飛べない烏
青いひつじ
飛べない烏
「おい高橋、今朝のニュース見た?」
吉岡はゴシップネタが好きな僕の友人で、おはようの代わりにネットニュースの話をするような人間だ。
「見てないけど、なんで?」
僕はいつも少し呆れたようにこう返す。
「一個下に、瀬谷っているじゃん?瀬谷洋人(せやひろと)。アイツ今、自転車で世界一周してるらしくてさ、ニュースで取り上げられてて驚いたわぁ」
瀬谷洋人、その名前は知っていた。
一応、難関といわれるこの大学に首席で合格し、僕らの間でも噂になっていた。
ここの学生の生態について取り上げた番組の取材では、名だたるタレント達を爆笑させており、ユーモアもあるのかと大変感心した。
しかし、入学して10ヶ月程経ったある日、突然休学届を出したらしいと、これも噂になっていた。
その理由は"自分探しの旅に出ます"という、胡散臭いもので、結局ありきたりな人間だったかと心の中の鼻で笑ったのを覚えている。
この時の僕といえば、アルバイトの為の履歴書を書きながら、6行にぴったり収まった自分の人生に絶望していたところなので、このくらいの悪態は多めにみてほしい。
休学してからというもの、何処で何をしているのか、誰からも話を聞くことはなかったが、本当に旅をしていたとは驚きだ。
「インスタとかすげぇ人気らしいぜ。フォロワー20万もいるって、あーこれこれ。目元隠してるけど瀬谷だよな」
吉岡の割れた画面には、1月14日に投稿された写真。
ロンドン塔の前で中指をたてる瀬谷くんが写っていた。
「なんか、すごい、挑発的だね。炎上しそうだけど、瀬谷くんってこんな感じだったっけ」
「今の時代、こーゆー奇抜なのが受けんじゃね?」
「ふーん。世界遺産めぐってるんだ」
「そうそう。あいつ世界遺産研究会とか入ってたもんな」
「アカウント名@junglecrow だって。都会のカラス?みたいな感じかな」
「なんか偽名で活動してるっぽい。ニュースでも本名伏せてたし」
たしか彼は、法学・政治学研究科に在籍していた。
学科は違ったが、キャンパスが同じだったので、幾度か見かけたことがあった。
しかし、世界遺産に興味があったとは初耳だ。
実は僕も、30歳までに行きたい世界遺産マップたるものを作っていた。
作って満足しているところが僕らしいなと思いながらも、自分が飛べない鳥のようで、1センチほどへこんでしまうのだった。
「ペンギンってこんな気持ちなのかなぁ」
「は?なに?」
「いや、なんでもない」
2ヶ月後。
夏休みが終わり、8時20分に起床し野菜ジュースを飲んで学校に向かう毎日が始まった。
野菜ジュースのパックは、飲み終わったらシンクに並べ、5個溜まったら捨てるという自分でも謎のルールがあった。
9月中旬の日本はまだ夏真っ盛りで、外に出ただけでフライパンの上に落とされた生卵のように足の裏からじんわりと暑くなる。
建物に入ると、少し涼しく、少し騒がしかった。
「瀬谷くん、ニュース見たよ!すごいね!」
「いやー、お前ほんとかっこいいよー」
声のするA-1講義室を覗くと、そこには少し焼けた瀬谷くんの姿があった。
多くの人が取り囲むその風景は、まるでメジャーリーガーの凱旋だ。
「白いシャツがよく似合うなぁ」
そんなことを思いながら、C-4講義室に向かい、きれそうな電球がかろうじて照らす廊下を隅の埃を見ながら歩いた。
その日の帰り道、僕は大学近くにある図書館に立ち寄った。
入り口から真っ直ぐ奥へ進むと、1人掛けのソファーがある。
窓の向こうには坂道に並ぶ木々があって、季節ごとに見事な衣替えを見せてくれる。
とても静かで何時間でもここに居たいと思える、僕の秘密基地だ。
いつものように、一冊の本を手に取りソファーへと向かう。
ここには戦前期の和雑誌など蔵書が並んでおり、人通りもほとんどない。
