14.願い

「そもそも、ケイはどうして私のことをマスターと呼んでいたのですか?」


 ケイは話す時はしっかり目を見て話してくれる。そのためマスターと呼ばれても自分のことだと分かったが、なぜそう呼ぶのか理解はしていなかった。


 目が覚めて最初に見た人間だからか、他に人がいなかったからか……。


 落ち着いてきたところで、ようやくその疑問が湧いてくる。こういったことは、一度気になればその後もずっと気にしてしまう。早めに聞いておくのが良い。


「本来なら、ゴーレムの起動前には魔力登録が行われるのです。そこで登録された魔力の持ち主がマスターとなります。もちろん、再登録も可能です。……しかし、予想外の事態が起こった場合、魔力登録の時間すら惜しい場合には、魔力登録される前に起動されることがあります。その場合は、起動させた人物を仮のマスターとして定めるのです。マスターがいなければ、我々は動くことすらできませんから。エルリアは今、その仮のマスターとなっている状態です。」


 意図していなかったとは言え、ケイを起動させたエルリアが仮のマスターとなった。では、仮のマスターと、登録したマスターは何が違うのだろうか?


「仮のマスターの場合は、一度ゴーレムが活動を停止してしまえばその契約は切れますが、登録を行ったマスターの場合、何度活動停止してしまったとしても契約は切れません。とは言っても、ゴーレムの活動が停止するのは、燃料切れの時か、壊れてしまった時、マスターが強制終了させた時くらいですが。登録したマスターとの契約が切れるのは、正しい手順で登録破棄を行うか、マスターが亡くなってしまった場合のみです。……ちなみに、私は登録破棄の方法を知りません。なので、もし登録したくなった場合は、よく考えてからにしてくださいね。私はあなたから一生離れられなくなりますから。」


 今、ケイの笑顔が黒く見えたのだが、きのせいだろうか……?




 ともかく、今の私はケイの仮のマスターと言う状態。できればその契約を解除したかったが、マスターがいない状態ではケイは動けないらしいからしょうがない。


 だけど、これだけは言っておきたい。


「ケイ。私はあなたに命令などはしたくありません。というか、しません。お願いをすることはあるかもしれませんが、もちろんそれは断ってくれてもいいのです。あなたが、あなたの意思でやりたいと思ったことをしてください。嫌なことは拒否していいし、たまにだったらサボるのもいいですね。もちろん、ケイから私に何かをお願いするのもいいですよ。」


 エルリアがマスターと呼ばれるのが嫌な理由のひとつはこれだ。


 今のケイは、エルリアがお願いすれば何でもやってくれそうな勢いである。それがケイの役目であることは、頭ではわかっているのだが、エルリアはそんな奴隷みたいにケイを扱うのが嫌なのだ。


 ケイが嫌がることはやらせたくないし、しっかりと休息もとってほしい。


 この時エルリアは、自分がケイを人間として見ているのだと気がついた。


「……そうですね。ケイには、人間らしい生活をしてほしい。もちろんケイが嫌だと言うなら無理強いはしません。嫌なことは嫌だと言ってください。……決めました!私は、ケイが幸せだと思えるような生活を目指しますね。」


 エルリア自身も、どうしてここまでケイのことを考えているのかは分からない。話したのなんて昨日が初めてだ。


 ただ、ケイから過去の話を聞いて、酷いと思った。ゴーレムに仕事を押し付け、堕落した生活を送る人間に失望した。


 ケイは無表情に淡々と語るだけだったが、エルリアにはそれが、過去を思い出したくないと言っているような、辛く苦しい思いを必死に心の内側に押し込めているような、そんなふうに見えたのだ。


「ありがとうございます、エルリア。私のことを考えてくれているのですね。……最初は難しいかもしれませんが、自分の気持ちを言えるように頑張ってみます。まずは、自分がどう感じているのかを考え、理解するところからですが。……私も、幸せという気持ちを、感じてみたい。」


 最後の言葉を聞いて、やっぱりケイには心がある、感情がある、とエルリアは確信した。そして、決意を固める。




 エルリアの願いは、ケイが幸せだと思えるような生活を送ること。

 ケイの願いは、自分の気持を自覚し、幸せを感じること。


 この日、不器用な二人が幸せに向かって歩き出す第一歩を踏み込んだ。

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