第8話 タロットカードの存在意義
ツェフェリはサファリにタロットカードの描き方の他にも、タロットカードでの占い方も学んでいました。そのため、教会に訪れた人を度々占うようになりました。
ツェフェリは譬悪い最終予想が出ても、嘘を吐かずに教えました。その素直さから、村の人々からツェフェリの占いは評判になりました。
「子どもが無事生まれるか心配で……」
「じゃあ、
まず、中央に七枚、それから三角形を描くように三枚置き、更に逆三角形になるように三枚置き、最後に中央にもう一枚置く、という配置の仕方です。
カードを置いた順に[過去]、[現在]、[未来]、[周囲の状況]、[潜在意識]、[対応策]、[最終予想]となります。
他にもパターン選択を占う[
「うーん、未来に[
「お、おれ?」
「はい。奥さんに家のこと全部任せたりしてると駄目ですよ」
「うぐっ」
「さすが[虹の子]さま! なんでもわかってしまうんですね!! 主人が家事を手伝ってくれたらどれだけ楽だろう、と常々思っていましたの」
「そ、そうなんだ」
時折こうして他人の家庭事情に踏み込んでしまうことがあるため、それに辟易していたりもします。けれど、村人との距離が縮まっているような気もして、ちょっと嬉しくも思うのです。
「それにしても、[虹の子]さま、そのリボン、お似合いですね。以前は髪飾りなどの装飾品に興味がないようでしたのに」
確かに、ツェフェリには洒落っ気というものが欠落していたでしょう。ツェフェリが女の子なのに「ボク」と名乗っていることからわかる通り、ツェフェリは[女の子らしく]振る舞うということが苦手でした。性別なんて、気にしたことがなかったのです。
黒人差別の他にも、ある地域では男女差別もあるという話は有名でした。故に、男女の区別なく、平等に接することのできるツェフェリはいっそう神の子として崇められたのです。平和の象徴という意味もあったのです。
ツェフェリは、指摘されて、少し頬を赤らめました。実は、サファリがこの村からいなくなってから、毎日サファリからもらったリボンで髪を結っているのです。髪を結ぶことすら億劫にしていたツェフェリとしてはかなりの大進歩です。
──何の邪な気持ちのない純粋な贈り物が、ツェフェリにとっては初めてだったのです。だから、有り難くて、放しがたくて、いつも身につけるようになりました。
「ふふ、ちょっと前に贈り物でもらいまして」
「あらぁ! [虹の子]さまもお年頃ということかしら」
黄色い歓声を上げる女性に、ツェフェリは更に照れました。恋愛感情とは無縁であるように育てられてきたツェフェリでしたが、もしかしたら、サファリに対して抱ける他の人々とは違う感情というのは恋……なのかもしれません。
「これ、こないだ来ていた行商人の息子さんからもらって……」
「行商人?」
途端、室内に不穏を孕んだ空気が流れました。占いに来ていた夫婦も、傍らで見守っていたシスターも険しい顔つきです。
ツェフェリは戸惑いました。何故こんな雰囲気になるのだろう、と。ツェフェリは村にはいない自分と年の近い子とただ楽しく会話しただけで、ただ贈り物をもらっただけだというのに。
「行商人……確か、なんとか=ベルって言ったわね。黒人のくせにいい気になって……」
「ツェフェリさまは誰にもやりません。村の守り神なのですから」
何の話をしているのでしょう。サファリの父親は確かに肌の黒い人でした。それがサファリと何の関係があるというのでしょう。サファリはただ記念に贈り物をしてくれただけです。それの何が悪いというのでしょう。ツェフェリにはてんで理解できませんでした。
それに、村の守り神になんてなった覚えはありません。勝手に村の人々がツェフェリをそう扱っているだけです。
……結局、タロットカードを作って、占いができても、それはツェフェリ個人としての評価ではなく、[虹の子]に対する評価なのです。タロット占いができるようになったことはそれに拍車をかけたとしか言えないでしょう。
何のためにボクは頑張ってきたんだろう、とツェフェリは俯きました。赤紫のリボンが鶯色の中で揺らめきます。ツェフェリの目はそのリボンの裏地と同じ深い紫に沈みました。虚しさでいっぱいです。
けれど、ツェフェリは村を離れることなんてできなくて。どんなにひどいことを言う人たちでも、自分と同じ故郷を持ち、自分を慈しんでくれる人たちだから、ツェフェリには彼らを見捨てることなんてできなかったのです。
だから今日も祈るのです。
ある日のことです。
村を散歩したい、とシスターにねだり、付き添いのシスターを一人つけて村を歩いていました。村の人は一様に、ツェフェリの姿を目にすると、ありがたや、と拝んでいました。そんなことをしても、何か意味があるのかツェフェリには未だにわかりません。けれど、ツェフェリは偶像の義務として、人々に微笑みを振り撒いていました。
そんな中、とてて、と走ってきた男の子がいました。まだ年端もいかぬ男の子です。彼は確か、いつだったか、ツェフェリが出産の悩みを相談された一家に無事生まれた男の子でした。
「わあ、ほんものの[にじのこ]さまだぁ! ほんとにおめめきれー」
