くので


「頼む。」と答えた。



自動改札を出て列車に乗った。


ユーリが手を振ってくれた。



俺は列車に揺られながら


またこの地を訪れることを思い、


サトシを思い


日常に戻っていく自分が


なんだか生まれ変わったかのように感じた。



列車の窓から


桜が見えた。







                       終わり

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日々~長い人生の中のある日~ @moriko203

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