たまに、丸眼鏡をかけたチェック柄のシャツのおじちゃんがいる。
しかし今日は、いつも誰も座っていないその場所に、足を広げ、前屈みになって座る白シャツの男性の姿があった。
間違いない。あれは瀬谷くんである。
僕は瞬時に本棚に身を隠した。
(いや、別に隠れることないだろ。僕の方が先輩なんだし、気軽に声かければいいじゃないか。
いや、声かけたところで何話すんだよ。集中してるし、ここは知らないふりして帰ろう。いやいやでも、、、)
こんなにも頭の中で自分と戦ったことがあっただろうか。
しかし、頭の声とは反対に、身体は少しずつ瀬谷くんに近づいていた。
影を見つけ顔を上げた瀬谷くんと、我に返った僕。
「あ、、いや、その、、、。
瀬谷くん、、、。ですよね??」
瀬谷くんは僕を見た瞬間不思議そうな顔をしていたが、何かを理解したようにハッとして、本を置き立ち上がった。
「ありがとうございます!でも、サインなくて、、握手とか写真でもよければ、ぜひ」
そう言うと、ゴシゴシとズボンに手を擦り、低く差し出してきた。
「あ!いや、僕、君と同じ大学の3回生。高橋実(たかはしみのり)、、です、、、」
2秒の沈黙が流れた。
瀬谷くんは、目をまん丸にして少女漫画の女の子のように両手で顔を隠した。
「すいません!!
最近サインほしいって声かけられることが多くて、、。うわぁ、、恥ずかしい」瀬谷くんは前髪をくしゃくしゃと触った。
でも僕は、自惚れるな、なんて思わなかった。
耳まで真っ赤にした彼が、純真な魂の持ち主であることはすぐに分かった。
「いやいや!急に声かけてごめんね。
あ、でも、写真は撮ってほしいかも。です。なんて思ったり」
そう言ってははと笑った僕に、瀬谷くんは、
前髪を触っていた手をピースサインにして突き出した。
「もちろんです!」
僕は瀬谷くんが置いた本を手に取った。
「僕もこの作品好きなんだ」
それはこの作家の中でも特に好きな作品だった。
僕は図書館であることを忘れて、この作家の魅力について瀬谷くんと歓談した。
「高橋さんはいつもここに来るんですか?」
「いやー、、なんか大学の図書館は落ち着かなくてね、、」
多くは言わなかったが、なんとなく察してほしいと思った。
「あー、なんとなく分かります」
と、瀬谷くんは顎に手を置きこくこく頷いた。
一瞬心が透けてしまったのかと驚いた。
この時、自分では気づいていなかったが、瀬谷くんと仲良くなりたいと感じていたんだと思う。
それから僕等は、初デートのような自己紹介をして、日が暮れるまでお互いのことについて話した。
瀬谷くんはとても不思議な人だった。
近くて遠い星のような存在だと思っていたが、話してみると、旧友のような昔から知っている匂いがした。
その日を境に、瀬谷くんと図書館で会い、時間があえば喫茶店に立ち寄ることが僕の生活の一部になった。
今日も僕らは、18時からのアルバイトまで図書館近くの喫茶バロンで過ごすことにした。
「そう言えば瀬谷くん、復学したの?」
「あ、いえ。まだ休学中なんです。
短期バイトでお金貯めて、年明けからまた行こうと思ってます。こないだはお世話になった教授に挨拶に行ってて」
「なるほど。で、みんなに捕まったんだ」
「そうっす」
見てたんですか、と瀬谷くんが前髪を触る。瀬谷くんは恥ずかしい時に前髪を触る癖があるらしい。
「また新しい物語が始まるんだね。次行く国は決まってるの?」
「ヨーロッパは結構巡ったので、次はインドに行こうかと思ってます」
インドといえば、自分探しの定番である。
むかし聞いた噂では、瀬谷くんもそのような理由で休学していたので、てっきりすでに行ったものだと思っていた。
やはり、休学した本当の理由は別にあるのかもしれない。
ここで僕は、以前から疑問に思っていだ事を聞いた。
「インスタのアカウント名、junglecrowって瀬谷くんをあらわしてるの?
