第9話 タロットたちと旅に出る
ツェフェリは失意の中、村を歩いて回っていました。[虹の子]であるツェフェリは通りすがるだけでも幸運をもたらすと信じられていたのです。それが譬、真実であろうとなかろうと、それで飢えた人々の活力になるのなら、ツェフェリは存在するだけで意義があると言えるでしょう。それが[偶像崇拝]というこの村の文化で、偶像であるツェフェリのあるべき姿なのですから。
──どうしても、思ってしまいます。どうしてこんなことになってしまったのだろうか、と。無論、今回の凶作について、ツェフェリに責任はありません。けれど、ツェフェリは自分の作ったタロットによって運命が定められてしまったように思うのです。
あの男の子のした
タロット占いには、正位置と逆位置という概念が存在します。正位置というのは文字通り正しい向き、逆位置というのは逆さに出たカードのことを示し、大抵のカードは正位置と逆位置で異なる意味を持ったり、真逆の意味を持ったりするのです。
それを踏まえてあのときの占いを振り返ってみましょう。
[過去]は[
続いて[現在]の[
さて、[未来]の[
そこから、[周囲の状況]の[
[潜在意識]は[
[対応策]は[
そして[最終予想]で出た[
ツェフェリはタロット占いにおける基本中の基本を忘れてしまっていたのです。
タロット占いは占い師と同じ向きから見なければならない、という。
そう、ツェフェリは男の子と反対側から
「ボクのせいだ……」
ツェフェリはタロットカードを眺めながら呟きました。けれど、占ったのはツェフェリではありません。そもそも、占いなんて不確定なものに期待する方がおかしいのです。故に、ツェフェリには何の責任もありません。けれど、ツェフェリはそう思わずにはいられませんでした。
「主殿のせいなわけあるか!! 主殿は何も悪くない」
「そうだよ、つぇーたん。あの子が僕らを使いこなせなかっただけじゃん」
「そう言って、使い手を選ぶの……?」
ツェフェリの仄暗い声に[
「そうやって、人を選んで、気に入らなければ不幸にするの!?」
ツェフェリの叫びに驚いた[
「ちがうもん、ちがうよ、つぇーたん……」
「主様……」
[
「我々には人を不幸にする力などありません。あるのは占いの道具として、使い手の力量を元に未来を占う力だけです。それに、タロット占いには[対応策]などの逃げ道があります。見落としさえなければ、不幸を避けることができるのです」
それはツェフェリもよくわかっていました。言われなくても。あのとき[対応策]に出た[
「……使い手の能力不足だっていうの?」
「酷なことを言うようですが、そうなりますね」
そう、タロットの
「主殿、そう嘆くな。誰しも人生での過ちは一度や二度では済むまい。主殿も人間、ということだな」
「人間……」
渋い声で励ましてくれたのは[
それもそうでしょう。ツェフェリは今まで[虹の子]だの[神の子]だのと担がれて、思えば普通の人間扱いなど、されたことがなかったのですから。
「……そっか、ボクは人間なのか」
タロットたちに目を落とします。[
[
「エリーさまは一人で抱えすぎなのです。せっかく一人ではないのですから、私たちを頼ってくださいませ」
「うん、ありがと」
一人ではない。その言葉がどんなに安堵をもたらしてくれることでしょう。サファリがいなくなってから、ツェフェリは以前に戻ったと思っていましたが、そんなことはありませんでした。
サファリとの交流の過程で、ツェフェリはタロットたちという仲間を新たに得たのです。普通の人には彼らの声は聞こえませんが、それでもツェフェリは作品に命を吹き込めたような気がして──毎日毎日お祈りするよりも実になることを見つけられた気がして、タロットを描くのは素晴らしいことだと、タロット絵師を目指すことに決めたのです。
タロットはツェフェリに夢を与えてくれました。そして今、温もりを教えてくれたのです。
……家族がいないから、ツェフェリにはわからないことでした。ツェフェリには、両親がいません。気づいたら、教会で育てられていました。
ふと、気になりました。
「そういえば、ボクのお父さんやお母さんって、どんな人なんだろう?」
村を見て回って、名乗り出る人物はいないので、想像したことがありませんでした。それは両親が教会の手前、一歩下がっているのか、はたまた別な理由があるのか……
「占ってみてはいかがでしょう?」
[
考え込むツェフェリに、[
「[
「あ、一枚だけでも占えるんだっけ」
[
まあ、両親のことに思いを馳せるといっても、ツェフェリは両親の顔も覚えていないので、かなり気になる、というほどではありません。そうですね、せいぜい気にして……安否くらいでしょうか。どこかで幸せに暮らしているのなら、それでいいのです。ツェフェリのことを忘れていたとしても、幸せなら。[神の子]、[虹の子]と祀られて、普通に暮らすための足枷になっていたら、その方が嫌です。
それでは両親の安否確認をしよう、とツェフェリはタロットを切り、簡単に祈ります。自分の知りたいことを意識するのです。[こうだったらいいな]、とか、一度にいくつものことを考えないのがこつです。雑念が入らない方が、タロットたちも占いやすいのだとか。
両親の安否確認をしたい、とだけ頭の中で唱え、ツェフェリはタロットの中から適当に一枚引きます。
出たのは。
──[
「……え?」
[
ただ生きていてくれればいいな、と思っていたのに。──死?
「まさかね」
まあ、ツェフェリもそこそこの年齢になっていますから、両親が早逝している場合もあるのかもしれませんが、幸せを願った身としてはあまりにもあっさり告げられた死を受け入れられるはずもなく。
「お父さんの安否を」
[
「お母さんの安否を」
[
容赦なく出てくる骸骨にツェフェリは混乱しました。
父も母も死んでいる……?
