第二章 5 訴えたいこと

 わずかにユラユラと揺れていた一人が、パタンとその場に倒れる。かと思うと、次々血と人が倒れていく。誰一人、立っているものがいなくなり、雲秀と玉蘭は驚いて駆け寄る。


 皆、苦しそうに目を見開いて息絶えていた――もっとも、今この場で生きているものなど、雲秀と玉蘭の二人以外、最初からいないのだが――。

 それでも、人の死に様を見せられるのは恐怖でしかない。思わず「おい……」と、手を伸ばしそうになる。けれど、村人たちの姿は風に浚われるようにしてスッと消えてしまった。


「なんなんだ……」

 喉の奥がギュッと狭まるような息苦しさを感じながら、声を押し出す。その袖を、ギュッとつかんだのは玉蘭だ。驚いて振り向くと、彼女は真っ直ぐに道の先を見ている。 


 雲秀は大きく目を見開いて、口を開く。けれど、声が出なかった。

 道の先に白く浮かび上がっているのは、髪の長い女性だった。歳は三十代だろうか。死に装束のような白い衣をまとって、感情を宿さない瞳でこちらをジッと見ている。

 金縛りにでも遭ったように、足も手もその場から動かなかった。

 どれくらいお互いに向き合っていたのか――。


「か……あ……さん……」

 背後から聞こえた声で我に返ると、ようやく体が動いた。振り返ると、そこにいたのは驚きの表情で立っている悠月だった。廟で寝ていたはずなのに、自分たちが出て行ったことに気づいて後を追いかけてきたのだろう。


「母さん…………母さんっ!!」

 悠月ははっきりした声で呼ぶと、女性のもとに駆け寄ろうとする。「ま、待て、悠月。駄目だっ!」と、雲秀は咄嗟にその腕をつかんで自分のほうへと引き寄せた。

「母さんっ!!」

 悠月は大きな瞳に涙を溜めながら、雲秀の腕から逃れようとする。驚きながらも、雲秀は行かせるわけにはいかないとその姿を後ろから抱き締める。何度も母親を呼びながら、雲秀の衣の袖をつかんでいた悠月が、急にカクッと膝を折った。意識の糸がプツンと切れたかのように、雲秀の腕の中で大人しくなる。見れば、気を失ったようだった。閉じた瞼の端から、涙がこぼれ落ちていた。


「我らに何を見せたい……何を言いたい」

 静かに口を開いたのは、玉蘭だった。冷静なその瞳は、女性に向けられたままだ。

 あの人を、悠月は「母さん」と呼んだ。悠月の話では、母親は彼が幼い頃に亡くなっているはずだ。悠月は他に身よりがいなかったため、この村の長老のもとで養われていたと聞く。


 無言のまま、女性は背を向ける。その姿がスーッと遠ざかっていくのを見て、玉蘭が駆け出す。「待ってください、師匠!」と、雲秀は悠月を背負って後を追いかけた。

 女性は時折足を止め、雲秀と玉蘭がついてくるのを確かめるように振り返る。

 山道の途中で一度消えたかと思うと、竹藪の中にまた姿を現す。

「いったい、どこに連れて行くつもりなんだ……」

 鬱蒼と茂る竹の葉や枝を手で除けながら、雲秀は思わず声を漏らした。

「さぁな、あの世かもな」

 玉蘭はからかうように唇の端をクイッと上げる。「縁起でもない」と、雲秀は眉を潜めた。


 女性は急に立ち止まったかと思うと、こちらを見る。その唇が何か言わんとするように動いた気がした。けれど、はっきりと聞き取る前に、彼女の姿は消えてしまう。

 彼女が立っていた場所のそばに行くと、少しばかりこんもりと土が盛ってある。その辺りだけ、竹がまだ生えていなかった。

「……掘り起こしてみますか?」

「いや……その必要はないさ。亡者の眠りをむやみに妨げることはない」

 雲秀は土を見下ろし、「そうですね……」と暗い声で答えた。

悠月の話では、役人たちは子どもたちを山の中に連れて行ったと話していた。きっとここが、その場所なのだろう。


 あの女性がわざわざここを示したのは、この場に子どもたちが眠っているからだ。

 おそらく、全員殺されたのだろう。なぜ、そんなことをするのか。しかも、役人がだ。

 あの、悠月の母親らしき女性は、なぜ現れ、なぜこれを自分たちに教えようとしたのか。もう、玉蘭には分かっているのだろうか。そう思いながら、珍しく神妙なその横顔を見る。


 玉蘭は雲秀の視線に気づいたようにこちらを向くと、「明日考えるさ」と肩を竦める。そして眠そうにあくびをもらした。

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