第4話 タロットの絵
昼の祈りを終え、昼食を摂ってから、ツェフェリは本を読み耽りました。そこにはタロットカードの大アルカナの一枚一枚の意味が図解で載せてありました。
タロットカードの大アルカナは全部で二十二枚。
ナンバー〇[
ナンバーⅠ[
ナンバーⅡ[
ナンバーⅢ[
ナンバーⅣ[
ナンバーⅤ[
ナンバーⅥ[
ナンバーⅦ[
ナンバーⅧ[
ナンバーⅨ[
ナンバーⅩ[
ナンバーⅩⅠ[
ナンバーⅩⅡ[
ナンバーⅩⅢ[
ナンバーⅩⅣ[
ナンバーⅩⅤ[
ナンバーⅩⅥ[
ナンバーⅩⅦ[
ナンバーⅩⅧ[
ナンバーⅩⅨ[
ナンバーⅩⅩ[
ナンバーⅩⅩⅠ[
タロットカードは他にもサファリに教えてもらった[
昼食の片付けも終わった頃。シスターたちは教会の掃除に勤しんでいました。いつもの光景です。教会に暮らしている以上、自分もやるべきでは? とツェフェリは何度も思いましたが、そのたびにシスターたちに止められました。「このような雑事をツェフェリさまが行う必要はないのです」とのことです。やはり、ツェフェリは特別扱いされているのでした。
ただそこに在るだけのお飾りの自分から脱したいと思ったツェフェリの第一歩が、タロットカードの制作でした。
「シスター、紙と鉛筆はあるかな? カードを作りたいんですけど」
「ああ、昼間お話しになっていたタロットカードですね。よさそうな紙を購入しておきました。それと、鉛筆も上等なものを。ちょうど、[鉛筆屋]という鉛筆だけを売る不思議な商人が来ておりまして……色鉛筆も買っておきましたよ」
シスターはそう答えると、自室に一旦戻り、筆入れと紙の束を持ってきました。紙の束はちょうどカードのサイズにいいくらいに裁断されておりました。
「鉛筆屋? 確かに変わったお店だね。ありがとう!」
ツェフェリが受け取ると、シスターは微笑ましげに目元を綻ばせました。
さて、早速机に向かい、本と照らし合わせながら、ツェフェリはカードに絵を描き始めました。
「描くなら意味がわかりやすいようにちゃんと描いた方がいいよね。ちょっと難しいけど……デフォルメするとカードの力が弱まっちゃうかもしれないし」
自分関係のこと……[虹の子]云々の話は信じていないツェフェリでしたが、何も神様を信じていない、というわけではありません。物語に出てくるような妖精の存在だって信じていますし、物に宿る精霊の存在も信じているからこそ、物は大事に扱います。本も、借り物ですから間違っても折り目なんてつけません。ちゃんと栞を挟みながら読むようにしています。何かいいことがあったらとか、そういうことは考えていません。けれど、妖精さんだって人間と同じで、大切にしてもらえたらその方が嬉しいにちがいないと思うのです。
筆入れを開くと、色鉛筆が十二色入っていました。その他に鉛筆が五本入っています。使用頻度の高さを配慮しての本数でしょう。一本は削ってありましたが、その他は削られておらず、鉛筆削りが入っていました。よほどのことでなければ指を切らないで済む優れものです。
ここまで取り揃えてくれるとは、シスターには感謝しかありません。まずは本の絵を参考にしつつ、[
崖を歩く危なっかしい青年。肩には枝に括りつけた頭陀袋をかけています。崖の表現が難しく、早くも悩み始めてしまいました。
「むむむ……そういえば、絵ってあんまり描いたことなかったかも……」
ツェフェリは勉学に不便をしておらず、字の読み書きが簡単にできます。本を読むのは好きですし、たまに教会に来た村の人に神様の有難い御言葉を綴ったものを渡すこともあります。それらはツェフェリの[虹の子]としてのお仕事でした。[虹の子]の役目関係なしに何かをやるなんて、思えば初めてだったのです。
絵を描く……この近くにはいい先生もいないため、独学になるでしょう。ツェフェリはまずは絵の勉強をしてからタロットの絵を描くことに決めました。タロットの絵柄だけをメモして、本は返すことにします。それから、絵の描き方について書かれている本を代わりに借りてくるのです。
「シスター、また移動図書館に行ってくるよ」
「ええっ? 今は誰も手が離せませんのに……」
