第3話 タロット絵師になりたくて

 サファリが教えてくれたページワンは簡単だけれど、面白い遊びでした。

 まずは山札を切ってプレイヤーに五枚ずつカードを配布します。それから山札は真ん中に置き、一番上のカードをめくって場に出します。そのカードと同じ絵柄のカードをそれぞれ出して、数字の大きかった方が次に自分の手札から好きなカードを出すことができ、それを繰り返して、最初に手札を空にした方が勝ち、というゲームです。これの面白いところは数字の大きさ順が基本的なカードの強さになるけれど、どの絵柄も一番強い数字は一、エースと呼ばれるカードであることです。また、そんなエースを手札が最後の一枚になるとき──[ページワン]と唱えるときには出してはいけないというルールがあります。もちろん、上がりの合図である[ノームサイ]を唱えるときも出してはいけません。最強のカードであるのに、扱いが難しいところも、ゲームを面白くしているといっていいでしょう。

 二人でやっても充分に面白いゲームです。また、最初の手札は五枚ですから、必ずしも四種類全部のカードが揃っているとは限りません。出された絵柄が手札になかった場合は、その絵柄が出てくるまで、山札から新しいカードを引き続けなければなりません。これは心理戦にも転用できます。なんと奥深いゲームなのでしょう。

「すっごい楽しい!!」

「それはよかった」

 サファリの気遣いもあってか、何回か目で引き分けになっていました。ツェフェリにとっては勝っても負けても面白いゲームなので、回を重ねるごとに楽しくなっていきます。

 そういえば、と何回目かが終わったところで、ツェフェリは避けられたカードに目を向けました。

「さっき、そっちのタロットは占いができるって言ってたよね? どんな風に占うの?」

「ん」

 サファリは五十二枚のカードをまとめてから、今度はそちらを脇に避け、避けていた二十枚ほどのカードの方を広げて見せました。

「これはタロットカードの中でも[大アルカナ]と呼ばれる種類のカードたちで、一枚一枚に意味があるんだ。まあ、さっきのやつも一枚一枚に意味がある[小アルカナ]と呼ばれるものだから、一緒に使って占うかな」

「カードの意味……」

「うん、解釈リーディングっていうんだけど」

 ツェフェリが乗り出すように話を聞こうとしたところで、「ツェフェリさま」と水を射すように声がかかります。シスターが買い物かごに商品を入れて立っていました。

「そろそろ参りましょう。買い物が済みましたので」

「はぁい」

 もう少し詳しく聞きたかったのだけれど、移動図書館はあまり長期滞在はしてくれません。外の本が読める貴重な機会を逃すわけにもいきませんでした。

「この店はしばらく滞在する予定だから、またいらしてください」

「はい、ありがとうございます」

 店主とシスターのやりとりに、ツェフェリは内心で喜びました。黒人の店主に渋い顔をしていたシスターが店主と親しげに話しているのもそうですが、またこのお店に来られるかもしれない、というのがツェフェリには何より嬉しかったのです。また、サファリに会えるのですから。


 店からの帰り、ちょうど昼ということもあって、昼食のために帰った人が多いのでしょう、来たときより人が疎らになっていました。

 シスターが問いかけてきます。

「ああ、私たちも戻ってお祈りをしないといけませんね。ツェフェリさま、読みたい本はお決まりですか?」

 すると、ツェフェリは満面の笑顔で、瞳を明るいオレンジに輝かせ、即答しました。

「タロットカードの本にする!」

「タロットカード? ですか」

 少し意外そうな声を上げてから、空を見つめ、シスターは先程のツェフェリを思い出す。

「ああ、さっき遊んでらしていましたものね」

「それもなんだけど、占いができるっていうから」

 ツェフェリが付け足した言葉にシスターはまあ! と目を見開いた。

「ツェフェリさまが占い……きっと神の祝福とご加護に恵まれることでしょう」

「そ、そう……」

 神様と結びつけられ、ツェフェリは少し残念そうにしますが、タロット占いに興味を持ったのは確かです。

 けれど、ツェフェリはそれよりも、気にいっていることがありました。ちょっとだけサファリが見せてくれた大アルカナの絵柄。あれがとても神聖なものに感じられたのです。

 ──描いてみたい。ツェフェリはそう考えていました。ああいう、神聖なものを描いて、民に占いという形で幸福を届けられたなら、ツェフェリはただのお飾りではない一個人になれるような気がしていたのです。

 移動図書館に行くと、お洒落な馬車がありました。

「見覚えのない馬車だね」

「そうですね。けれど、馬車を動かせるということは、かなりの身分の方なのでは?」

「だよね……」

 この世界において、人々の主な移動手段は徒歩です。行商人でも馬車を持っている者は少ないのです。

 地主という存在でもなければ、馬車は買えません。ですが、ツェフェリたちの村の近くにそんなに大きな街はありません。地主がいないが故に、ツェフェリたちの村は貧しい生活を余儀なくされているのです。まあ、ツェフェリのいる立派な教会から察しられる通り、かつてはこの土地にもそれなりの権力者がいて、神様の存在を重んじていたのですが。

