第12話 タロットの宿り木

 小屋は一つの季節を越すという仕様もあって、なかなか広いものです。普段はサルジェが狩りが終わった後の休憩所にしているらしいですが。寝る以外にはほとんど使わないようで、余計なものがなく、すっきりしています。木造の小屋なので木の効果で温かみも感じられる、いい場所です。

「本当にここ、使っていいの?」

「ああ。どうせ休むときにしか俺は使わないし、狩りに来る時期も決まってるから、来ない時期はずっと放置なんだ。使ってくれた方がこの小屋自体の雰囲気もよくなるだろうし、狩りに来るたびに掃除もしなくて済む」

 なるほど、ツェフェリだけでなく、サルジェにも利のある話のようです。それねらば是非もありません。

「わかった。遠慮なく使わせてもらうよ」

 ツェフェリの満面の笑みに、サルジェはくらっときましたが、なんとかこらえました。接客業をする上で、笑顔はとても大事な要素です。これなら店は大丈夫でしょう。

「じゃあ、荷車の中のやつを並べるか」

 サルジェが外に向かいます。その後ろ姿を見て、ツェフェリはふと思いました。

 どうしてここまで親切にしてくれるんだろう?

 というか、ツェフェリはこれまで[虹の子]として特別扱いしかされてこなかったので、[普通]に接してくるというのがわからなかったのです。

 サルジェとツェフェリは一緒にツェフェリの荷車のものを運びました。怪しげで曰くがありそうなものばかりが並んでいて、小屋はあっという間に様変わりしました。

「お店っていう感じではなさそう」

「うん、悪いがかなり胡散臭そうだな」

 こうして普通に対等に人と話すのはツェフェリにとってはサファリ以来のことでした。そんなサファリも、教会では粗相のないよう畏まっていたので、何の柵もなく話せたのは、サルジェが初めてかもしれません。

 新鮮な気持ちに浸っていると、傍らでサルジェが、うーんと首を捻って何やら悩んでいました。

「どうしたの?」

「商品の陳列も終わったし、装飾とかは今できないから、あと店に必要なのって看板だよな。店の名前、どうする?」

 言われてツェフェリも返す言葉が見つかりませんでした。確かに、店に看板は必須です。[骨董屋]とつけるのはもちろんのこととして、店そのものの名前がないと、宣伝するにも広められず、不便です。骨董屋など、探せばごまんとあるでしょうから。

 かといって、何かいい名前が思い当たるわけでもありません。確か、サファリの父の店は本人の名前を看板にしていましたが、それは当人の名前の語呂がよかったのと、行商人の場合は本人の名前そのものを覚えてもらわなくてはならないから、自らの名前を看板に掲げている場合が多いのです。

 [骨董屋ツェフェリ]としたところで、なんかいまいちぱっとしません。ツェフェリの名前に花がないわけではありませんが。

「まあ、置いてる商品が混沌としてるからなぁ……ツェフェリが好きなものとかにしたら?」

「ボクが好きなもの?」

 うーん、と考えてみますが、自分の好きなものというと、やはりタロットくらいしか思いつきません。[骨董屋タロット]だと、タロットカードしか置いていなさそうです。

「タロットは好きだけど……お店の名前には向いてないよね……」

「タロットで一番好きなカードの名前とかにしたら?」

 サルジェのこの発言で、それまで大人しくしていたタロットたちが一斉に騒ぎ始めます。

「主殿! 我が一番であるよな!」

「でーたんなわけないよ。このキューティな[太陽サン]に清き一票を!」

「喧しいぞ小童こわっぱ

「こらこら、喧嘩をしてはいけませんよ」

「てんねーちゃんは名前があれだから論外だもんねー」

 [悪魔デビル]と[太陽サン]を諌めに入った[節制テンパランス]の天使が[太陽サン]にいじられます。何やら、タロットから恐怖を助長するような圧を感じました。

「た、大変だ、てんねーちゃんが怒ったー!!」

「貴様のせいだろう小童こわっぱ!!」

「な、なぁ、ツェフェリ、そのタロットってそんな雰囲気だっけ? なんか物々しさを感じるんだけど」

 [節制テンパランス]の怒気はどうやら声の聞こえないサルジェにも伝わるくらい強いようです。会話を聞いていたツェフェリも、その無言の圧に冷や汗を掻いていました。[節制テンパランス]は怒らせると怖い。覚えておきましょう。