瀬谷くんはカラスより、目の前の目標にまっしぐらなハヤブサって感じだけど」
「いやー、貯金切り崩して旅してるんですけど、お金ないとたまにゴミ漁って食べる時とかあって、その姿がカラスみたいだなぁって」
意外だった。世界一周をしようとも思ったことがない僕は、その過酷さを想像することができないのだが、想像以上に過酷なようだ。
お金が尽きた時には外で寝泊まりし、半分ホームレスのような暮らしをしていた。
「瀬谷くんはすごい。
有言実行の人というか、信念を持って、今を生きてるって感じが僕にはとても眩しいよ」
僻みではなく、本当にそう思った。
"すごい"という陳腐な言葉で表現するのはいかがなものかと思うが、素直な気持ちとはこういうものだと思う。
また"すごい"という言葉には"恐ろしくなるほど優れている様子"という意味もあるから、僕が瀬谷くんに対し、恐ろしいほど尊敬の念をもっていることになる。そして彼はその言葉に相当する人物である。
17時20分。
僕らは喫茶店を出て、駅までの河川敷を歩く。
一日の終わりを告げるように橙色の幕を下ろす空には、うろこ雲が楽しげに浮かんでいて、僕はそれをぼーっと眺めていた。
「高橋さんは、何か夢があるんですか?」
唐突な質問だったので少し驚いたが、僕の回答は昔から決まっていた。
「んー、これになりたいって強く願うものはないかなー。昔からそんなにないんだよね。学校の宿題とかほんと困ったよ。みんな、ちゃんとなりたいもの書いてて、すげーって思ってた」
正確にいうと、自分が何かになれるなんて思えたことがなかった。
しかし、こんな僕にも続けていることはあった。
「詩とか小説はずっと書いてるかも。文字にすれば、不思議と真っ直ぐな自分を表現できたんだよね。
例えば、この世の終わりみたいな日に読んでさ、ま、それでも頑張るかーって、何処かにいるもう1人の僕を、そんな気持ちにできればって」
中学生の頃なんとなく書いた作文が、市の作文コンクールで優良賞にかがやいた。
もしかしたら、自分には文章で表現する才能があるのかもしれないと、1日1作品と目標を掲げ、寝るのも惜しまず夢中になって書いていた時期もあった。
そして、書けば書くほど自分が特別な人間ではないことに気づき、大人のふりをするようになった。
「まぁでも、そーゆーのって限られた人が出来ることでさ、生活していくためには、現実見て自分ができることをしないとね」
この言葉を言った後は、相手に気を遣わせないよう、大丈夫なふりをして笑うまでが一連の流れである。
こうして少しずつ自分を納得させながら生きることを覚えた。別に悲しくはない。
ただ、10年経って頭では分かっていても、心が諦めてくれないのだ。
「それでも、なぜか書き続けてしまうんだ」
ポケットから落ちるように、ぽろっと本音がこぼれた。どうしてこんなことまで話してしまうのだろう。
となりを歩く瀬谷くんを横目に見ると、燃える空をまっすぐ見つめていた。
「それが夢ってことだと思います。
きっとペンを握ったその日から、高橋さんの夢は始まっていたんだと思います」
その言葉は、慰めなんかではなかった。
両手で差し出された、大切な贈り物のように僕の心に届いた。
そしてこの時、気のせいだとは思うが、薄暗い空に溶けた横顔が少し儚く見えた。
「ありがとう。僕も応援してる」
頬に一筋の光が走ったのは、どうやら気づかれていないようだ。バレてはいけないと急いで目をこする。
「花粉症ですか?」
「いや、ちょっと痒いだけ」
僕はその夜、久しぶりに短編小説を書いた。
時はあっという間に流れていった。
12月は師走という名の通り、走るように日々が過ぎ去っていく。以前瀬谷くんは年明けに旅立つと話していた。僕は渡したいものがあり、喫茶店に来て欲しいと連絡した。
高橋家のルールで、年末は毎年家族旅行に行くことが決まっており、瀬谷くんと会える日は今日しかなかった。
