7.古代遺物と、これからの生活

 一気に布をはずすとそこには……


「……………………え?」


 一人の青年が眠っていた。


 エルリアは目の前の状況を処理しきれず、呆然としている。


「おやおや、こんなエルリア初めてみた。……大丈夫かい?」


 ジュティアが声をかけると、エルリアはハッとし途端にうろたえだす。


「し、ししょう……。ひ、ひと……え、なんで?古代遺物なんじゃ…………。人、ですよ?……師匠。」

「君、うろたえるとこんなに面白いことになるんだね。もっといろいろ試してみるんだったな。」


 右往左往しているエルリアを見て、冷静にそんなことをいうものだからエルリアもだんだんと落ち着きを取り戻し……はしなかった。


「い、いや、師匠。せつめい……説明を、お願いします。」


 ジュティアはひとしきりエルリアを観察し終わった後でこう言う。


「これは人間ではないよ、ただの機械だ。……人間と区別がつかないほどそっくりだけどね。」


 ジュティアがいうには、これが三百年前にあの遺跡から発掘された古代遺物だという。肌や髪は見たこともない物質でできており、中は複雑な構造で組み合わさった金属で埋め尽くされていた。動かし方、用途、燃料……何もかもは謎のまま。


 肌や髪、体内の金属と同じような物質は未だ、この世界のどこからも見つかっていないし、新たに生み出すこともできないままでいる。現在の技術では、どうがんばってもこれを作れないのだ。


 研究者達はこれらをつくり出した技術を『古代文明』と呼び、他の遺跡の再調査なども行っているという。


 今現在分かっているのは、何もかもが分からないことだらけ、ということだけだ。





「これ、ひとつひとつ顔や体格まで違うらしいよ?選んで良いって言ったのに、さっさと決めちゃうもんだから。……女性の見た目をしたもののほうが良かったんじゃないの?エルリア、この年代の男性、苦手でしょ?」


 今、眼の前にいるのは黒髪の二十代前半の姿をした男性型のものだった。目の色は、まぶたが閉じられているので分からない。


 ジュティアはこの年代の男性が苦手だと言ったが、正直エルリアはジュティア以外の人は基本的に苦手だ。女性も男性も変わらない。


「……いやいやいや。女性とか男性とか関係なく……。これ、どうしろっていうんですか?研究しろってことですか?」

「いや?好きにしてくれたら良いよ。私は君がどんな反応をするか、見てみたかっただけだし。……君はすごくいい反応をしてくれたから大満足だ。じゃ、私は帰るね。卒業おめでとう、エルリア。」

「し、師匠!これ、ロボットみたいなものなんじゃないんですか?い、いいんですか?師匠、ロボット好きなんでしょ?」

「エルリア……。分かってないなあ。私は一から作るのが好きなのであって、完成しているものを調べるような趣味は無いよ。じゃ、また来るね。」


 エルリアの必死の抵抗も虚しく、ジュティアは颯爽と帰っていった。


「……どうしろっていうんですかぁ…………。」





 古代遺物とふたりきりになってしまった部屋で、エルリアは床に座り込み項垂れる。


 突然の一人暮らしが始まるかと思いきや、人間そっくりの古代遺物と同居……。エルリアの脳内は、未だパニック状態のままだ。


「師匠、いろいろと雑すぎます……。」


 このまま項垂れていてもしょうがない。エルリアは立ち上がり、ひとまず古代遺物に布をかけ、部屋の端に移動させた。


「古代遺物くん、ごめんなさい。ひとまずはここで眠っていてください。」


 目を閉じ、手を合わせて古代遺物に拝むエルリア。人型だからか、何故か申し訳無さが湧いてくる。





 今日はいろいろあって疲れ切っているエルリアは、キッチンにあったパンをひとつ手に取り、ソファに座ってそれをかじりながら、今までの生活に想いを馳せた。


 本の虫だったエルリアが錬金術師を目指し、ジュティアのもとに弟子入りして五年。たった五年で弟子を卒業してしまったのだ。


 エルリア自身も知らなかった『完全記憶能力』の持ち主だったということに気付かされ、無茶振りの多かった修行にも励み、多くのことを学んだ五年間だった。


 最終試験を合格したかと思えば、突然遺跡に連れて行かれた今日のことだって、今思えばジュティアらしいといえる。エルリアは最後の最後まで、この師匠に振り回されてきたのだ。ジュティアから開放されると思えば、ホッとする気持ちと、少しの寂しさを感じる。


 これからは、新米錬金術師として仕事を受けることになる。新米錬金術師の主な仕事はポーションの作成だ。ポーションを作り、売る傍らで自分の好きな分野の研究をするもよし、ただただポーションの作成に力を入れ、穏やかに生活するもよし。


 エルリアのやりたいことは、錬金術師になるきっかけとなった本、古代語で書かれた『錬金術大全』という本の解読だ。


 ひとまずは錬金術の歴史を遡り、それを研究していくことになる。


 これからの生活を思い描きながら、エルリアは眠りに落ちていた。

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