純真無垢な眼差しに、ツェフェリは笑って頭を撫でてあげました。どうやら男の子は勝手に家から出てきたらしく、後から追ってきた母親が、こらこら、と止めに来ました。ツェフェリは大丈夫ですよ、と苦笑します。
「いやぁ、その節は[虹の子]さまに大変お世話になりました。おかげでこんなやんちゃ坊主が生まれまして」
「元気なお子さんですね。嬉しいです」
自分の占いが、誰かの一助になれたのなら、それだけでも充分な誉でした。
そんな他愛もない会話をしていると、男の子がツェフェリを不思議そうに見上げました。
「うらないをするのは[にじのこ]さまだけなの? ぼくもやってみたい」
「こら」
そんなことを口にした息子を母親が叩きます。ツェフェリはあわあわと大丈夫ですよ、と男の子を弁護しました。
「ええ、ええ、今まで考えたこともなかったですが、
「まあ、そういうものなのですの?」
「はい、ボクだってまだまだ初心者ですし」
他の人がタロット占いをやることに興味を持ってくれることはツェフェリにとってはとても嬉しいことでした。親子は一緒に覚えてみよう、ということで、ツェフェリを師事しました。
ツェフェリはサファリに教わった通り、簡単な
「お姉さんがどうなるか占ってもらえませんか? 小さな占い師さま」
「! うん!!」
ぎこちない手つきで母親の手を借りながらカードを切っていく男の子。とても微笑ましい光景でした。
しかし……ツェフェリの耳には随分騒がしく聞こえました。何故なら──
ツェフェリの作ったタロットには、命が宿っているのです。一枚一枚に。
命を得た彼らは、喋ります。ツェフェリにしか聞こえない声で。
「ぬあーっ!! 主殿以外の手に触れるなぞあってなるものか!!」
「でーたんの言う通りだよ。ツェフェリンが少し手解きしただけの信仰心のない初心者とかどうかしてるよ。あとガキ臭い」
「それを貴方が言うんですか、[
もう、随分前から……サファリにタロット占いを教えてもらった頃から聞こえるようになったので、もう大体ツェフェリには聞き分けがつきます。最初に声を上げたでーたんと呼ばれている渋い声は[
サファリにも「何のこと?」と首を傾げられてしまったことから気づいていたのですが、やはりツェフェリ以外には彼らの声や音が聞こえていないようです。その証拠にシスターや親子は何事もないように動いています。
どうも、彼らは気難しいらしく、特に[
「主殿ー!! この小汚い
と、騒ぎ立てる次第。ツェフェリはもう苦笑いするしかありません。[
ですが、一度始めてしまったことを中途半端で終わらせるのはいかがなものかと思い、ツェフェリはスルーしました。
男の子が
「[にじのこ]さま、このおんなのひとのえは?」
「[
「しあわせかぁ~。じゃあいいカードだね」
[最終予想]の位置に男の子が[
[過去]は[
[現在]は[
[未来]は[
[周囲の状況]は[
[潜在意識]は[
[対応策]は[
そして[最終予想]の[
……考えすぎだろう、とツェフェリはにっこり笑って、いい結果が出てよかったね、と男の子の頭を撫でました。
──予感を無視しなければよかったのです。
その年、村は凶作に見舞われ、飢饉が起こったのです。とても[
つまり、あのときの男の子の占いは外れたのです。
けれど、占いなんて、所詮は運での勝負です。そう当てにする方がおかしいのです。……と、ツェフェリは思っていたのですが。
「ああ、やはり[虹の子]さまのタロットカードでは[虹の子]さましか占えないのですね」
一少女に過ぎないツェフェリを祭り上げるようなこんな村ではそのような考えにしかならないのです。
「そのカードはツェフェリさましか扱うことができないのですね。さすが、ツェフェリさまの作ったカード……ですから、今後、他者の手に渡してはなりませんよ」
「そんな……」
ツェフェリは[タロット絵師]になりたいのです。タロットカードを[作品]として売り物にする、それがツェフェリの夢で、サファリとの約束だというのに。
けれど、ツェフェリ以外に使われることがもうなくなったと知ったタロットたちの喜ぶまいことか。特に[
「我らは主殿によって生み出されたもの。主殿のためだけに、主殿の命さえあれば、どのような未来も正確に伝えましょうぞ」
気持ちは嬉しいです。けれど。
それじゃあ、絵師になるっていうサファリくんとの約束、守れないの、とツェフェリは思いました。
指切りまでしたのに、そんなのは悲しくて虚しいです。が、タロットたちはツェフェリの心情などつゆ知らずといった感じで喜んでいます。それを一概に責めることもできないまま、ツェフェリは[虹の子]ではないけれど、望んだわけではない[占い師]という称号を新たに得ました。それはツェフェリのアクセサリーであって、やはり、ツェフェリそのものの価値ではないように感じられました。
「主さま。残酷ですが、[占い]を信じる者にとって、大切なのは占いに使われる道具ではなく、占いの結果そのものの信憑性なのですよ」
[
──タロットカードの存在なんて、[道具]としての意味しかないのです。
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