第11話

家へ戻ると


焼き魚のいい香りがした。


「ここの食事はシンプルですよ。」


ユーリはそういうと


サトシの傍に行って


手慣れた様子で料理の補助を始める。



「カズヤはそっちに掛けて待ってて。」


サトシがそう言った。


土間にある


木製に見えキッチンシンクは


木目模様なだけで


IH仕様だった。



ここは


過去と近代が混ざり合う不思議な空間。



それはまるで今の俺の気持ちのようで・・・。



そして


ぼんやり


キッチンに立つ二人を眺めていた。



この空間に俺がいてもいいのか・・・。


それとも


俺がいようがいまいが


二人の空間は何の支障もなく守られているのか。



サトシは俺をずっと待っててくれたと


ユーリは言った。


サトシが喜べば嬉しいと


ユーリは言った。


サトシは俺と会えて嬉しかったか?




だとしたら


俺は・・・・・


どうする・・・。



・・・・・。





「カズヤ、カズヤ・・・


メシ、できたよ。」



サトシの声で目が覚める。


俺は少し眠ってしまったらしい。



「長旅で疲れたね・・・。


メシ食って今日は早く休んでくれ。」



俺はソファからダイニングテーブルに移動する。



ご飯、味噌汁、焼き魚、おひたし・・・。


ごちそうだ。


素材がいいと


どんな高級なメニューより美味しい。



俺は久しぶりにちゃんとした食事を食べた気がした。



サトシが


島をみてきたか、と聞いたので


畑とヤギの小屋だけ見てきたと言ったら


明日は


俺が案内してやる・・・と言った。


俺と一緒に島を歩きたいのだという。



サトシは


俺がここにどのくらいいるのか聞かない・・・。



俺も


まだ言っていない。



ずっといるとか


明日帰るとか・・・



ずっといていいのか


帰ったほうがいいのか・・・・。



娘は大学進学を機に俺の元から巣立っていて


結婚もした。


妻ももういない・・・。



ただサトシと会いたかったというのは事実だけれど


そのままサトシと一緒にいられれば・・・・


という思いもあった・・・・と思う。


成り行きに任せよう・・・とも思って


ここまで来たけれど



サトシと会えば


昔を思い出し


あの頃と何も変わらないサトシに対して


やっぱり変わらない彼への気持ち。



俺の心がサトシと離れがたいと言っている・・・。



3人の夕食が楽しくて


俺は・・・・このまま・・・・・。


・・・・・。



食後にコーヒーをいただいて


これから風呂を沸かすという。


「薪風呂なんだけど灯油でも沸くから


ぬるくなったらいつでも追い炊きできる。


ハイブリットなんだ。」



「カズナリ、一番に入りな。客だから。


湯が沸いたら声かけるから。」


そう言ってサトシが外に出て行こうとした時


俺は


自分が下着しか用意してきていないことに気が付いた。



うっかりホテルに泊まる気分でいた。



「サトシ・・・、俺、下着しか持ってきてなかった・・・。


何か・・スエットとか貸してくれない?」



サトシは笑って


「奇跡的に俺たち背格好が似てるからね、いいよ。


カズヤが大男じゃなくてよかった。


ユーリ、俺のグレーの部屋着持ってきて。


タオルは?」


「あ・・・それも・・・貸してください。」





「・・・ったく、俺が泊る支度をしてくるように言ったのに


持ち物を一つ一つ丁寧に伝えないと理解できないんですね。」


サトシが湯を沸かしに行った後


ユーリがブツブツ言いながら


サトシの服とタオルを持ってきてくれた。


明らかに不機嫌・・・。



人の部屋着を借りる・・・・なんて


まるで恋人気取りだったか・・・・。


でも


俺はごく自然にサトシに借りようと思ったし


サトシも普通に貸してくれた。




俺たちの間の40年の年月が


まるで何もなかったように


気持ちがタイムスリップしたんだ・・・。



俺は今日ひどく疲れた。


長旅のせいではなく


俺の心が


サトシに会って


まるで乱気流のように乱れてるから。



サトシから声がかかり


不機嫌なユーリを後にして


俺は


風呂場に向かった。

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