第二章 4 その夜

 その日の夜、雲秀も玉蘭も廟に灯りを灯し、夜食の握り飯を頬張りながら風の音に耳を傾けていた。今夜も風が強い。隙間風が吹くたびに、ロウソクの炎が揺らめいていた。

「それにしても、薄気味の悪い廟だ。いったい、これはなんの女神を祀っているでしょうな?」

 義円は顎髭を撫でながら、怪訝そうな顔をして女神の像を眺めている。


「さあ? 観音菩薩というわけでもないでしょうし……私もよくわからないのです」

 雲秀は腰を下ろしたまま、そう答えた。玉蘭がズイッと顔を寄せてきて、「なんでこいつまでいるんだ?」と尋ねてきた。雲秀と玉蘭が廟で寝起きしていると知って、「それなら、拙僧もいたほうがよかろう」と上機嫌についてきたのだ。今宵の肝試しのことはもちろん話していない。


「……一人で寝泊まりするのが怖かったんじゃないですか?」

 雲秀は義円に聞こえないように声を小さくして、ヒソヒソと話す。玉蘭は「それで、よく坊さんになれたものだな」と、呆れ顔になっていた。

 悠月は二人の側に横になり、寝息を立てている。その体に刺繍の入った上掛けをかけてやった。また、昨晩のように幽鬼が現れるなら、子ども一人にはしない方がいいと思ったのだ。


 悠月は雲秀と玉蘭が夜通し起きているつもりだと知って、自分も起きているつもりだったようだが、眠気には勝てなかったようだ。


 そのうちに、ヒューヒューと風の唸る音が聞こえてくる。耳を澄ましていると、昨日のようにまた人の声が近付いてくる。大勢いる――。

 雲秀は玉蘭と視線を交わしてから、剣の柄を緊張した手で握り締めた。

「ややっ、出たなっ! 幽鬼め。今宵こそは、拙僧が浄土に送ってくれようぞ!!」

 大声で言うなり、錫杖をつかんだ義円が飛び出していく。「あっ、ちょっと!」と、雲秀は止めようとしたが、その時には扉を大きく開いて出て行った後だった。風が吹き付けてきて、廟の灯りを一斉に吹き消した。一瞬にして暗くなる。


「あの、馬鹿っ! 何を考えているんだ」

 玉蘭が苛立たしげな声を上げ、「行くぞ、雲秀」と促す。二人が急いで後を追いかけると、外で「うわあああああっ!」と悲鳴が上がった。

 外に出てみると、廟の庭先で義円が錫杖を両手で握り締めたまま白目を剥いて仰向けに倒れている。どうやら、気を失っただけのようだ。


「怖ろしく役に立たないヤツだな!」

「寝ていてくれるほうが、邪魔をされるよりはマシですよ。それより、師匠!」

 雲秀と玉蘭は垣根のそばにしゃがんで、息を潜める。

 表の通りをゾロゾロと歩いて行くのは、昨晩と同じ人の列だ。みな提灯の灯りを提げている。けれど、昨夜と違うのは楽の音がしないことだ。話し声も笑う声も、聞こえてくるようではっきりとは聞こえない。

 列が過ぎるのを待って、玉蘭と雲秀は後をつける。


 どこに行くんだと、雲秀は眉を潜めた。村の入り口が見えてきた辺りで、急に提灯の灯りがフッと消えた――。


 かと思うと、歩いていた者たちも歩みを止める。空は濁った雲が多い、月や星も姿を隠しているため深い闇と静けさが辺りを包む。誰もが動かない。雲秀は困惑して、玉蘭を見る。彼女は何が起こるのかを見届けようと、しっかりと目を見開いてジッと様子を伺っていた。

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