第11話 タロットとこれから

 ツェフェリは鹿肉をむしゃむしゃと食べました。これがスープ共々絶品だったのです。

「料理上手いんだね」

「まあね。師匠が料理できないから……」

 師匠と紡いだ瞬間に遠い目をするサルジェ。ツェフェリにはよくわかりませんが、察しておきましょう。

「お師匠さまがいるの?」

「うん、狩人の師匠。俺は弟子。拾ってもらったというか……」

 拾われた、という単語に[捨て子]という言葉を連想しました。ツェフェリは憂鬱になって俯きます。親のいない不幸な人間はツェフェリだけではないのです。

 と、思いましたが。

「あー、そんな暗い顔しないでよ。親父が狩人やってて、今の師匠と知り合ったんだ。俺は長男だったから、親父と一緒に狩りに出ていて、今の師匠があるとき不意に親父に言ったんだよな。倅を弟子にするから寄越せって。思えばあのときから変な人だったなぁ、師匠は」

 サルジェが決して不幸だっただけではない、と知ってなんだかツェフェリは安心しましたが……新たに気になることができました。

「変な人って?」

 そこを言及すると、サルジェは微妙な顔をしました。聞かれたくない、と話したくない、の二重の意味がかかったような表情。けれど、ツェフェリの純朴な目に、サルジェは沈黙を選べませんでした。

「……その一年後、親父が病気で死んで、俺は迎えに来た師匠についてった。なんか、あの人、最初から何もかもわかっていた、みたいな節があるんだよなぁ」

 最初から何もかも万象のすべからくを見抜く千里眼のような力など、人は持ちません。もちろん、サルジェもそれは承知済みです。これまでの傾向から未来を予測する人もいますが、予測は予測に過ぎず、外れることもあるものです。

 それを理解して尚、サルジェは自分の師匠が何もかも……サルジェの父がどうなるか、をわかっていたような節もあるように思うのです。サルジェは何年も一緒にいて、師匠にそう思わされるほど様々な現象に立ち会わせられました。

 現に。

「今君とこうやって話してるのだって、師匠が見抜いたことかもしれないんだ」

「えっ?」

 サルジェはこの森に来る前のことを思い返しました。


「サルジェ」

 サルジェの師匠はその紫水晶の髪を高いところで一括りにしたのを揺らめかせていました。同色の双眸とも相まって、華麗にして妖艶な雰囲気の持ち主です。狩りをするときわりと邪魔らしいのですが、師匠はその土地の地主でもあるため、権力の証として髪を伸ばした方が好ましいという理由からこの髪型でいるようです。普通の人間は、こんなに長い髪を洗うほど水を豪快に使えないから、ということらしいですが。

 おっと、話が逸れてしまいました。本筋に戻りましょう。師匠に呼ばれたサルジェは、森に行く支度をしていた手を止め、師匠の方を向きます。師匠は趣味を兼ねてやっているカードを広げていました。サルジェの記憶が正しければ、札全てを使うその展開スプレッドは確か、[三つの運命スリーロッツ]といったはずです。

「どうしたんですか? 師匠。カードなんて広げて」

「うむ、面白そうな予感がしてな、少しやってみたのだ。それでサルジェ、一つ頼んでおきたいことがある」

「なんですか? 俺が森に籠る間の食事なら作り置きしてありますよ」

「そうではない。森に行ってから、お前が採る行動についてだ」

 サルジェは首を傾げました。師匠はカードで何かしら知ったようですが、事サルジェに関わるときは特に、これといった説明をしてくれません。ただ、押し付けがましくすることもありません。

 そんな師匠が、サルジェの行動に制限をかけるとはどういうことか。それがサルジェの疑問でした。

「お前は森で人に会う。そいつにできる限り親切にしてやれ。それがお前のためにもなる」

「はあ……」

 相変わらず、掴みどころのない話です。もちろん、お前がどうするかは自由だ、と言われましたが、経験則でサルジェにはわかりました。これはもうほぼ確実にサルジェが面倒くさいとか思っていても親切にせざるを得ない状況になるのだろう、と。


 そして、今です。

 目の前には森で行き倒れになった少女。一般的な善人であるサルジェが行き倒れの少女を放っておけるわけもなく。師匠の言ったそのままに、ツェフェリに食事と寝床を与えています。

「ほえー、すごいね、サルジェのお師匠さま」

「んー……」

 すごいというより、いいように弄ばれているような気がしないでもないサルジェでした。

「まあ、だから君を助けるってわけじゃないよ。師匠から言われてなくたって、行き倒れの人がいたら助けたさ」

「ふーん……」

 ツェフェリはスープ等々を食べ終えると、自分の荷物を探しました。近くに荷車が停めてありました。

 その中からがさごそと探し出したのはツェフェリのタロットカード。ツェフェリの気配をいち早く察知した[悪魔デビル]が先程からわーぎゃー騒いで、ちょっと面白いことになっていました。

 ツェフェリは少し祈り、それからカードを一枚めくりました。そこには猛獣を抱きしめる少女の絵。[ストレングス]のカードでした。

「どうしたの?」

「わっ」

 いきなり真後ろから声をかけられ、ツェフェリは驚いてカードをばらばらと落としてしまいました。サルジェもいきなり声をかけたのが悪かったと思ったのか、ごめん、と謝りつつ、カードを拾い集めてくれます。

 ツェフェリはなるほど、と納得します。先程引いた[ストレングス]のカードは理性を象徴するカードです。猛獣かんじょうを抑え込み、はたらく少女りせい。サルジェは感情のままに行動しているようにも見えますが、人としての良識に則って行動しているのです。一言で表すなら[良い人]でしょう。