 まあ、[太陽サン]の言う通り、[節制]は看板としてはぱっとしませんが、今は言わぬが華です。

 そんな戦々恐々とした中空気を読んでいないような朗らかな青年の声がしました。

「それならオレなんてどうだい? ツェフェリさん」

 あまり口を利かない[吊られた男ハングマン]の青年がそんなことを言うもので、場は更に混沌を極めます。

 まあ、[吊られた男]というのは面白味のある名前ではありますが。

「[吊られた男ハングマン]さん、空気読みましょうよ……」

 [運命の輪ホイールオブフォーチュン]の天使が苦笑いしています。人間だったなら、ツェフェリ同様、冷や汗を掻いていたに違いありません。

「ん? あー、オレって空気読めないんじゃなくて空気読まないんすよ」

「なっ!?」

 [吊られた男ハングマン]の爆弾発言にツェフェリは何枚かのカードと共に思わず絶句してしまいました。サルジェにどうしたのか問われて、慌てて誤魔化します。

「オレ陽気キャラなんで」

「ただの脳内お花畑でしょう、このおたんこなすが」

 絶句した中の一人、[女教皇ハイプリーステイス]が毒づきますが、効果はいまいちのようです。[吊られた男ハングマン]は口笛を吹いて誤魔化しています。余裕綽々といった感じがツェフェリにも伝わってきました。

 しかし困りました。こういうタロットたちの揉め事は持ち主であるツェフェリが諌めるべきなのですが、今、隣にはサルジェがいます。タロットに話しかけたら、無機物と会話する系のイタイ子認定をされそうです。

「おたんこなすとは可愛らしい」

「五月蝿いです!」

「あっ、ぷーたん照れた!!」

「ぷーたん言わないでください!!」

「そこか……?」

 どうやら[太陽サン]はタロットの仲間全員に渾名をつけているようです。[ぷーたん]は[女教皇ハイプリーステイス]の渾名のようですね。ちなみに疑問符を投げたのは口数の少ない[死神デス]です。

「ここは、公平にじゃんけんというので決めてはいかがでしょう?」

 起死回生となるのか、[正義ジャスティス]の女神がそんな提案をします。

「じゃすみん、じゃんけんはわかるけど、ぼくらカードだから結果わからないよ?」

「あ……」

 [正義ジャスティス]よ、頭がいいはずなのに何故それに気づかなかったのですか……。

「じゃあ、一番声が大きい人とかどうですか!」

「ナイスわっちゃん!」

 [世界ワールド]の少女の提案に乗ろうとする[太陽サン]。ツェフェリが呆気に取られていることなど考慮していません。

「私は降りる」

「えー、こーちゃんと勝負してみたかったなー」

 [死神デス]同様、無口な[皇帝エンペラー]が、選抜から降りる宣言をすると、[太陽サン]が残念そうに声を上げます。[皇帝エンペラー]はそこから一言も喋りませんでした。

「声の大きさなんかで決めたら不公平じゃない。大勢いるところが優勢になるわよ?」

「そうだよ」

「らんちゃんたち……そう来るかぁ……」

 うむむ、と[恋人ラバーズ]たちからの意見に唸る[太陽サン]。既になかなか騒々しいのはさておき、[恋人ラバーズ]たちの言う通り、タロットカードの中に描かれている人数はカードによってまちまちです。[太陽サン]のように一人だったり、[恋人ラバーズ]たちのように二人一組だったり。中には[ストレングス]や[世界ワールド]のように獣がいる場合もあります。ライオンなどは声が大きいことでしょう。