「一人で行けるってば。じゃあ、いってきます」
止める間もなく、ツェフェリは教会を飛び出しました。移動図書館の場所は覚えています。いつも同じ場所に停めているのですから。
移動図書館の管理人がツェフェリの姿を認めて驚きの声を上げます。
「[虹の子]さま!? お一人でなんて珍しいですね」
「あの、探している本があるの」
管理人は親身になってツェフェリの事情を聞いてくれました。絵の勉強がしたいこと、それに適した本はないかということ。
話を一通り聞くと、管理人はにっこりと笑いました。
「残念ながら、絵の勉強ができる本はこの図書館にはないんだ。けれど、これでも私は顔が広くてね、絵の先生なら紹介することができるよ」
そこでツェフェリは不思議そうに首を傾げます。
「でも、その先生はこの村にはいないんだよね?」
「ああ」
よくぞ聞いてくれた、とばかりに管理人は頷きました。腕を広げてまるでツェフェリを歓迎するかのようなポーズで告げます。
「君、外の世界に興味はないかい? 私なら君をこの村から連れ出して、外の世界を見せてあげられる。私について来ないかい?」
「えっ?」
「何も迷うことはないだろう」
管理人は饒舌になり、すらすらと述べます。
「この村は君を[虹の子]だ[神の子]だと奉って君を村に閉じ込めている。そんなのは窮屈じゃないかい? 私なら、そこから解放してあげられる。魅力的な話じゃないかい?」
ずいずいと詰め寄ってくる管理人の目に狂気を見て、ツェフェリは恐怖を覚えました。確かに村に勝手に奉られて、ツェフェリはそのことをあまりよく思っていませんでしたが、けれど、教会で毎日お祈りすること平和に村の人々が暮らす光景を嫌だと思ったことは一度もありません。それがツェフェリの日常で、全てだったから。だから、それを捨てるなんて、ツェフェリには考えられませんでした。
それに、この管理人が放つ雰囲気は異様です。まるで「ツェフェリを外の世界に連れていってあげる」というのを方便に、別の意図を隠しているような……言い様のない恐ろしさがツェフェリを襲いました。
「いや……」
ツェフェリは無意識に拒絶の言葉を吐き出していました。
「いや、嫌! ボクは今がいい。今のままがいいんだ!! 絵の勉強なら自分でする。だから……」
放たれたツェフェリの声はか細いものでした。
「だから、ボクを連れて行かないで……」
けれど、管理人は不敵に笑い、ツェフェリの細い腕を捕まえてしまいます。
「そんなことは仰らずに……私たちの下に……私たちの[虹の子]になってくださいよ」
嘯く声が背筋に悪寒をもたらし、ツェフェリは懸命に手を振り払おうとします。けれど、ツェフェリはまだまだか弱い女の子。相手は成人男性です。力の差は歴然でした。
「いやっ! いやぁっ!!」
馬車に閉じ込められそうになったそのとき。
「やめなよ」
細波のような声が響き渡りました。
すん、と透き通るその声の持ち主は雲のように白い髪の奥に翠と碧を混ぜ合わせたような強い輝きを持つ瞳を持っていました。
そう、行商人の子のサファリでした。
「どうせ、自分の街に連れていって、ツェフェリを結局閉じ込めるんでしょ? それのどこが救いだっていうの? 今と何も変わりないじゃない。それに、ツェフェリが嫌だって言ってる。放してあげなよ」
「ガキが口を出すな!」
「……ガキじゃないなら、口を出していいんだな?」
管理人の言葉尻を取ったのは、黒人の男性でした。サファリの父親。
「黒人が何をほざく?」
「お前こそ、何をほざいているんだ?」
サファリの父親は淡々と述べました。
「醜いな。宗教とは。お飾りがないと体裁を取り繕えないというわけだ。お粗末な商売だな」
二人を庇うように前に出たサファリの父親は二人に逃げるように合図をしました。
それを悟ったツェフェリはサファリと共に全力疾走で教会へ帰りました。
落ち着いたところでサファリがツェフェリの手を握ります。
「絵が描きたいなら、僕が教えるよ」
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