8.新米錬金術師

 新米錬金術師としての生活が始まって、早三ヶ月。


 エルリアは今日も今日とて、ポーションの納品に追われていた。


「発注する数が多すぎますよ……!こんなの一人で出来る量じゃない!!」


 と、言いながら締め切りまでに納品を終えるエルリア。


 実は、エルリアの納品するポーションは質がよく、いたるとことで大人気なのだ。




 

 『完全記憶能力』を持ったエルリアは、ジュティアとの生活の中でとあることを教えてもらっていた。


「これが、低品質。これが、中品質。これが、高品質の素材だ。君の記憶力なら、これらを見分けることも容易いんじゃないのか?」


 ぱっと見は何の違いもない素材たち。しかしそれらは、鑑定士がみればこのように品質を分けられてしまうのだ。


 それらの違いは、本当に僅かなところにしか無い。切り口、色、鮮度……ジュティアであっても簡単には見分けられないそれらをエルリアは記憶力を頼りに見分けることに成功した。


「やっぱり!さすがはエルリア。君は鑑定士にも向いているかもしれないね。」

「私は、一度見たものしかわかりません。様々な品物を見分ける鑑定士は無理です。」

「つれないなあ。……でも、自分で高品質な素材を見分けられるなら、ポーションも高品質なものを作ることが出来る。君はすぐに大人気になってしまうだろうね。」




 

 本当にジュティアの言う通りになってしまった、とエルリアは愕然とする。


 こんなに忙しくなるんだったら、品質なんて見分けずに普通にポーションを作るんだった、と今更後悔しても遅い。


 今から品質を落とすとなると、評判が悪くなってしまう可能性があるためできないのだ。


 このままじゃいつまで経っても自分の研究ができない。いっそのこと売値を上げてしまおうか、と思案するエルリアだった。





 本日分のポーションを完成させ、箱に詰めて運び出すエルリア。時間がかなりギリギリになってしまったため、両手に抱えられるだけ抱え、玄関へ向かう。もう販売業者のものが受け取りに来る時間が迫っているのだ。


――コンコン


「こんにちはー。エリーシアさんいらっしゃいますかー?」

「はーい!」


 エルリアは駆け足で玄関へ向かう。……両手にありったけのポーションを抱えながら。


 そんなことをすればどうなるか、エルリアが冷静なら分かっていたはずだ。


――ドンガラガッシャーン……!


 案の定、エルリアは盛大に転んでしまった。


 しばらく掃除すらできていなかった部屋はひどい有様だったのだ。忙しすぎてそんなことすら頭になかったエルリアは失念していた。床には、脱ぎっぱなしの衣類が放置されていたことなど……。


「エリーシアさん!?大丈夫ですか!?」


 もちろん、大丈夫ではない。


 ころんだ拍子に、両手に持っていたポーションは床にぶちまけられたのだ。


 頑張ってつくったポーションは、全てが売り物にならなくなってしまった。


 自分自身もポーションまみれになりながら、なんとかしなければと、玄関に向かうエルリア。


 ポーションまみれのエルリアに出迎えられた業者の男性は、エルリアのその姿に驚く。


「エリーシアさん!!どうなさったんですか!?」

「ご、ごめんなさい……。本日分のポーション、全てなくなってしまいました……。」


 涙目の可愛らしいエルリアが、全身濡れた状態で上目遣いでそんなことをいうものだから、男は頬を染め、視線を彷徨わせている。……絶望感でいっぱいのエルリアの目には一切入っていないが。


「だ、大丈夫です。エリーシアさんにはいつもお世話になってますし、お客様もきっと分かってくれますよ。僕の方からちゃんと言っておきますので、エリーシアさんは、その、はやく着替えた方が良いです……!」


 人が苦手なエルリアの目にも、このときばかりはこの男が神様か何かに見えた。


「あ、ありがとうございます……!来週は、ちゃんと納品出来るようにしますから、よ、よろしくおねがいします!」


 男が帰っていき、ひとまず着替えようと部屋に戻ったエルリアは、頭の天辺からつま先までポーションまみれの姿を見て落ち込み、着替えた後、リビングに戻ってその惨状を見て落ち込む。


 いたるところにポーションが飛び散っている。


 しかも、エルリアが転んだのは、古代遺物を置いていた場所の目の前なのだ。もちろん、それを包んでいた布もポーションまみれ。もしかしたら、その中の本体まで、ポーションに濡れているかもしれない。


 それを想像して青ざめたエルリアは、急いで布を剥がし、本体が汚れてしまっていないかを確認する。


 



 それの頬に触れた瞬間、エルリアはそこから体の力が奪われるような感覚がして、意識を失った……。

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