第10話

玄関を出て桜の木と反対のほうへ歩いていくと


すぐに小さな小屋が会って


そこに鶏とヤギがいた。


そこはかなりの広い面積が畑の一角。


畑は畝が綺麗に並んでいた。



「冬菜が食べごろです。あっちは越冬した玉ねぎ。


初夏には収穫できるでしょう・・・。イチゴもありますよ。


耕してある畑はこれからいろいろ植えます。


ジャガイモ、夏大根、時無しニンジン・・・・。」


チバ氏が説明する。



そして急に


「あなた、結婚してたんですね。」


と言った。


俺の方は見ないで畑の様子をみながら


まるで独り言のように。


「サトシは、あなたが大好きで


いつだってあなたの事が頭に中にあって


ずっとあなたを探していたのに


あなたは普通に結婚してたんだ・・・・。」



俺は返す言葉もない・・・・


だけど


サトシだって


誰かに・・・彼に・・・癒されてたんじゃないのか・・・。



「ユーリ・・・・俺もそう呼んでいい?」



「・・・いいですよ。なんて呼んでも・・・。」



「ユーリ・・・君は・・・サトシの・・・恋人?」



「・・・身体だけですよ・・・。」



彼は静かにそう言った。



身体だけ・・・・


それは・・・



純真無垢だった遠い昔の記憶のなれの果て。


愛してなくても


一番好きな人じゃなくても


一緒に寝られるという事


快楽が得られるという事


そして


その後に押し寄せる


虚しさと悲しさ。


そのすべてを知ってしまった。


それが大人になるという事・・・・。



チバ氏は・・・ユーリは・・・



「ユーリはサトシを愛してるんだろ・・・?。」



「・・・そうですよ・・・完全片思いですけど。」



「でも、それは・・・サトシだって君を・・好きだから・・・。」



「はっきり言われたんです。


『俺はニシノカズやを愛している』ってね。


『まだ彼を超えるほど俺を虜にする人物には会ってない』ってね。」



サトシ・・・


それなら、


なぜ



急に


何も言わず


俺の前からいなくなって


連絡も途絶えて


ずっと音信不通で・・・・



なぜ・・・。



「あなたは、サトシを探そうと思わなかった?」


ユーりが聞く



それは


いつか会いたいとずっと思っていた。


だけど


俺はもう自分の生活があって


きっとサトシもそうだと思って


積極的に探すことはしなかった。



淡い初恋の思い出に


浸っていたかったのかもしれない。


思い出が壊れるのが怖かったのかもしれない。



運にまかせるように


ただぼんやりと


いつか会いたいと思っていた。


きっと


そう思いうながら


俺は死んでいくんだろうとも思っていた。



「緒方さんは、いつだってあなたの事を考えているのに


本気で探すことはしなかった。


『赤い糸が結ばれているなら


そんなことしなくても会えるだろう?』って・・・


頑固なんだか


ロマンチストなんだか・・・。」


ユーリがシニカルな口調で言う。



「そしてほんとに会えちゃうんだ・・・。」


消えそうな声。





「ユーリは・・・・


俺を見つけてサトシに報告しないでおこうとは


思わなかったの・・・?」



そういう選択もできただろう。


この島からほとんど出ないサトシに


俺にあったという事を言わなければ


今までと何も変わらない


2人の生活が送れていただろうに・・・。



「俺は緒方さんが好きなんですよ。愛してる。」


ユーリがきっぱり言う。



「そんな、大好きな人に嘘ついてだますことなんて


出来ます?俺は出来ない。


ずっとニシノカズヤに会いたいと


言っていた大野さんの想いをかなえてあげたいと


俺はずっと思っていた。


好きな人が


喜べば俺も嬉しいから・・・。」


ユーリは俺の目をまっすぐ見て


少し強い口調で言った。



彼は


なんという大きな愛をで


サトシをつつんでいるんだろう・・・。



好きな人の


幸せだけを願う・・・。


そんな切ない愛し方で


ユーリ・・・。





「緒方さんが好きだというニシノカズヤは


どんな人物なんだろうと興味もあったしね。」


ユーリが冗談ぽく笑いながら言ったから


俺も笑いながら


「どう?お眼鏡に叶った。」


と冗談ぽく返した。



「思ったより、普通だったね・・・。」


ユーリが言った。



きっと


俺よりユーリの方が


サトシと一緒にいるのにふさわしい・・・


きれいに整った畑を眺めながら


そう思った。




「そろそろ戻りましょう?夕食の手伝いしたいし・・。」



「そうだね・・・。」



俺たちは家の方へ歩き出した。



ユーリの後ろ姿が


なんだか悲しそうに見えた。

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