第7話

「ここ、少し行ったところに家があるんだ。」


サトシが歩き出したから


俺もついて行った。


ボートを繋いでチバ氏も少し後から歩いてきた。


車一台が通れるほどの砂利道を


サトシ、俺、チバ氏の順にならんで登っていく。


小学校の登校班みたいだ・・・。



少し行くと松が生える。


さらにいくと


松以外の木も増え


草も増える。


壊れたコンクリートの塀や


石垣が見える。



「この島、昔は人が住んでいたから名残があるんだ。」


コンクリートの塀を見ながらサトシが言った。



その塀のところを右に入る細い道があり


サトシはそっちに曲がった。


さらに上り坂になっている。



「ここ、俺たちしか住んでいないから


もっと桟橋の近くに住めばいいんだろうけど・・・」



サトシが時々後ろの俺を振り返り


話しかける。



俺の体力が落ちているのか


それともサトシが鍛えているのか


すぐにサトシとの距離ができるので


走るようにようやくサトシの後について行く。


俺のすぐ後ろにチバ氏が


早く行けとばかりぴったりくっついてくる。



やはり


俺がおとろえてるらしい・・・・。



サトシは


こんな自然の中で暮らしているんだ・・・。


都会暮らしの俺とは全然ちがう・・・。



その差をまざまざと見せつけられる。



息を切らしながらサトシについて行くと


「ここ・・・俺の家・・・。」


サトシが立ち止まって俺の方を見た。



木造のちいさなログハウスのような家・・・。



そして家の脇に一本の大きな桜の木。


満開の花を咲かせている。



「この桜・・・いいだろう?俺のお気に入りだ。」


サトシはそう言ってじっとさくらを眺めた。


小さな島の


森の中に


美しい桜


かつてこの島に人々の生活があったという証の


みごとなソメイヨシノ・・・。



「泊る支度はしてきた?」


サトシが聞く。


「チバ氏にそう連絡もらったから支度はしてきた。」


俺がそう言うと


「チバ氏だって。ユーリ!」


サトシがチバ氏の方を見てわらった。


「さあ、どうぞ。」


サトシが俺を家に招き入れてくれた。


チバ氏も当たり前のように家に入る。



彼は


やっぱりサトシと一緒に住んでいるんだ。


初めからあまり根掘り葉掘り聞くのも失礼かと思って


後でサトシと彼の関係を聞いてみようと思っていたら


「彼は、最初に俺の絵を見いだしてくれた画商の甥で


一緒に暮らしている。ほとんど島から出ない俺の


頼りになるパートナー。」


サトシの方から彼を紹介した。


息子ではなく


パートナー・・・・


それは


画家と画商という意味?


それとも


ちがう・・・


人生のパートナー・・・・??



今俺はチバ氏に軽く嫉妬した・・・・。


嫉妬?


・・・・


自分は結婚もして娘もいるくせに・・・。



俺はいつだって


我儘で


自分の都合ばかり考えて


沢山のひとを泣かせてきたじゃないか・・・・。



サトシとチバ氏の生活に


踏み込むようなことはしてはいけない。



俺は


サトシが生きているという事がわかっただけでも嬉しいし


そのサトシに会えたというだけで充分幸せだ。


それ以上何も望んではいけない。


望むべきではない。


ただ会って


それを


喜ぶ



だけ・・・・。






家の中に入ると


まずおおきな土間があって


そこにいわゆるキッチンがある。


「昼は何時ころ食った?」


サトシが聞く。


今日は食べてないと答えると驚いた様子で


「なんか食うか?」と聞いてくれた。


俺はもともと少食だし


ゲーム開発の仕事にのめりこむと


食事も睡眠も


ひどく不規則になったので


きちんと三食食べなくてもどうということは無い。


そう伝える。



きっとサトシは


この島で


規則正しい生活を送っているのだろう。



俺たちは


子供から大人に成長して


それぞれの生活があり


変化していく。


子供の頃は


ずっと永遠に続くと思っていたサトシとの関係も


お互いが別々に生きてきて


そこには


俺の知らないサトシがいる。



やっと会えたサトシと


こうやって少しづつ話をするたびに


2人の間にズレが生じて


それが大きくひび割れていくんじゃないかと


不安になる。



思い出は思い出のままの方がいい時もあるだろう。



だけど


どうしても・・・


人生が終わる前に


どうしても、サトシに会いたかったのは事実・・・。



「俺も・・・。」


サトシのやさしい声が響く。


昔と何も変わらない声。


「俺も、絵を描き始めると飯も食わずに


ずっと描き続けるからな・・・。」


そう言って笑った。



サトシも


何も食べずに物事に没頭することがある・・・・。



それを知っただけで


不安が拭われる。


サトシとの共通点があるだけで


嬉しいと思うのは


中学の時からずっと同じ・・・。


年月とともにすべてが変わっていったけれど


感情だけは


変わらないんだな・・・・。



俺は落ち込んだり嬉しくなったり


サトシと会えて


気持ちが随分不安定だ。


サトシが


俺を揺さぶる。


平穏に過ぎていた日々が


急に昔に戻る・・・・。





「夕飯は早めにしよう。」


サトシがそう言いながら


土間から室内へ俺をいざなう。


土間があるから


囲炉裏を想像したけれど


あるのは囲炉裏ではなく


暖炉。


その前にソファ。


そしてダイニングテーブルとイスも。



なかなか洋風な室内だった。



「お茶いれますよ。」


チバ氏が土間に残って湯を沸かす。


俺とサトシはダイニングテーブルについて


チバ氏のお茶を待った。



「サトシが・・・oto sasigata本人だったんだ。


画家になったんだね・・・。」


俺は俺の知らないサトシの事が知りたくて


でも、あまりに年月が経ちすぎて


何から聞いたらいいのかわからない。


サトシが画家として成功している・・・まずは


その経緯を聞きたい。


知念氏も一緒ならまずその辺から聞くのが無難だろう。


するとサトシは



「また、カズをモデルに絵を描きたい・・・。」と言った。



チバ氏がお茶を運んでくる。


煎茶のいい香りがただよう。



お茶を一口飲むと


サトシがスケッチブックを持って来た。


「普通にゆっくりくつろいでいてくれ。」


サトシが俺をみながらサラサラと鉛筆を動かす。


チバ氏の視線に少し緊張したけど


昔を思い出して


なんだか嬉しい気持ちになった。

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