9.ケイと名乗る者

 なにやらガサゴソと物音がして、エルリアは目が覚めた。


 泥棒……?と怪しむエルリアだったが、この家にはジュティアが作った防犯魔道具がある。外からの侵入はありえない。


 だったら師匠が来ているのか?と考えたエルリアだったが、すぐにその考えを否定する。ジュティアだったら、容赦なく眠っているエルリアのことを叩き起こすからだ。


(だったら、何の音……?)


 ソファで眠っていたエルリアは薄目を開け、物音がする方を見る。


 そこには、こちらに背中を向けた黒髪の成人男性が…………床を、拭いている?


 その光景を見て、エルリアは気を失う前のことを思い出した。


(たしか、ポーションをぶちまけて……掃除しようとしたところで、古代遺物にもポーションがかかっているのが見えて……触れたら、力を吸われるような感覚が……。)


 ハッとして、古代遺物を置いていた場所を見るエルリア。しかし、そこには何も……


「おや、起きましたか。おはようございます。……マスター。」


 声が聞こえた方を見るとそこには、床を拭いていた黒髪の男…………いや、三ヶ月間、一緒に過ごしてきた古代遺物の姿があった。


「え、は……?」


 動いている……。三百年研究されてきたのに、何の成果も無かった古代遺物が、今、ここで動いているのだ……。


「はじめまして、マスター。私は、117894号人型ゴーレムのケイと申します。」


(マスター……?ゴーレム……?ケイ……?)


 エルリアの頭にはいくつもの“?”が浮かぶ。処理しきれない情報量に、エルリアの頭はショート寸前だ。


 ケイと名乗った古代遺物は、そんな状態のエルリアを見て、静かに掃除に戻った。





 飛び散ったポーションの掃除を終え、しばらくエルリアが手をつけられていなかった部屋全体の掃除に入るケイ。エルリアは未だ、ソファの上で呆然としている。


 両足をソファの上に上げていたエルリアは、ケイが目の前の床を掃除しだしても微動だにしない。これ幸いと、ケイも黙々と掃除を続ける。


 床に散らばっていた衣類の洗濯、そこら中で放置されていたゴミの回収、錬金釜の洗浄まで。家中の掃除を終わらせてしまったケイは、ついにご飯の準備まで初めてしまった。


 食欲をそそる、いい香りがリビングにまで漂ってきたところで、ようやくエルリアは我に帰る。窓の外は真っ赤な夕日に照らされ、幻想的な景色が広がっていた。


 しばらくまともに食事もできていなかったエルリアはお腹を鳴らしながら、その香りをたどると、上機嫌にフライパンを振るケイの姿が見えた。


「……まじか。……古代遺物、有能すぎでは?」


 冷静さを取り戻した(?)エルリアは静かにそうつぶやく。


「……マスター、もうすぐ用意できるので、椅子に座ってお待ち下さい。」


 エルリアに気がついたケイは、微笑みながらそう言い、仕上げに入る。


 テーブルの上にはすでに、サラダやスープ、パンが用意されていた。今作っていたのはメイン料理のようだ。


「お待たせしました。どうぞ、お召し上がりください。」


 空腹が限界状態に達しているエルリアは、早速ナイフとフォークを手に取る。


「い、いただきます……!」


 普段なら、人前でこんなに自分をさらけ出すような行動はしないエルリアだが、基本的には布をかけていたとはいえ、既に三ヶ月一緒に生活しているケイだったからか、極限の空腹状態だからか、素直に自分の欲求に従っている。


 メインのチキンステーキを切り分け、一口食べる。……臭みもなく、ハーブの香りが広がり、高級店で出される料理のような美味しさだ。


「お、おいしい……!!」


 思わずそうつぶやくと、目の前に座っていたケイが綺麗な顔で笑った。


「あの、あなたの分は……?」

「私はゴーレム、機械ですので食事は必要としません。燃料はマスターの魔力をいただければ、それで。」

「そ、そうですか……。」


 エルリアは、ひとまず目の前のご飯に集中することにする。せっかくに豪華な食事なのだから、今はこの時間を楽しみたい。

 

 正面に座っている、古代遺物くんのことは後回しだ。






「ごちそうさまでした。」


 全てのお皿をきれいに平らげたエルリアは、一息ついて、ようやく目の前の現実を受け止めることにした。


「えっと、私はエルリアです。あなたは、ケイさん……でしたよね?」

「はい。ケイと申します。敬称も敬語もいりません。どうぞ、ケイとお呼びください。」

「わ、わかりました、ケイ。敬語は癖なので気にしないでください。……それで、色々と聞きたいことがあるのですが……なぜ、突然動き出したんですか?」


 三ヶ月間一緒に暮らしてきたからか、エルリアの人見知りが酷く発症するようなことはなかった。


 それよりも、完璧な掃除や料理、会話までできてしまうケイへの興味のほうが大きい。


「……マスター。本日はお疲れのようですので、もうお休みください。マスターの質問には明日、お答えします。」

「え、でも……。」


 エルリアは気になることがありすぎて、休む気にはなれなかった。しかし、ケイの真剣な表情を見て、圧を感じ、引き下がる。


「わ、わかりました……。確かに、最近ちゃんと寝れていなかたので、今日は休むことにします。」

「マスターの寝室は既に整えてありますので、そのままお休みになれますよ。私は、こちらのソファで休ませていただくことにします。……マスターがお休みになっている間は、省エネモードで稼働しております。何かあれば、夜中であっても遠慮せずにお申し付けください。では、おやすみなさい。」

「……おやすみなさい。」


 戸惑いながらも寝室に向かい、ベッドの上に寝転んだエルリアは、それからすぐに、電池が切れたかのように眠りについた。

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