三 「月が綺麗ですね」じゃねえんだよなぁ

「あ、先輩! 見てください!」

後輩が夜空を指差す。

「どうしたの?」

「月が!」

「月……」

「先輩」

後輩は嬉しそうにこちらを見る。

「月が、綺麗ですね」


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議「さて、みんな集まったかな」


『議長の私』の言葉に全員が頷いた。


議「では、今回も脳内会議を始める。今回は後輩が発した発言『月が綺麗ですね』についてだ。何か意見のあるものは」


議長の右前に座る『私』が手を挙げる。


冷「後輩のことよ、ただ単に月が綺麗だと思った、それを形容したに過ぎないわ」

議「ありがとう『冷静な私』、さすがいつも冷静な意見だ」

期「それはどうかしら?」


甲高い声が議場に響いた。


議「あまり大きな声を出さないでくれ、『期待してる私』」

期「ごめんなさい。『冷静な私』が変なこと言うものだから」


『冷静な私』は向かいに座る『期待してる私』を睨みつける。


議「『期待してる私』、きちんと説明してくれ」

期「後輩ちゃんはどの部活の後輩なの?」

議「……文芸部だが」

期「そう。後輩ちゃんも私も文芸部。まさか文芸部の人間が、かの有名な、夏目漱石のI love youを知らないとでも?」

余「まああれ出典不明だし作り話じゃないかって言われてるけどね」

期「『余計なこと言う私』は黙ってて! とにかく、後輩が意図せず偶然このセリフを言ったなんて考えられないわ」


『期待してる私』がドンッと机を叩く。


期「あの子は、絶対、私のことが、好き」

冷「……また始まったわね。『期待してる私』の妄想が」

期「なによ! 私の何が間違ってるっていうの!」

冷「後輩と知り合ったのはたかだか三ヶ月前よ? いくら文芸部が私と後輩しかおらず、放課後いつも二人とはいえ……そんな簡単に恋愛になるものかしら」

期「恋に年月は関係ないわ! 一目惚れって言葉すらあるんだから!」

余「まあ一目惚れって正味顔しか見てないけどね」

期「『余計なこと言う私』は黙ってて! とにかく後輩ちゃんは私のことが好き! 『月が綺麗ですね』は後輩ちゃんなりに勇気を出して言った告白の言葉なのよ! それをなかったことにする気!?」

冷「冷静になりなさい。それで勘違いだったらどうするの」

本「ねえ」


議場の後ろのほうから不意に声がした。『私』が手を挙げている。


議「どうした、『本心の私』」

本「私後輩ちゃんのこと好きなんだけど」


議場が一瞬にして静まり返った。


冷「いや……今はそういう話ではなくて」

期「そうよ、私の気持ちとかじゃなくてこの発言の真意を」

本「いやだから。真意とかもういいから。早く返事しようよ」

冷「返事ってなに? なんて答えるの?」

本「それは告白? って聞いてみたら」

冷「聞けるわけ無いでしょそんな恥ずかしいこと」

期「そうよ間違ってたらどうしてくれんのそんなこと聞いて」

本「私は好き、って言えばいいじゃない」

冷「いや……だから……」

性「ていうかけつ触っていい?」


再び議場が静まり返る。


議「……『性欲の私』、発言には気をつけてくれ」

性「いやまどろっこしいことはいいから。さっさと触りたい」

冷「触りたいから触っていいものじゃない」

性「大丈夫だよ後輩は絶対私のこと好きだし喜ぶって。しらんけど」

期「好きだったとしてもいきなりお尻触られたらびっくりするわよ」

性「かったいなあお前ら。もう私高2だぞ?」

冷「まだ高2。17歳。後輩に至っては16歳」

性「いやいやいや」


『議長の私』が咳払いをした。皆が注目する。


議「話を戻そう。私達は『月が綺麗ですね』の真意について議論していたはずだ」

期「あれは告白よ。間違いない」

冷「そんなわけない。恥かかせないで」


その時、議場後ろの扉が大きな音を立てて開いた。


神「議長!」

議「急にどうした『神経』」

神「感覚神経に信号がありました! 座標は……手です!」

議「なんだと?」

神「視神経からも伝達! 映像、出します!」


議場の大型モニターに『私』の視界が映し出された。


議「手を……握られている……?」

冷「なにこれ! どういうこと!」

期「落ち着いて! 『冷静な私』!

冷「おちけないわよ! なによあれ!」

余「議長ー、『性欲の私』が真っ赤になって倒れましたー」

冷「なんでよ!」

期「あの子ああ見えてうぶだから……」

冷「とにかく! どうするのこれ!」

本「どうもこうもない!」


『本心の私』が立ち上がって叫んだ。


本「後輩ちゃんが勇気を出して私の手を握ってくれた! まだ知らないフリをするの!? 後輩ちゃんにばかり頑張らせる気!?」

冷「……」

期「……」

余「お腹空いた」

期「うるさい」

本「……議長」

議「ああ……」


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「……ねえ、少し話したいことがあるの。聞いてくれる?」

後輩がうつむいたまま、小さく「はい」と答えた。握られた手に、一層の力が入った。

「わたし……」


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議「会議始めるよー!!! 先輩がとうとう告白してくるっぽい!」

欲「やっとかー」

賢「だから言ったじゃんあの人ちょろそうだから手でも握ればすぐいけるって」

S「私的には押し倒したかったけどね」

妄「まあまあこういうシチュエーションもいいでしょ。先輩声ちょっと震えててめっちゃ可愛かったし!」

ヤ「ホテル行こうぜ!」

M「さすがに早い。けどわかる」

変「ホテルって縄とかある?」

本「ま、なにはともあれ……めっちゃ嬉しいね」

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