第13話

リビングにユーリがお茶を用意していてくれた。



俺の次にユーリが風呂に入り


最後にサトシが入った。



「いつも緒方さんが後ですよ。


あの人はのぼせるからぬるいお湯がいいそうです。


ではおやすみなさい。」



風呂から上がったユーリは


そう言うとリビングの先の廊下を歩いて行った。


きっと自分の部屋があるんだろう。


俺は


サトシを待った。



今何時ころなんだろう。


部屋には時計が無かった。


夕飯がまだ薄明るい時刻に始まったから


まだ21時前じゃないか・・・?


時間が早いせいか


夕食前に少しウトウトしたせいか


まだあまり眠くない。


島の生活は規則正しいと感じられる。


きっと後は寝るだけ・・・。




サトシが風呂から出てきた。


黒いスウエットの上下。


束ねていた白髪の長い髪がほどかれ


黒に映えていた。


土間のキッチンの蛇口から水をごくごく飲んで


「休むか?」


と聞いた。


俺はまだ眠くなかったし


もう少しサトシと話がしたかったから


「まだ、大丈夫。」


と答えた。




「俺のアトリエ見る?」


サトシが言った。


サトシが『oto sasigata』として制作しているアトリエ。


昔から絵をかくことが好きだったサトシの


聖域ともいえる場所だろう・・・。


俺は


今のサトシの事がもっと知りたい。


「ありがとう。みして。」


というと


「その言い方、昔と変わらないな。」と言った。



「荷物持ってから来て。」


サトシが


さっきユーリが行った廊下の方へ行く。


廊下の電気のスイッチを入れて


リビングの電気を消した。



「こっちがユーリの寝室。その隣が一応客間。


そしてこっちが俺の寝室で隣がアトリエ。」



廊下を挟んでふた部屋づつ向かい合ってる。


ユーリの寝室の向かいがサトシの寝室。


そして多分俺が寝ることになるであろう客間と


サトシのアトリエが向かい合っている。


廊下の突き当りが洗面所とトイレになっていた。



「そんなに広くは無いけど。」


そう言ってドアを開ける。


絵の具の匂い。


沢山の画材。


キャンパス。


俺より大きなものが何枚もあって


圧倒される。


ここがサトシのアトリエ。


俺の知らないサトシを知ることができる場所。



シンプルで雑然として


美しい空間。





サトシと一緒に


体育祭のパネルの色塗りをしたことを思い出した。



「昔は絵の具も自分で選んでいたけど


今は何でもユーリが調達してくれる。


画材は俺より詳しいんじゃないかな。」



そう言いながらドアから真っ直ぐ


大きな掃き出し窓の方へ向かいカーテンを開けた。



窓の向こうに見えるのは



桜の木だ!



俺もサトシを追いかけるように窓に向かう。



アトリエから漏れる明かりと


月明かりに


照らされた桜の花が


青白く輝き


美しさを放つ。



太古の昔から息吹く長い歴史


桜は何を見てきた?


人の幸せも悲しみもすべて


根っこから吸い上げ


こんなに美しく儚い花を咲かすのか。


俺が生きてきた何倍も何十倍も


桜はこの場所で繰り返し花を咲かせてきたと思うと


自分の過去も未来も存在しない


今が


点になったような気がした。



「カズヤ。」


サトシが俺を呼んだ。



「俺は・・・ずっとおまえを想っていた・・・。」



サトシ・・・


だったら、なぜ・・・・・


聞いてもいいか?



「サトシ・・・だったらなぜ


昔、俺の前から消えた・・・?」



「・・・・ごめん・・・・。」



サトシは俺に謝った後、


静かに話し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る