 その証拠か、サルジェが拾ってくれたカードは[節制テンパランス]や[世界ワールド]など良い意味を持つカードばかりです。しまいには[運命の輪ホイールオブフォーチュン]まで拾っています。

 もしかして、この人が自分の運命の歯車を動かしてくれるのだろうか、とツェフェリはサルジェを見つめ、それから自分の手元にあるカードを見て、笑いました。

 [愚者フール]、[悪魔デビル]、[タワー]……自分の現状を、表しすぎていて。

「は、はは……」

「!? どうした!?」

「え……?」

 サルジェがツェフェリの肩を捕まえます。ツェフェリは掴まれたことに驚いて目をぱちくりとし、そこでようやく自覚しました。

「ボク、泣いてる……?」

「そうだよ。急にどうしたんだ?」

 わたわたと慌てふためくサルジェ。

「もしかして、俺の飯不味かったか?」

「それはない」

 サルジェのごはんは絶品でした。貧しい村の中ではいいものを口にしていたはずのツェフェリを唸らせるくらいには。

 あまりにも的外れなことをサルジェが真剣に言うものですから、ツェフェリは思わず声を立てて笑いました。サルジェが狐につままれたような顔をします。

「あはは……カードは正直だねぇ」

「ん? あー、これタロットカード?」

「うん、自分で描いたの」

「ふぁっ!?」

 ツェフェリにおかしなことを言っている自覚は小指の先ほどもありません。ツェフェリは他の手段を知らないからです。サルジェは一目見たときから、浮世離れした子だとは思っていましたが、まさかタロットカードを自作しているとまでは予想できませんでした。仕方ないでしょう。普通はしません。

 通常、タロット絵師というのは普通の絵師や画家とは異なるのです。芸術と娯楽の境界の絶妙な位置に存在しているのです。普通はそれなりの教養が必要ですし、タロットカードなんて、手にできるのは娯楽を楽しむ余裕のある者たちだけ。容姿以外は質素な装いのツェフェリにそんな余裕があったとは思えません。

 ツェフェリが少し照れ笑い、説明しました。

「ボクは故郷の村を飛び出してきたんだ。で、村にいた頃に、色々教えてくれた行商人の子に教わったの」

 なるほど、旅して歩く行商人、売り物次第ではタロットカードに触れる機会はあるのかもしれません。けれど、行商人は旅から旅への根なし草。そう長期間滞在したわけではなかったでしょうに、よく覚えて描いたものだな、とサルジェは感心しました。ツェフェリのタロットをまじまじと眺めます。

 [魔術師マジシャン]、[法王ハイエラファント]、[恋人ラバーズ]、[運命の輪ホイールオブフォーチュン]に[節制テンパランス]、[世界ワールド]。どれも通説に沿った描き方をされています。サルジェもタロットは聞きかじったことがあるので、これがどれだけすごいことなのか、よくわかります。知っていても、十歳そこそこで描こうとは思わないでしょう。

「君、絵の才能あるんじゃない? 画家とかなったら?」

「んー」

 サルジェが思わずといった調子で口にした提案に、ツェフェリは生返事です。というのも、ツェフェリはなんとなくですがわかっていたのです。

「ボクはね、[画家]になりたいんじゃないんだ。[タロット絵師]になりたいの」

 そう、自分は自分の描いた[絵]を売って儲けたいのではない、[タロット]を描きたいのだ、と。

 初めて一所懸命一人で作ったもの。それに対するツェフェリの愛着は並々ならぬものがありました。

「でも、こんな森の中じゃね……」

 そう、ここは森の奥深く。そうそう人は通りません。来るのは行商人か、サルジェのような狩人くらいなものでしょう。

 そこにはツェフェリも気づいてうーん、と唸りました。

「森を越えて、向こうの街に……」

「遠いよ? 俺ですら一泊はしないと行けない距離だ」

 相当この森は広いようです。だからこそ、サルジェもこうして小屋を持って森に籠って狩りをするようにしているのでしょう。女の子のツェフェリに、一人でそんな危険なことをさせるわけにはいきません。

 サルジェは悩むツェフェリをよそに、ツェフェリの荷車にかけられたシートをめくり、中を覗きました。そこには壷やらランプやら、一般受けは難しそうな代物ばかりが揃っています。むしろこんな少女がどうやってこんなものを集めたのでしょう。

 珍妙なものばかりの羅列を見て、熟考の末、サルジェは知恵を振り絞ってこんな提案をしました。

「ねえ、骨董屋、やったらどうかな?」

「骨董屋?」

「うん、こういう感じで実用的じゃないものでも自分なりの価値を見出だして、買い求める人って案外といるもんなんだ。そういう人にはわりと高値で売れるし、物々交換していくっていう手も使えば、売り物に困らないんじゃない? これだけのものを集められるっていうことは、君って結構交渉上手なのかもしれないし、人を惹き付ける何かがあるのかもしれない。口コミとかなら俺が広められるつてあるし」

「え、でも、店って言っても、どこに?」

 ツェフェリが問うと、サルジェは満面の笑みで答えました。

「この小屋使っていいよ。俺は昼間は狩りで空けてるし、ごはんも作るし。生活環境、これで万全じゃない?」

「え、何もそこまで……」

 遠慮するツェフェリの頬をサルジェが引っ張ります。

「俺がやりたいからするの。それとも嫌?」

「……ううん! 正直どうすればいいかなんて考えてなかったから、ありがとう!!」

 満面に笑みを浮かべたツェフェリの目は先程までの暗く淀んだ表情など欠片も残っておらず、きらきらと金色に輝いていました。

 また一歩、ツェフェリは前に進んだのです。

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