先についた僕は、アイスカフェ・オ・レを注文した。飲み物は氷が入っているのが1番美味しいと思う。
6分後。
カランカランと扉の鐘とともに瀬谷くんが現れた。
「お待たせです」
耳を赤くした瀬谷くんは、ネイビーのマフラーをくしゃくしゃに丸め横に置いた。
「いえいえ。飛び立つ準備はどうですか」
「順調です」
僕らはいつもと変わらず、
週刊少年誌の考察をしたり、これからの未来について話したり、携帯を触ったりした。
「そういえば、渡したいものって」
「あ、そうだった」
自分から呼び出しておいてすっかりと忘れていた。
僕はバックパックからタータンチェック柄の紙に赤いリボンが結ばれた袋を取り出した。
「はい」
「え!プレゼントですか!なんだろー!」
瀬谷くんは、きっと幼い頃から変わっていないであろう満面の笑みを見せてくれた。
「開けてもいいですか!」
「どぞどぞ」
瀬谷くんはきらきらの瞳で赤いリボンをほどいた。そしてぐしゃぐしゃと紙を剥がしていく。
「わー!手帳だ!ちょうど来年の欲しかったんです!ありがとうございます!」
「喜んでもらえてよかった。
これから始まる瀬谷くんの物語をぜひ後世に伝えて欲しいと思い、日記付きのにしてみました」
そう言った僕に瀬谷くんは「大袈裟ですよ」と笑い、初めて声をかけた時のようなピースサインをした。
「そういえば、こないだはありがとう。あれから少しずつだけど、また、小説書き始めたんだ」
少し照れ臭くて小声になった僕に、瀬谷くんは「よかったです」と安心したように笑った。
旅立ってから頻度は減ったものの、僕らは月に1、2回連絡を取っていた。
瀬谷くんはボランティア活動の記録や各国の夕焼けを撮って送ってくれた。
僕は、なんでもない日常で返していた。
就職活動用の証明写真、よく通っていた書店が移転したこと、バレンタインのチョコレートを1つももらえなかったこと、瀬谷くんが好きなお菓子の期間限定味が出たこと。
僕は今日もC-4講義室に向かい、廊下を歩く。
窓からは校門からキャンパスまで続く桜並木が一望できた。
ここから見える景色はこんなに美しかったのか。
僕は、瀬谷くんに送ろうと思い写真を撮った。
なんでもない日々を伝えたい人がいるのは、幸せなことなんだな、なんて思ったりもした。
その日の夜、瀬谷くんからメールが届いていた。今まではSNSを通して連絡することが多かったので、突然メール?と思ったが、それよりも内容が気になりメールをひらいた。
"高橋さん元気ですか。
現地の花屋さんで見つけました"
メールにはピンク色の彼岸花に似た花が添えられていた。
僕は、"元気です。ここから見える景色がこんなに綺麗だなんて知らなかったよ"と今日の写真を送った。
瀬谷くんからの返信はなかった。
最後のメールから2週間がたったある日。
それはあまりにも突然に訪れた。
「高橋!!」
講義室の扉を勢い開けた吉岡が飛び込んできた。
僕は冷ややかな視線を向け「おはよう」と言った。
今朝のニュースで流れた速報。
昨日東京の田舎の方、ある橋の下で大学生の遺体が発見された。取り上げられた10秒間の中では、詳細な死因は公表されなかったという。
僕はなぜか、本当になんとなく嫌な予感がした。
しかしそれは、寝坊した今日に限って赤信号ばかりだったせいだと思うことにした。
その日の夜、僕は瀬谷くんにメールを送ったが返信はなかった。
後日、瀬谷くんと同じゼミだった生徒にだけ連絡が入ったらしい。
最後に学校に来たあの日、瀬谷くんは教授に挨拶をし、退学届を出していたそうだ。
夕焼け色に染まる廊下を歩く。
きれかけていた電球は、すっかりきれてしまった。
僕と吉岡は無言のまま大学の裏門を出た。
目も合わさず右手をあげ帰ろうとしたその時、「あのさ」と、吉岡が僕を呼び止めた。
「高橋さ、自分が瀬谷の気持ち知ってたら、止めてあげられたかもとか思ってる?
