15.ジュティアの焦燥

 エルリアの家から逃げるように帰ってきたジュティアは、自室のベッドに座って頭を抱える。


 最後になって不自然な態度を取ってしまったことには気づいていたが、今のジュティアにはそんなことどうでもいい。




 まさか、自分が譲り渡した古代遺物が、動き出してしまうなんて……。




 さすがのジュティアでもこれは予想外だ。エルリアに古代遺物を譲ったのは、本当にジュティアが古代遺物に興味がなかったことと、エルリアが古代の資料を集めているような行動を見ていたから。後は、ネタ的な意味であげてみただけだ。エルリアの研究に役立つならそれでいいし、いらないなら放置しても廃棄してもいいものだと思っていた。


 動かすことができるなんて、一ミリも思っていなかった。


 もし、このことが世に知れ渡ってしまえば、エルリアは確実に狙われる。


 一生、古代遺物の研究のために時間を費やす生活を強いられるか、無理やり貴族の地位を与えられ、一生、国に縛られるか……。


 それだけならまだ良い方だと言えるだろう。


 最悪の場合、口封じのために殺される可能性も、悪事を働いているような連中に連れ去られる可能性も、充分にあるのだ。


 自分のせいでエルリアが危険に晒される可能性がある。ジュティアはその事実に耐えられなかった。



 それに、エルリアは気づいていないようだったが、ケイはやばい。色んな意味で。

 


 まず、ケイが我々の言語を理解できるはずが無いのだ。ましてや、話すことなんて……。


 ケイが生きていたのは、おそらく一万年以上前。今の人類が繁栄する前のはず。そうでなくとも、時代を千年も遡れば、今の言語とはどこかしら違うものだろう。


 違う時代の言語を完璧に理解するなんて、こんな短時間で出来るはずがない。


 考えられるのは、三つ。

 ひとつは、眠っているように見えて実はずっと起動したままだった。そのため、人の言葉がずっと聞こえていた。長い時間その言語を聞いていたことによって理解できるようになった。

 ふたつめは、ケイには全ての言語を理解できる能力がある。魔法使いであっても不可能だと言われているそれを、ケイが持っている可能性。

 最後は、ケイの生きた時代の言語と、今の言語が完全に一致している。とはいっても、これは限りなくありえない。上の二つのほうがまだ理解はできるだろう。


 どれありえない考えだとは思うが、そうでも思わないと説明ができないのだ。現代の人間と、古代遺物が何の違和感もなく会話できていることが。



 そして、ジュティアがエルリアの家に入った瞬間に感じた殺気。ジュティアのことを、射殺すような目で睨みつけ、慎重に何者か見極めていた。


 エルリアがジュティアを心から信用しているような態度を見せたため、その目から殺意は消えたが、エルリアに害を与えるような人物であった場合、容赦なく殺るだろう。


 あれは、戦闘もできる。冷たくて、静かな殺気。おそらく暗殺者のような戦闘スタイル。かなりの手練だ。


 なぜそんなことまで分かるのかと言えば、それはジュティアが冒険者でもあるからだ。ジュティアは新薬を開発するにあたって、素材屋にも売っていないような素材を求めることがある。依頼して取ってきてもらうのはお金もかかるし、傷みも気になる。そこでジュティアは、もともと体を動かすことが好きだったのもあって、自分で素材を集めるようになったのだ。


 そのおかげで、大体の相手の力量は計れるし、動き方や殺気の出し方、目線などで戦闘スタイルまで見分けることが出来るようになっていた。


 ケイが戦えることはエルリアのそばにいるには役に立つ能力だ。ケイはすでにエルリアを主と認識している。守る対象として見ているのだ。敵であれば恐ろしい能力だが、その力を存分に使って、エルリアを守ってくれるのならありがたい。



 しかし、古代遺物が戦う事もできると知られれば厄介だ。

 ケイが言っていたような戦闘用ゴーレムとして戦争に利用しようと考えるもの、危険だと言って全ての古代遺物を排除しようとするもの。どちらにせよ、国が荒れる。


 ケイ以外の古代遺物が動き出すことはなかったとしても、人々はこの無意味な争いを続けるだろう。




 そんな力が無くとも、ただ人間と同じように、違和感なく動いていると言う時点でとんでもないことなのに。




 何にせよ、ケイのことを知られる訳にはいかない。


 まだ出会ったばかりのケイに情がわいた訳では無いが、ケイがいなくなったらきっとエルリアは悲しむ。エルリアは優しい子だから、すでにケイに情が湧いているだろう。


 悲しむエルリアの顔を想像するだけで、ジュティアの心は酷く痛む。


 ジュティアはエルリアのことを目に入れても痛くないほどに可愛がっているのだ。……端から見れば、そうは見えないが。誰がどう見ても、愛弟子をからかって遊んでいるようにしか見えないだろう。実際、それも事実ではある。



 ジュティアは、大切な一番弟子であり、娘のように思っているエルリアを守るため、動き始めることにした。

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