 ツェフェリとシスターは恐る恐る移動図書館を覗き込みました。移動図書館は大きな馬車の中が図書館になっています。何人かの御者が交替で動かし、休みがてら街や村で本を貸して回るのです。

 馬車の中を覗くと、中には身なりのいい女性がいた。紫水晶のような妖艶な輝きを放つ長髪はシンプルに一つに高く括ってあります。身なりがいいといっても、着ているのは狩人の装備です。腰に細身の剣を提げ、背中には矢筒を負っています。

「こんにちは……」

 恐る恐るツェフェリが入っていきます。ツェフェリは移動図書館が来るたびに毎度訪れているため、図書館には慣れているつもりでしたが、明らかに身分の高い人がいる空間に入るのは初めてで、緊張しました。何せ、村の中ではツェフェリが一番偉いのですから。きちんと敬語が使えるか、少々不安でした。

「ん、客か」

 紫の髪を揺らめかせてこちらを振り向いたのは正に麗人。髪と同じ紫水晶の目には万象を見抜いてしまうような不思議な力強さが見えました。声もただ大きい男性などとは違う、力と自信に満ち溢れたものでした。自分より目下の者と普段から相対しているというのが声からだけでもわかります。

 ただ、やはり明らかに見たことがありません。こんなに鮮やかで艶やかな人物なら何がどうあっても簡単に忘れたりしないでしょう。それによく見ると、外で見たお洒落な馬車に刻まれていた紋章が女性の服にも刻まれていました。どうやら、あの馬車の主は彼女のようです。

「ええと……お初にお目にかかります。この村の者です」

 ツェフェリはぎこちなく礼を執りました。地主であろう人物と対面するような畏まった格好ではありませんが、挨拶は大事です。

 そんなツェフェリの様子に女性はからからと笑いました。

「そう固くならずとも良い。ここでは私が余所者なのだから。さて、お主が噂に聞く[虹の子]とやらか。初めて見たが、確かに面妖な目を持っているようだな。面白い」

 すたすたと女性が近づいてきて思わず身動ぎます。どうも距離感の近いフランクな方のようです。その距離感の近さが慣れなくて、ツェフェリは身を固くしてしまいます。

 そんなツェフェリの様子に女性は苦笑しました。

「おっと、自己紹介を忘れていたな。こういうときはそれから始めねばならぬ、と不肖の弟子に口五月蝿く言われていたが、その意味がようやくわかったよ。

 警戒するな。私は一つ山の向こうの街で地主をやっているハクアという。ここに移動図書館が来たという話を聞いて、ちょうど探している本があったので来てみたのだ」

「えっ、わざわざ山向こうからですか?」

 山を越えるというのはとても危険なことです。野生の動物はいるし、時には盗賊が出ます。そんな危険を冒してまで本を探しに来るとは。

 ツェフェリの疑問に気づいたハクアが背中の矢筒を示します。

「これでも狩人をやっていてな。腕前はまあ、それなりなのだ。弟子がいると言ったろう? そいつは狩人の弟子でな。まあ、それくらいには腕が立つ」

「ほえー、地主さまってすごいんですね」

「私がこうなだけだ。地主には色々いる。まあ、縁があれば会うこともあるだろう。金の巡りをよくして財政を重んじる地主の方が多い。私はレアケースというやつさ」

 そこで話題を切り替えるように、ハクアが手にしていた本を軽く持ち上げます。

「何か本を探しに来たのだろう? 私のことは気にせず探すといい」

「ありがとうございます」

 と、会話を切りかけて、ふとツェフェリはハクアの手にしている本を目に留めました。

「ハクアさまも、占いの本を?」

「おや、[虹の子]殿も占いに興味があるのか?」

 ツェフェリは先程知ったタロットカードについて興味がある旨を話しました。ハクアは親身になって聞いてくれました。

「ふむふむ、タロットカードを描きたいとな。タロットカードを使う身としてはとても有難い限りだ。それなら、タロットカードの基本の本がいいだろう。ほれ」

 ハクアは本棚から一冊を取り出し、ツェフェリにぽん、と授ける。タイトルには「タロットの絵柄と絵柄の持つ意味」とありました。まさしく、今ツェフェリが欲しいと思っていた本です。

「あ、ありがとうございます!!」

「いやいや、大したことはしていないさ。こう見えて私は占いの道もかじっているんだ。そこそこ有名でもある。だが、道具なくして占いは成り立たぬ。だから、カードを作ろうというその意気が私には嬉しいのだよ。少しでも力になれたのなら何よりだ」

「ありがとうございます」

 ツェフェリはハクアが見繕ってくれた本を大切に抱え、借りていきました。

 外で待っていたシスターが驚いていました。

「誰かと思えば、占い師として高名なハクアさまではありませんか。そんな方と縁を持てるなんて、さすがツェフェリさまです」

「あの人すごい人なんだ」

「ええ、それはもう。的中率が半端じゃないと、占い界隈では有名な方ですよ。よかったですね、ツェフェリさま」

「うん」

 帰ったらすぐ読もう、とツェフェリは本を抱え直し、教会に帰っていきました。

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