第二章 2 追跡
行列が向かうのは、村の入り口の方向だ。提灯がいくつも夜道を照らす。それを追いかけていくと、不意に「うわあああっ!」と悲鳴が上がった。それは確かに、人の声だ。雲秀は剣を引き抜くと、玉蘭とともに駆け出す。
見れば、腰を抜かしたように座り込んで、錫杖を振り回しているのはすり切れた僧衣をまとった僧侶のようだった。
「た、助けてくれっ、うわあっ!」
這いつくばるようにして逃げようとする僧侶の衣を、幾人もの人たちが取り囲んでいる。
「僧侶のくせに、幽鬼も追い払えないのか。見せかけ倒しだな」
玉蘭が呆れたように言って、懐から花びらのような形の紙を数枚取り出す。それをパッと巻いて指で印を結び、「散れ!」と唱えれば、風が渦巻いて花びらがパッと辺りに舞った。
一瞬で辺りから人の気配が消え、暗がりと静けさが辺りに戻る。気を失うようにパタッと倒れた悠月を見て、雲秀はあわてて駆け寄った。抱き起こしてみれば、眠っているだけのようだ。胸をなで下ろしてから、うずくまって「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と念仏を必死に唱えている僧侶に目をやる。
「おい、いつまでやっているんだ?」
そう玉蘭に言われて、僧侶は恐る恐る顔を上げる。腕を組んでいる玉蘭を見ると、「うわあっ、まだいた!」と震え上がって叫び声を上げる。
「無礼なやつだな。私を幽鬼の類いと間違えるな」
「まあ……妖怪の類いではあるけど」
頬をかきながら雲秀がボソッと呟くと、「誰が妖怪だって?」と玉蘭に睨まれた。まったく地獄耳なんだからと心の中で思いつつ、「空耳ですよ」とすっとぼける。雲秀はすっかり眠り込んでいて起きそうもない悠月を背中に負うと、僧侶に歩み寄った。歳は二十代半ばといったところだろう。旅をしながら修行をしているのか、僧衣はすっかり色も落ち、裾や袖が破れている。
「えーと……あなたはいったい、何をしているんです? こんな夜更けに」
「助けてもらったというのに、礼も言わず失礼した。拙僧は金清山上善寺の僧で、義円と申すもの。ごらんの通り、諸国を渡り歩き修行をしている身。今宵はこの村で宿を借りようと立ち寄った次第。しかし、いきなり凶暴な悪鬼の群れに襲われ、なすすべもなく……いやはや、我が念仏も効かぬとは……よほど怨念を蓄えていると思われる。強敵であった……御仏の加護がなければ、どうなっていたか……っ!」
義円と名乗るその僧は錫杖を地面に立てて、その場にあぐらをかきながら冷や汗を出で拭っている。
「……そんなに凶暴な悪鬼だったんですか?」
雲秀は玉蘭に顔を寄せ、小声で尋ねた。幽鬼のことは、いまだ雲秀にはよくわからない。
「いいや、ただ彷徨い歩いているだけの人畜無害の幽鬼だ。祓ったわけではないから、また現れるだろうがな」
玉蘭はそう言って、軽く肩を竦める。
「高位の僧の血肉を喰らえば、霊力が増すと言われている故、おそらく拙僧のこの身を狙ったのであろう……なんとも、おぞましい奴らだ! 思い出しただけでも、身震いがつく」
とんでもない目に遭ったと、義円は自分の腕をつかんでブルッと震えた。その顔はすっかり血の気が引いてしまっている。
「この人、高位の僧なのか……?」
「本人がそう思っているのだ。突っ込んでやるな……」
雲秀と玉蘭は小声で交わす。
「ところで、そなたらは? 兄弟で旅をしておるのか?」
義円にきかれて、雲秀は「あ、いや……」と言葉を濁す。師匠とその弟子と説明するのもいささか面倒だった。
「まあ、そんなところです。この村には親戚が……おりまして」
「そうであったか……しかし、この村の者は半年ほど前に亡くなったと聞いているが」
そう言うと、義円は顎に手をやって首を捻る。どうやら、廃村になっていることは、この僧も知っているのだろう。
「ええ、ですから、両親の代わりに供養に訪れたのです。義円殿はいったい、なぜこの村に?」
「それが、近くの街を通りかかった時、村の話を聞きましてな。弔いをする者もなかろうと思い、立ち寄ったのです。しかし、このように悪鬼の巣窟になっているとは……よほど、悲惨なことがあったに違いない。そなたらも、明日の朝には村を発つ方がよかろう。このような村にいては、いつ祟られるか知れぬからな」
「いえ、ご心配なく……色々、片づけもありますし……もうしばらく、滞在するつもりなのです」
「まあ……拙僧の法力があれば、いくら手強い悪鬼といえども一網打尽だ。安心するがいい」
そう言って、義円は「わっはははは」とあっけらかんと笑った。幽鬼に囲まれてブルブル震えながら念仏を唱えていたことはすっかり忘れたようだ。
「ええ、それはまったく、心強い……」
雲秀はぎこちなく笑みを浮かべて相づちを打つ。玉蘭は白けたような顔をして、軽く肩を竦めていた。
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