第2話 タロットとの出会い

 久しぶりに出た村は温かく感じられました。

「今日はなんだか人が多いような……」

 ツェフェリが辺りを見回します。村は普段はもっと閑散としているというか……いつもはこんなに人が溢れていません。けれど、今は人に溢れています。あちこちに店が開いていて、人の行き交いが多いように感じられます。いつもは人気のない寒村といった印象なのに、人で賑わっていて、なんだか新鮮な感じです。

 商店もいつも見るより活気づいているように感じられます。とてもいいことなのですが、ツェフェリは戸惑って、辺りを見回すごとに目の色を紫から青へ、青から緑へ、緑からオレンジへ、といった感じでちらちらと変わっていきます。

 お付きのシスターが説明します。

「今は行商人が来ていますからね。値は張りますが、この村ではとても手に入らないような代物を取り扱っているので購入のために貯金をしてこのときを待っている者も少なくはないのです」

「ほえー」

「それに、今日は移動図書館も来ているみたいですね」

「図書館!!」

 ツェフェリは目を輝かせます。お付きのシスターは目元を綻ばせ、後程行きましょう、と告げた。ツェフェリの喜ばんことか。

 ツェフェリは教会で育てられ、ある程度教養を身につけていました。文字を読むのが得意で、読書家なのです。

 本はツェフェリの知らない[外の世界]を教えてくれます。色鮮やかなその情景が、ツェフェリには新鮮で、とても楽しい空想に耽ったり、物語の中に入り込むような錯覚を抱きます。それが面白くて仕方がないのです。だから、ツェフェリは本が大好きなのです。

「買い物が終わりましたら、寄ってみましょうか」

「わーい」

 嬉しそうに笑う無邪気なツェフェリの目は澄んだ空色になっていました。

 行商人とは、街から街へ渡り歩く商人です。なんでも品揃えが良い代わり、割高なのだもか。

 ツェフェリと教会の人々は献金で暮らしています。決して安定した収入とは言えませんが、[虹の子]であるツェフェリを有難がって献金をしてくる人は多く、生活にはさして支障なく暮らせています。

 さて、行商人の話に戻りますが、割高でも人が賑わうのには理由があります。その一つが、「この村では手に入らないもの」を持ち込んでくることです。それはお酒であったり食べ物であったり、道具であったり、様々ですが、やはりこういう貴重な機会を逃したくないと思う人は多いようです。

 シスターからはぐれないように人混みを掻き分けながらツェフェリが進んでいくと、村の隅に追いやられている行商人の荷車がありました。なんとなく目を惹かれてそちらを見ると、立て付けの悪い看板に[行商人 カヤナ=ベル]という文字がありました。その中には寡黙そうな肌の黒い男性がいます。

 シスターがそれに気づき、顔をしかめます。

「黒人が店なんて出してるんですか」

 ツェフェリはそこに宿った嫌悪の感情に少し悲しくなりました。

 黒人とは、この世界の中では肌の色が黒い人のことを差別して言う言葉です。差別のために、黒人の各地での待遇は悪く、黒人ならばそれだけで殺してしまうような地域まであるとか。とても悲しい話でした。何故肌の色が少し違うくらいでそんな差別をするのでしょう。ツェフェリは黒人の話には人間の醜さが詰まっているように感じられて、好きになれません。

「シスター、あのお店がいい」

「え、ツェフェリさま?」

「黒人も何も関係ないよ。ボクたちは教会の人間で神様に仕えている。黒人にだって神様はいる。神様は誰にでも平等に存在する。違う?」

 ツェフェリは教会でいつも読んでいる教典の一節を淀みなく唱えました。それを出されると、シスターも神様に仕える身。強くは出られません。

「わかりました。混んでいない方が買い物も早く済みますからね。ツェフェリさまが本を選ぶ時間が増えていいです」

 なんだか、言い訳めいています。けれど、ツェフェリはそれを責めることはしませんでした。ずっと続けてきたことをいきなり変えるなんてできないのです。少しの言い訳で解消されるなら、それ以上に何を求めるでしょう。

 [カヤナ=ベル]の看板の方に向かうと確かに人が少なくなっていきました。人混みに揉まれるよりは、というシスターの意見も納得です。人の波から解放されて、少し息苦しさが取れたような気がします。

 シスターと手を繋いでとてとてと歩いていくと、黒髪黒目の黒人男性の脇に白髪の男の子がいました。男性とは似ても似つかない白磁の肌に海のようなあおみどりの狭間をいくような美しい瞳を持つ男の子です。ツェフェリはその瞳に惹き付けられました。

