第1章 花屋敷の呪い児5


 ✿ ✿ ✿


 それは顔面を涙でグチャグチャにし見苦しい姿で礼を言いながら男が帰った後のことだった。彼女の好物である果実とお茶を用意し部屋を訪れた時、

「…………」

 部屋の中央に置いてある水盆の前に、その少女は立っていた。

 その容姿は幼いながらもまるで仙女の如き色香を宿し、無言のまま水盆を見つめ佇むその姿を俺は何度も目にしている。

「…………」

 そして彼女がそうしている時は高確率で――数多の呪いを見抜く眼で下界を観察している時だ。彼女は毎日欠かすことなく、下界を観察している。

 それは彼女の〝目的〟の為でもあるだろうが、どちらかと言えばこの花籠という名の屋敷から出ることのできない身の上だからかも知れない。

 外にでたいのか、と問うことはしない。否、できはしない。

 彼女はこの花籠の中でしか生きることはできないのだから――。

「〝紅の君〟、如何致しましたか」

「……。新しい気の流れを感じるわ」

「新たな呪い、ですか」

「ええ。まだこの身の下に降りていないモノよ。でも……懐かしいわ」

「……」

 懐かしい、そう告げる彼女の言葉に、俺は微かに瞳を細めた。

 それは彼女の生い立ちを知っているからこそ、抱く感情だ。

 他の誰でもない。

 俺だけが知る彼女の生い立ち。深く深くこの血肉と骨に刻まれた感情だ。

 きっと彼女は望むだろう。そして、命じることだろう。

 その願いを俺は叶えてやりたいと思う。俺のこの身体が朽ちるその一瞬まで……。

「〝銀の使い〟」

「はっ」

 そして彼女は俺の〝名〟を呼んだ。

「お願いできるかしら」

「御意」

 それ以上の言葉はいらなかった。

 ただ彼女が――〝紅の君〟が望み願うことを全うするまでだと、俺は小さく頷いた。


 ✿ ✿ ✿


 俺が大男を殴り飛ばしてから数日経った日のこと。

 あれから俺は、仕事に向かう時に娼館の前を通るようにした。

 理由は単純明快だ。

 大男の言葉が気になったこと。それに加えて、マオの身の回りに異変がないか見回ろうと思ったからだった。

 いつもより早めの時間に起きて娼館の前を通る。

 そんな日を、二、三日繰り返す。幸いなことに、大男やその子分らしき人物の影も形も見やしなかった。だが、

「……。おかしいな」

 大男との一件については、マオには伝えていない。

 なのに、だ。

 二、三日の間、まったくマオの様子を見なくなった。

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