「そもそもそんな運で決めるのはよくないでしょう。店名に相応しくない者が勝ったらどうなるのですか?」

「ぐぬぬ」

 [女帝エンプレス]からの的確な指摘に唸る[太陽サン]。いや、もうそういうことではなく……

「仮に[隠者ハーミット]なんかが勝ったらどうするんですか」

「その可能性は考えてなかった! おじいちゃん、不意に大声出すもんね!」

 そういうことでもありません。

「呼んだかえ?」

「ううん!」

「では、どうやって決め」

「五月蝿ーいっ!!」

 ツェフェリは思わず叫んでしまいました。隣にいたサルジェが突然の大声に驚いています。

「えっ、俺今五月蝿かったかな。むしろ沈黙してたんだけど」

「あ、ううん、サルジェは悪くないよ!」

 慌ててツェフェリは弁明します。ツェフェリに怒鳴られ、さすがに懲りたのか、タロットたちは黙っています。

 サルジェはバツが悪そうに俯くツェフェリの顔を覗き込みます。ツェフェリの目は憂いを帯びた紺色になっていました。何かを言おうとして迷っているようです。

 サルジェはそこで、ツェフェリの頭を優しく撫でました。

「ツェフェリ、何も遠慮しなくていいよ。どんな突飛なことを言われたって、俺は平気さ」

「……あ」

 ツェフェリが見開いた目は夜空のような瑠璃色に煌めきました。

「名前」

「え?」

「名前、やっと呼んでくれた」

 ん、とサルジェは自分の発言を省みます。確かに[君]と言ってせっかく聞いた名前を呼んでいませんでした。そのことにツェフェリはいたく感動しているようです。

 それから、緊張気味にツェフェリはサルジェに告げます。

「なら、サルジェも遠慮なく[ツェフェリ]ってボクの名前呼んでほしいな……」

 ツェフェリは名前を呼び捨てで呼ばれることに[普通である]という特別感を抱いていました。それもそうでしょう。今まで[虹の子]だ[神の子]だと騒がれ、名前は記号のように扱われ、呼ばれても[ツェフェリさま]だったのです。それを好んでいなかったツェフェリにとって、呼び捨てされるというのは夢のようでした。

 そんなツェフェリの無邪気さにサルジェは頬を綻ばせます。

「そんなことで喜んでくれるなら、いくらでも呼ぶよ、ツェフェリ」

「うん!」

「じゃあ、ツェフェリが悩んでることも遠慮しないで話してほしいな」

「う」

 ツェフェリは苦々しい面持ちになり、それから不服そうにぽつぽつと語りました。

 自分が作ったタロットは自分にしか聞こえない[声]があり、カード一枚一枚に[意思]があるということ。神格化されることを恐れて今まで誰にも話せなかったことをツェフェリはサルジェに打ち明けました。

 するとサルジェは普通に驚き、普通に「すごい」とだけ言いました。

「きっと、ツェフェリが丹精込めて作ったからだろうな。師匠がよく言ってる。職人の強い念のこもった作品は良作を越えて魂すら持つって。ツェフェリは、職人に向いてるんだよ」

 そういうと、ツェフェリの頭をくしゃくしゃと撫で、サルジェはにっこり笑いました。

「つまり、タロット絵師に向いてるんだ」

 サルジェの穏やかな琥珀色の目が閉じられたのを少し寂しく思ったのから一転、ツェフェリは続いた言葉に感動しました。何より望んでいた言葉だったのです。

「あ、そだ。この店の名前思いついたぞ」

「え、何々?」

 ふふ、と悪戯っぽく笑うと、サルジェは木の板を持ち出して、それを器用に削って何やら文字を書いていました。

 木屑を払って、サルジェは得意げにそれを見せました。ツェフェリはその文字を読みます。

「宿り……木?」

「そ。[宿り木]。小屋は木造だし、そこにタロットの精が宿ってるってことで。どう?」

 大切なタロットたちのことを慮ってくれたその名前。ツェフェリもタロットたちも、文句などあるものでしょうか。

 こうして、骨董屋[宿り木]は開かれたのです。

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