10.エルリアの戸惑い

 翌朝、目が覚めたエルリアは昨日の出来事を思い返し、頭を抱える。


 エルリアは自分の持つ能力のお陰で、しっかりと昨日の出来事まで記憶していた。お世話になっている業者の男性にも、昨日始めて会話した同居人にも醜態を晒してしまったことに、エルリアの顔は火を吹きそうなほど真っ赤になる。




――コンコン


「マスター、おはようございます。ダイニングに朝食の準備ができております。冷めないうちにいらしてください。」


 昨日、たっぷりとケイの有能ぶりを実感したエルリアだったが、エルリアの目が覚めると同時に朝食が用意されていることに、自分の認識は甘かったと考え直す。これは巷に言う、スパダリというものでは……?




 着替えて顔を洗い、ダイニングに向かったエルリアは、そっと中の様子を伺い、声をかけた。


「お、おはようございます、ケイ。朝食の準備、ありがとうございます。……おいしそう。」


 先に席に着いていたケイの正面に座り、エルリアは朝食をいただく。メニューは、パンケーキにスクランブルエッグ、ソーセージ、サラダ、コーンポタージュ、ヨーグルトだ。ホテルの朝食のようなメニューに、目が釘付けになる。


 料理はしばらくしていなかったエルリアだったが、保冷庫にはたんまりと食材が溜め込んであった。保冷庫には保存魔法が掛けられており、中に保管されている食材は全て三ヶ月以上保存が効くのだ。買い物はまとめてするタイプのエルリアは、基本的に保冷庫をいっぱいの状態にしている。


 朝食を食べ終え、片付けも済ませた後、ふたりはリビングのソファに向かい合って座っていた。


「昨日、マスターがおっしゃった“どうして突然動きだしたのか”という質問ですが、お答えします。私の中にマスターの魔力が溜まり、私は動けるようになりました。私は、燃料不足のため眠りについたのです。その燃料が補充されたため、再び動きだした。ただ、それだけです。」


 先に口を開いたのはケイだった。


 ケイの燃料となるのは魔力らしい。昨日、エルリアが力を吸われたように感じていたのは、魔力を吸われていたのだ。


「今まで、触れても何の反応もなかったのに、どうして突然……。それに、魔力を流すことなんて、研究者たちがさんざんやってきたはずです……。」

「それはおそらく、私にかかったポーションが原因です。ポーションの中のなにかの成分が、私の心臓にあたる部分に何らかの影響を与えたのだと思います。それが何かは、私にも分かっていませんが……。その影響でマスターの魔力を奪ってしまったのです。倒れてしまうほどに魔力を奪ってしまうなんて……。本当に申し訳ございません。」


 本当に申し訳無さそうな顔をして頭を下げるケイに、エルリアは焦る。


「い、いや、元はと言えば、私がポーションをかけてしまったのが原因ですし、そんなに謝られることでは……。頭を上げてください。」


 ケイは古代遺物。機械だというのに、人間らしい、というか人間と遜色ない行動を取ることに戸惑いを隠せないエルリア。顔を上げたケイの表情には、未だに後悔の色が残っていた。


 何かを考えているようだったケイの表情を見て、エルリアは静かにケイが口を開くのを待つ。エルリア自身も、自分の考えが纏まっておらず、何を問えばいいのか分からなかったのだ。






「あの、マスター。……ひとつ、質問をしてもよろしいでしょうか?」


 ようやく口を開いたケイに、もちろん、と言う意味を込めてエルリアは頷く。


「ありがとうございます。……私が眠りについたのは、人類が滅んだ後のはずなのです。ここは、あれからどのくらいの時間が経った世界なのでしょう……?」


 …………人類が、滅んだ……?


 ケイが生きていたのは、今の世界ができる前の、世界……?


「ご、ごめんなさい。それは私にも分かりません。多分、この世界の誰にも……。少なくとも、今の人類が生まれてから、一万年以上は経っている、と思い、ます。」

「一万年、ですか……。私は、ものすごく長い間、眠っていたのですね。」


 一万年……ケイは、途方もない月日を越えて、今、ここにいる。


 その事実に、エルリアは今更ながら体が震えてきた。


 ケイは古代遺物。歴史的に、貴重で重要なもの。それは分かっていたはずだ。


 でも、まさか一万年以上も前のものだなんて、誰が想像しただろう。しかもそれが、今、目の前で動いて喋っているのだ。


「マスター?」


 エルリアの様子がおかしいことに気づいたケイは、席を立ってエルリアに近づく。おそらく、背中をさすろうとしてくれたのだろう。しかし、エルリアはその手を避けて……


「さ、さわらないでっ……!!」


 咄嗟に、そう叫んでいた。


「マ、マスター?」


 ケイが困惑するのも無理は無い。突然、エルリアの様子が変わってしまったのだから。


 しかし、エルリアだって戸惑っているのだ。


 動くはずのなかった古代遺物が動き出したかと思えば、それは人間と遜色ない動きをしているし、一切機械には見えないし、一万年以上も前のものだと言うし。


 正直、今、この家に人が来たとしても、何の違和感もなく人間だと思うだろう。


「やっほー、エルリア!元気してる~?……あれ、助手くんでも雇ったの?それとも恋人だったりする?珍しいこともあるもんだねぇ。人嫌いのエルリアが。」


 そう、このように。




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