第1章 花屋敷の呪い児7

(熱い……)

 背中越しに伝わるマオの身体の熱さに眉を寄せる。

 ひょいと背負い立ち上がると、俺はそのままマオを連れて地獄層の中でもさらに下層に住んでいる層長のもとへと走り出した。層長はもともと呪術師だ。けれど、その知識の広さや仁徳から自然と相談役になることが増え、しまいには層長と呼ばれるほど皆から頼られる存在になっていたそうだ。

 だからこそ、少し無理をしてでも層長の知見を訊きたかった。

(けど……層長でも、もしどうしようもできなかったら……)

 マオはどうなってしまうのだろう。

 そんな不安をかき消すように、マオの負担にならない程度の速さを保ちつつ、市から離れた裏路地を行く。地獄層の道は、正直十七年住んでいても未だに覚えにくいほど複雑に入り組んでいて、今も何処かで増改築が行われていると言われている。

 だから下層に行くにしても前回通った道をそのまま行く――なんて安易なことは当然できず、慎重に行かなければならなかった。

 二度三度、入り組んだ路地を曲がっては斜めに下る坂を行き、昇り、層を跨ぐ梯子を下りる。

 そしてやっと下層へ行くための階段を見つけたその時だった。


 ドン……!


「……ッ」

「うわ……っ、すまねぇ急いでて……」

 そう言って謝ろうとした直後、ぶつかった相手にガシッと肩を掴まれた。

「なんだよ、謝っただろ……! 離せよ、こっちは急いでるんだ!」

「謝罪はいい。それよりも――」

 ぶつかった人物の視線は俺ではなく、背負っているマオに注がれていた。

 途端、肩を掴んでいた青年の手に力が籠もる。

「いってぇ……!」

「その娘を何処に連れて行くつもりだ? まさか医者なんかじゃないだろうな」

 その言葉に、思わずカチンと怒りのスイッチが入った。

 医者――そうだ。医者に診せられるのなら、こんな苦労はしない。

 だがそんなモノは存在しない。下層の……貧乏人を診てくれる医者など砂山から砂金を見つけ出すようなモノだ。

 だから、層長がいる。否、層長にしか頼れないのだ。

「この地獄層に医者がいるかよ……!」

「……!」

 俺のその言葉に思うところがあったのだろう。

 全身を夜色の外套で身を包んだその青年は、神妙な顔をしながらも肩から手を離すと、『すまない』と小さく謝罪をした。

「いったい何なんだ、アンタは――……、ッ!」

 ただの当たり屋やスリの類いかと最初は思ったが、どうやら違うらしい。

 それどころかその青年の風貌に思わず目を剥いた。

 夜色の外套は、地獄層では見ることのできない光沢のある布地――恐らく絹と呼ばれる類いだ。そして外套の隙間からは、物騒にも細身の刀が見え隠れしている。

 一目で分かるその身形から、結論づけられる答えがあった。

「アンタ、もしかして――」

 そう、この青年がこの地獄層の人間ではないということが――。

「――もしかしてアンタ、上層の人間か? 頼む、俺はどうなったっていい! マオを助けてくれ!」

「…………」

 青年は応えない。

 ただ、まるで品定めするように俺とマオを見比べた後、

「〝紅の君〟、見つけました」

 ポツリと誰もいない虚空に話しかけた。

 青年は二、三なにごとか言葉交わした後で、俺に視線を送ると『着いて来い』と呟いた。

 その言葉どおりに、疑うこともなく俺は青年の後を着いていく。

「アンタ、もしかして医者か何かなのか」

「違う。我が主である〝紅の君〟が――ある意味そうだ」

「〝紅の君〟……?」

 初めて耳にする言葉を思わず反芻しながらも、見失わないよう青年の後ろ姿を足早に追いかけた。

「一先ずは、この娘を我が主のもとへ連れて行こう。詳しい話はそれからだ」

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