第一章 8 人影の正体

 油の中で泳ぐゴマ団子を菜箸で時折クルクルとひっくり返しながら、じっくりと揚げる。そばでは、「まだか? もういいんじゃないか?」と玉蘭がソワソワしている。箸と皿を持ち、食べる準備は万端だった。実年齢はともかく、まったく子どものようだと雲秀は呆れてため息を吐く。そううろうろされては邪魔でかなわない。

「まだ、駄目ですよ。大人しく座っていてください」

「もう、昼になってしまったではないか! 腹ぺこで倒れそうだ」

 玉蘭は頬を膨らませて、駄々っ子のように足を踏みならす。


「それより、お茶の準備を……」

 言いかけた雲秀は、キッと小さくなった入り口の扉の音でハッと振り返る。「誰だ、待て!」

と菜箸をつかんだまま駆け出した。厨房を覗いていたのは確かに人だ。こんな明るい日中に、幽鬼が堂々と現れるはずもない。まして、猿でもないだろう。

 外に出て庭を見回すと、垣根の向こうでガサッと音がした。すぐさま門を通り抜けて細い道に出ると、尻餅をついていた相手は慌てたように立ち上がって、走り出す。黒い布をすっぽりと羽織った小柄な姿だった。


「こ、子ども……っ!?」

 大人の背丈の半分ほどしかない。「ま、待てっ!」と、雲秀は逃げていくその子どもを追いかける。追いつくのはそれほど難しくはなかった。パッと腕をつかむと、「う、うわぁ、ごめんなさいっ!」と子どもが怯えたように声を上げた。

 被っていた黒い羽織りを引っ張ると、その顔が露わとなる。痩せ細った、十三か、四歳くらいの男子だった。ボサボサの髪は後ろでギュッと縛っている。頬や手には汚れがついていた。つかんだ腕が震えているのを見て、雲秀はつい手を離した。逃げるかと思ったが、子どもは観念したのか、それとも怖くて力が抜けてしまったのか、ペタンとその場に座り込む。


「昨日、廟を覗いていたのは君か……?」

 驚いて尋ねると、子どもは俯いたまま頷いた。

「ごめんなさい……ごめんなさいっ、誰がやってきたのかと思って……気になって……っ! 悪さをするつもりはなかったんです……っ!」

 殴られると思っているのか、腕で顔を庇っている。

「おい、雲秀! 私のゴマ団子を放って、どこに行ったんだ!?」

 家から出てきた玉蘭は、雲秀と道の真ん中でへたり込んでいる童子を見ると、目を丸くした。


「……誰だ、そいつは?」

 眉根を寄せて聞く玉蘭に、「これからそれをきこうとしたところなんです」と雲秀は肩を竦めた。

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