「……帰ろう」
ツェフェリはそれから真っ直ぐ教会に帰りました。その間、タロットたちは誰一人として喋りませんでした。
それを不穏の予兆とは捉えません。考えたらいくらだって、不穏に取れるからです。[
ツェフェリは礼讚室でタロットを広げました。礼讚室はこの教会の中ではツェフェリの第二の私室となっているため、誰もいません。
好都合に思いました。これから始める占いは、今までのものと比にならないくらい、ツェフェリにとって重要で、場合によってはこの先の未来を定めるかもしれないものだったから……誰にも邪魔をされたくなかったのです。
「主さま、何をするのですか?」
[
「……ボクの両親のこと」
生きていてほしい、という感情はもうツェフェリからは流れてきていませんでした。タロットたちはツェフェリによって作られ、ツェフェリの精神に最も感応します。だからこそツェフェリの思いがわかり、またその達観を悲しく思うのでした。
──お父さんとお母さんはもう死んでいる。それは変えようのない事実。それなら、[何故]そうなったのか、ボクは知りたい。
──シスターたちが、ボクに隠している真実を。
そんなツェフェリの思いがツェフェリの繊細な指先から流れるようにタロットたちに伝わってきます。タロットに描かれた者たち全員が、なんとも言えない思いを抱えました。
タロットたちは神様ではありません。使い手の力に応じて相応に明瞭な未来を示しますが、
だからこそ……自分たちがツェフェリの前に残酷なまでの[真実]を示すことが恐ろしいのです。
ツェフェリは沈黙の中、
しん、と静まり返った礼讚室は緊張感に満ちていました。
ツェフェリは順番にカードを開けていきます。
「[過去]──[
唱えて開いたカードを置きます。黒装束で大きな鎌を持った骸骨。その物々しい名前の通り、[死]を表すカードです。[
ツェフェリは淡々と
「お父さんとお母さんはとっくの昔に死んでいる。死因はわからないけど」
次は現在。
めくられたのは、巨大な塔が雷に打たれて崩れていく様子──が逆さまになっています。
けれど、ツェフェリは逆さまなままで
「[
つまり、ツェフェリが教会にいるという現状は[悲劇]であり、それを引き起こしたのは、占う対象であるお父さんでもお母さんでもなければツェフェリ自身でもありません。
ということは。
「……教会の人が無理矢理ボクを両親から引き離した。そのせいで……」
三枚目をめくります。
[
「再起不能になった。死んだ。……もしかしたら、殺されたのかもしれない」
「主さま……」
「つぇーたん……」
[
今まで信じていた人たちの蛮行と裏切られた落胆。悲しみ、憎しみ、何より怒りが大きかったのです。家族を、勝手な理由で奪われた。そのことがどうしても許せなかったのです。
「……一度始めた占いは、最後までやりきらなきゃ」
ツェフェリの言葉に返す者はありませんでした。返す言葉など、あったのでしょうか。
一度始めた占いは、最後までやりきらないと──それはツェフェリにタロット占いを教えたサファリがツェフェリに特に念押ししていた事項でした。
投げ出したところで、未来は変わりませんし、途中でやめたら、変えられるかもしれない未来を、可能性を投げ出すことになります。
希望かどうかはわかりません。けれど、可能性がある限り、諦めてはいけません。サファリはツェフェリにそう教えました。それは正しいのでしょう。
四枚目。[周囲の状況]は[
どれだけツェフェリに親切に接しようと、所詮はただ祭り上げただけの偶像。大切に思うことなんて、ないのかもしれません。
「次は潜在意識……」
それは[
ツェフェリの顔はもう蒼白になっていました。両親が殺されたという事実だけで、ツェフェリはいっぱいいっぱいなのです。
[対応策]をめくります。そこには[
「誘惑……思うがままに行動すれば、道が拓けるってこと?」
そして、[最終予想]は──
「ツェフェリさま、そのお姿は……!?」
振り向いたツェフェリは、いつもの質のいい服ではなく、マントを羽織った旅人の装束でした。そこで何より目を引いたのは七色に変化する目──ではなく。
ばっさりと切られた鶯色の髪でした。
ざっくりと切られたところを見るに、ツェフェリが自分で切ったのであろうことが伺えます。
「ツェフェリさま、何故」
「ボクはもう、[虹の子]をやめる」
「ええっ!?」
大変な発言をしているというのに、ツェフェリは清々しい表情をしていました。
「ボクがここにいたら、この村はいずれ壊れる。だからボクはこの村を出ていく」
「そんな急に」
「ボクの占いでそう出たんだ。結果を疑うの?」
誰も、反論できませんでした。これまで崇拝して煽てて、今更否定するなどちゃんちゃらおかしい話なのです。だから誰も反論できませんでした。
ツェフェリもそれを知っていて、わざとそう言ったのです。
本当はこんな搦め手なやり方は好みませんが、ツェフェリの決意は揺らぎません。
「じゃあ、さよなら」
ツェフェリは村を出ていきます。一文なしですが、なんとかなるでしょう。タロットたちと共にいれば。
いつか、タロット絵師になって、儲けてやればいいのです。サファリならきっとそう言うでしょう。
……占いの最終予想で出たのは[
置き土産はツェフェリの髪です。奉るなり何なりと好きにすればいいでしょう。
ツェフェリは引き慣れない荷車を引きました。運動らしい運動をしてこなかったツェフェリには重いものですが、それでもゆっくりと村を出ていきます。
少し金目になりそうなものを積んだので、どこかで売って路銀にしましょう。
これがツェフェリの旅の始まりでした。
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