 じっと観察……する前に店主と思われる黒人の男性が声をかけてきました。印象とは違い、朗々とした声で。

「ようこそ、[行商人カヤナ=ベル]へ。何か御入り用でしょうか。閑散としてはいますが、日用品の品揃えなら、そんじょそこらの店に劣らないと自負しております」

 店主の言う通り、そこには様々なものが揃っていました。いつも使うような日用品から、何に使うのかわからない壺、プレゼントによさそうなアクセサリー、コレクターが喜びそうなアンティークまで扱っています。店主の言も言い過ぎではないようです。店主が黒人でさえなければ、もっと客が集まったことでしょう。

 シスターは品揃えの良さもさることながら、一つ一つの質の良さにも目を見張り、じっくり眺めながら、買う品を選んでいきます。

 ツェフェリは、まだ物を見る目というのが育っていないので、シスターが選ぶものを脇で見ながら、来てからずっと気になっている自分と同い年くらいの子どもに目を向けました。

 ツェフェリは好奇心のままに声をかけます。

「キミ、名前は?」

 無表情でぼーっとしているように見えた男の子に話題を振ると、男の子はツェフェリを見据え、じーっと眺めてから名乗ります。

「僕はサファリ。サファリ=ベル。店主の息子」

 話題を発展させる気がないのか、そこで会話を打ち止めにしてしまうサファリ。ツェフェリはええとええと、と戸惑いながら、なんとか二の句を継ぐ。

「ボクはツェフェリ。よろしくね」

「うん。噂の[虹の子]さまだよね」

「その呼び方はよしてよ」

 ツェフェリは少し悲しくなりました。[虹の子]という肩書きがツェフェリを普通から遠ざけているように感じられるのです。この村の人なら諦めもつきますが、よそから来た人にまでそういう扱いを受けると、なんとも言えない虚しさが胸を埋めていきます。

 ツェフェリの目が伏せられると、サファリは目を丸くしました。それもそうでしょう。空色だったツェフェリの目が瞬く間に暗い紫色に変わったのですから。

 慰めになるかどうかはともかく、サファリは率直に言いました。

「噂通り、綺麗な目だね」

 その言葉にツェフェリは狐につままれます。ツェフェリはこのころころと色の変わる目を[特別な目]と言われたことはあっても、[綺麗]と褒められたことはなかったのです。

 神様がお与えになった目なのだから綺麗で当然……なのかもしれませんが、ツェフェリが直接言われたのは初めてでした。新鮮すぎて、 まじまじとサファリのことを見つめてしまいました。

 その海を思わせる瞳の方が美しく、尊いようにツェフェリには感じられました。変容のない固定された色が少し[羨ましい]気がしました。

「あのお姉さんの買い物にも時間がかかりそうだから、よかったら遊ばない?」

 そう言ってサファリが取り出したのはカードの束でした。遊戯といった娯楽の類にはあまり触れて来なかったツェフェリはカードで何をするのかわからず、疑問符を浮かべました。

「もしかして知らない? これはタロットカードって言って、カードゲームをすることができるんだ。初めてなら、簡単なやつがいいよね。ページワンとかがいいかな」

 何十枚とあるカードの束から二十枚ほど抜きながら、サファリが説明する。

 タロットカードには主に四種類の絵柄があり、[ソード]、[金貨ペンタクル]、[ワンド]、[聖杯カップ]に分かれるそうです。それぞれの絵柄に十三枚ずつカードがあり、合計五十二枚でゲームをします。

「本で読んだことはあるけど、本物を見るのは初めてかも」

「ツェフェリは結構箱入りなのかな。まあいいや。僕も暇で困っていたんだ。やってみない?」

「うん!!」

 ツェフェリは元気よく頷きます。それもそうでしょう。同年代の子どもと遊ぶのなんて初めてですから。

 ツェフェリは[虹の子]──神様が遣わした子ども、という認識がある以上、普通の子どもとして扱ってはもらえませんでした。普通の子と遊ぶことなんてできませんでした。普通の人から見たときに雲上人であるように振る舞わねばならなかったのです。

 こうして、思ったより気さくに話しかけてくれるサファリの存在をツェフェリは嬉しく思いました。

「あれ? でもそっちの避けたカードは使わないの?」

 二十枚ほど避けられたカードをツェフェリが示します。すると、サファリはああ、これね、と説明してくれました。

「こっちは大アルカナって言って……[ソード]でも[金貨ペンタクル]でも[ワンド]でも[聖杯カップ]でもない絵柄のカードの集まりなんだ。ゲームには使わないよ」

「じゃあ、何に使うの?」

 サファリは少し目元を綻ばせて告げました。

「占いだよ」




 これがツェフェリとタロットカードとの出会いでした。

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