16.新しい生活

 あれから数日が経った。ケイとエルリアの生活は、おおよそ順調に始まったと言えるだろう。


 エルリアはまだ、ケイがいることに慣れないようだが……。




「エルリア、おはようございます。朝食の準備、できてますよ。」

「お、おはようございます……。」


 エルリアは、ケイに朝の挨拶をされる度に驚いている。


 エルリアの寝起きはそんなに悪くは無いが、頭がはっきりしてくるまでは少し時間がかかるのだ。ジュティアと暮らしていた時も、起きるのはいつもエルリアの方が先だったため、起きてすぐに話しかけられるのはなかなか慣れそうにない。


「朝食、ありがとうございます。おいしそうです。」


 食事の準備や掃除などの家事はほとんどケイに任せている。エルリアは仕事と研究で手一杯のため、やっぱり家事をする時間が取れないのだ。


 そしてエルリアは、これを当たり前と思わないように、ケイも対等な存在であると示すために、毎回『ありがとう』と感謝の気持を伝える。


 自分にも、ケイにも、勘違いをさせないように。


 


 エルリアの食事が終われば、ケイの食事の時間だ。


 食事とはいっても、何かを食べるわけではない。エルリアがケイの額に手を当て、魔力を流すのだ。これでケイは燃料を補給する。


「ありがとうございます、エルリア。エルリアの魔力は心地いいですね。」


 ケイはいつも、この時間はうっとりした顔をしてリラックスしている。常に完璧なケイには珍しい姿だ。エルリアも密かにこの時間を楽しみにしていた。



 その後はそれぞれ、自分の仕事をする。エルリアはポーションの作成。ケイは掃除や買い出し、昼食の準備などだ。


 一度働きすぎてフラフラになったエルリアは、仕事の量を調節するようになった。家事をケイに任せているのもあって、今ではたまに自分の研究の時間も取れている。



 この生活が始まった最初の日に、エルリアはケイをつれて街に出た。街の案内と、ケイの顔見せを兼ねて。


 誰にでも笑顔で、愛想の良いケイは初日から街の人に気に入られていた。もちろん、人間かどうかを疑うようなもの、一人もいない。誰もがケイを受け入れ、可愛がってくれている。


 ジュティアのアドバイス通り、ケイは記憶喪失という設定で通している。


 ケイが世間知らずでも、常識はずれなことをしても、みんな気にせず優しく教えてくれる。ケイも一度教えられたことは二度と間違えない。誠実な青年として、すでに街の人気者だ。


 人付き合いの苦手なエルリアは未だに上手く街に馴染めていないというのに……。







 その日、いつもの日常とは少し違うことが起きた。


――コンコン


 突然の来訪者だ。予定のない客人にエルリアは動揺する。


「私が出ますよ。」


 ケイがいてくれてよかったと改めて感じるエルリア。


 ケイが扉を開けると、そこには四十代くらいの少しふっくらとした女性が立っていた。


「どちら様でしょうか?」

「こんにちは。突然ごめんなさいね。私は、街で食堂をやっております、マリアと申します。実は、錬金術師様に少しご相談があって……。」


 マリアと名乗った女性は、困った顔をしてケイの後ろに立っていたエルリアを見る。


「……中へどうぞ。」


 仕事の依頼なら話は別だ。エルリアは気合いを入れてマリアを中へ促す。




 マリアの依頼は、コンロの修理だった。


 コンロが動かなければ、食事を作ることができない。食事を作ることができなければ、店を開くこともできない。


 マリアさんはかなり切羽づまった様子だった。仕事ができないと、生活ができなくなる。エルリアも、早くなんとかしてあげたい、とすぐに行動に移した。


 


「ありがとうございます……!本当に助かりました!まさかこんなすぐに直してくださるなんて……。エルリアさんがこの街に来てくださって、本当によかった……!」


 サッと直してしまったエルリアの腕に、マリアは心から感謝する。これなら今日の営業にも間に合いそうだ。


 エルリアが来るまで、この街には錬金術師がいなかった。


 仕事道具が壊れてしまえば、隣町の錬金術師に依頼するか、新しいものに買い替えるかするしかなかった。早くても一週間はかかる。それまでの間、仕事ができないのだ。


 マリアは仕事が大好きだし、街の人たちもこの食堂を愛してくれている。臨時休業なんてしたくなかったマリアは、エルリアに感謝してもしきれないほどの思いだ。マリアは、少し大げさじゃないか、と思うくらいに喜んでくれた。



 エルリアは、直接お客さんの顔を見て、声を聞くのは初めてだった。


 自分の仕事が、こんなに人を笑顔にし、こんなに感謝されるなんて。


 自分の仕事が認めてもらえたようで嬉しくなるし、誇らしくもなる。


 これからもより一層頑張ろう、と気合いが入った。


「……直って良かったです。では、私はこれで。」


 報酬をもらい、食堂を後にする。


「本当にありがとう!よかったら、ご飯、食べに来てね!サービスするわ!」


 エルリアに顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る