そんなのは不遜だよ。どう頑張ったってどうにもならないこともある」
きっと今、吉岡なりに僕を励ましてくれているのだろう。
「俺のかーちゃんさ、自殺だったんだ。前の日まで、楽しく笑ってたのに、目が覚めたら2度と笑顔を見ることはできなかった。
結局分かんないんだよ。本当の気持ちってのはずーっと下の方にある」
吉岡は家族の話題になると急に入ってこなくなるから、なんとなくは感じていた。
大切な人を失った悲しみを、誰にも見せず1人で抱えているのだ。
「ありがとう」
僕はそれしか言えなかったけど、精一杯の気持ちを込め、吉岡の目を見て手を振った。
知らせから何日か経った。
数日の間に気温は暖かくなり、すっかり春が来たようだ。
あの日以降食欲がなくなってしまい、3食野菜ジュースとチキンバーの生活を送っている。
家に帰ればベッドに横になり、携帯の画面と真っ白な天井を交互に見つめた。
5日ぶりにひらいた瀬谷くんのインスタグラム。
最後の投稿には、モヘンジョダロの考古遺跡の写真にjourney's endと添えられ、2枚目はあのピンク色の花の写真だった。
瀬谷くんからの最後のメール。
"高橋さん元気ですか。
現地の花屋さんで見つけました"
瀬谷くんは、美しい世界だけを見ていると思っていたんだ。でも、それは違ったのだろうか。
僕は吉岡の言葉を思い出し、なんとなく最後にきたメールをスクロールした。
"高橋さん元気ですか。
現地の花屋さんで見つけました。"
709 ソ999
それは、瀬谷くんからの本当の最後のメッセージだった。
その数字とカタカナが何を表しているのか、理解するのに時間はかからなかった。
時間は16時35分。僕は何も持たず、ぐちゃぐちゃの靴紐のまま部屋を飛び出した。
外は、生暖かい風が強く吹いていた。
電車に乗ると、人目も憚らずに僕は床に座り込んだ。電車から見える景色はいつもと同じはずなのに、今日は少し違って見えた。
電車を降り、東改札を出て商店街を通り抜け、喫茶バロンの前を過ぎ、図書館へと続く坂道を駆け上がっていく。
頭がフラフラし、足が絡まりそうになる。
しかし、駆け上がる桜並木でぼやける視界の中、花びらがきらきらと舞い、それはまるで雨のように降り注いでいたということは、とてもよく覚えている。
到着した頃には館内に蛍の光が流れてはじめていた。
709 ソの列。上がる息を抑えながら、一冊一冊を指でなぞった。
分厚い本達の中に一冊、見覚えのある紺色の手帳が挟まっていた。
ダイアルロックを999に合わせひらくと、中に白い封筒が挟まっていた。
僕は図書館を出て、よく僕らが歩いた駅までの帰り道をたどった。
河川敷に腰を下ろし、白い封筒の上をちぎって手紙をひらいた。
"見つけてくれてありがとう"
その一行を見た瞬間、手紙にポツポツと雫が降ってきた。
"僕は、目にある難病を抱えていました。
暗くなるとほとんど何も見えなくなる病気です。
しかしどんどん悪化し、最近は夜だけではなく昼間も1人で歩くことがやっとになってきました。"
そこには瀬谷くんの秘密が書かれていた。
持病を抱えており、ひどく悪化していたこと。そして、この先の人生は決まったレールの上を歩いていくだけだということ。
それはとても悲しい真実だった。
カレンダーのページには、その日その日の出来事が細かく書かれいた。
瀬谷くんはいないけど、まるで同じ景色を見て話しているような、そんな気持ちになった。
僕は一字一句噛み締めるように丹念に読んだ。
読めば読むほど、雨は降っていないのに、手紙の文字は滲んでいった。
少しの間三角座りをし埋まっていた僕は、立ち上がり深呼吸をした。
目をひらき、空を見上げると、僕は瞬きをすることができなかった。
そして、思わず携帯を取り出した。
うろこ雲が浮かぶ夕焼けがあまりにも綺麗で、この景色を忘れてはいけない気がしたからだ。
僕らはあの時、たしかに同じ空を見ていた。
この空を思い出せば、いつだって瀬谷くんがくれた言葉を思い出せる。
手紙には誰にも知らせないでとは書いてなかったけど、2人だけの思い出にしようと思う。
「自由に飛べるのは、いつだって僕の方だったんだな」
これは、悲しい物語ではないのだから。
飛べない烏 青いひつじ @zue23
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