四 口裂け女「コロナかぁ……」
カラカラカラ、と小気味よい音を立てて戸が開いた。
「ざっちゃんこんばんはー」
「あ、くーちゃん」
深夜0時、家主のいなくなった廃屋で「人でないもの」が集った。
やってきたのはベージュのコートを着た長身長髪の女、口裂け女のくーちゃん。
待っていたのは赤い着物におかっぱ頭が特徴的な女の子、座敷わらしのざっちゃん。
「こたつ入る?」
「はいるはいるー。もう寒くて寒くて」
そう言いながら口裂け女はかばんを起き、こたつへ足を滑り込ませた。この家に電気はかなり前から来ていないはずだが、なぜかこたつの中は暖かい。
「久しぶりだねくーちゃん」
「そうだね。ざっちゃんは元気してた?」
「私は元気だよ。ついこないだまで人間の家にいたんだけど、飽きたから出て行っちゃった」
「そうなんだー。どのへん?」
「場所はあんまり覚えてないな……。興味ないから」
「ざっちゃんぽいね。ざっちゃんがいなくなったならその家も『ダメ』になってるかな」
「かもね。それで今はとりあえずこの家に住んでるんだけど、ボロボロだからそろそろ引っ越そうかと思ってるの」
「確かに天井落ちてきそうだね」
口裂け女が天井を見上げる。年季の入った梁はところどころ虫に食われて穴があいており、今にも崩れそうだった。
「雰囲気は落ち着くから好きなんだけど。お茶飲む?」
「ありがとう!」
座敷わらしがポットから湯気のたったお茶を汲み、口裂け女へ差し出した。口裂け女がマスクを外して一口飲む。
「相変わらずキレイだね」
「あらーお上手。ありがと」
ふふっ、と笑いながら口裂け女がマスクを戻す。
「そうそう。聞いてよざっちゃん」
「どうしたの?」
「最近さ、夜全然人間が歩いてなくて、脅かす相手がいないのよ」
「あー」
「この前なんてさ、いつものところで待ち伏せしてたら久々に若い女の人間がね、向こうから歩いてきたから、獲物だ! と思ってうきうきしながら近づいていったの。でもねえマスクしててさ」
「増えたねえマスク」
「で、万が一あっちも口裂け女だったらめっちゃ気まずいから、結局見逃したの。もうーフラストレーションたまりまくり」
「それはあれだね。コロナ」
「ころな? そんな妖怪いた?」
「ううん。なんか感染症が人間に流行ってるって」
座敷わらしがお茶を少し飲む。
「それでね、今人間はみんなマスクしないとダメなんだって」
「そんな事になってんのー」
口裂け女ははぁー、とため息をつきながら、頭をゴンッと机に載せる。
「こっちはねえ、感染症だの花粉症だの言われずともでっかいマスクつけてるのにさー。今更なんだって話だよー」
「私も前いた家さ、共働きの親と高校生の子供がいたんだけど」
「うん」返事をしながら口裂け女が顔だけ座敷わらしへ向けた。
「普段だったら朝会社とか学校とか行くんだけど、最近はずっと家で仕事とか勉強とかしてて」
「感染するから?」
「そう。それでずっと家にいるもんだからもううるさくて。それで出てっちゃったの」
「確かに座敷わらしだけの時間がないってきついかもね」
「そう、とばっちりだよ。あ、みかん食べる?」
「たべるーありがとー」
座敷わらしがみかんを差し出し、口裂け女が手を伸ばして受け取った。口裂け女の爪はかなり長いが器用に皮を向いていく。
「あ、そういやこの前びえちゃんに会ったよ」
座敷わらしがみかんを食べながら言った。
「びえちゃんってアマビエさん? 仲良かったんだ」
「200年くらい前に会ったきりだったんだけどね。この前道でばったり会って」
「へーそんなこともあるんだね」
「ほら、びえちゃんってなんか病気系関係あるじゃん。だから最近コロナで祭り挙げられて大変なんだって」
「え? びえちゃんって治せるの?」
「無理。治すやつじゃなくてそろそろ来るなーってわかるだけだから。今回のコロナも一応言ってたらしいけど、流行ってから言われてもどうにもできないって」
「まあそうだろうね」
モゴモゴとみかんを食べながら口裂け女が言う。
「まあできたとしてもそんな困ったときだけ頼られてもって感じだけどね。人間って身勝手だから」
「わかるよざっちゃん。ほんと身勝手だよね。口が裂けてるってだけで悲鳴あげて逃げるのって失礼じゃない?」
「くーちゃんは驚かすためにやってるんじゃないの……?」
「まあそうなんだけど。実際逃げられるとちょっと腹立つじゃん」
「乙女心は複雑だね」
「今は逃げる人間すらいないけどねー。成果ゼロで誰もいない家にトボトボ帰るの寂しいよ」
座敷わらしがお茶を飲み干し、ふぅっと息を吐いた。
「私は最近くーちゃんがよく来てくれるから嬉しいよ」
「えへへ。私もざっちゃんと喋ると楽しいよ。感染症が収まったらまた人間が増えてあんまり会えないかもだけど……」
「そうだねぇ。まあ、人間が戻るかはわからないけど……」
「そうなの?」
「うん」
「どうして?」
座敷わらしが天井を見上げる。蜘蛛が梁の間に巣を作り、じっと獲物を待っていた。
「テレワークっていうのが流行って。みんな家から出ないんだって」
「へー。ざっちゃんはものしりだね」
「そうでもないよ」
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「まーくぅんー。あのお店美味しかったねぇーまた行こうねぇー」
酔った女が男の腕に抱きつき、フラフラと歩きながら言う。
「そうだなー。緊急事態宣言もやっと終わったし、これからは店も遅くまで開いてるだろうし。あ、はなちゃんそっちじゃないよ」
「あれ? まーくん家こっちだよね?」
女が左の薄暗い道を指差して言った。
「そっちのほうが近道なんだけど……」
「なにー、もしかしておばけ怖いとか? あ、口裂け女出るって噂あったけどそれ?」
女がニヤニヤしながら男を指でつつく。
「大丈夫だよ。いざとなったら私が助けてあ・げ・る!」
「いや、そうじゃなくてさ……あの道にある家、最近三軒も一家心中してるんだよ……」
「あ……そうなんだ」
「ちょっと気味悪くて……」
「そうだね……別の道通ろっか」
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