5.卒業

 それから更に三年が経った。エルリアは今年、十五歳になる。



「さあ、エルリア。これが最終試験だよ。最後の試験は、上級ポーションを作ること。素材集めから、出荷できる状態にするまでが試験だ。それでは……始め!」


 エルリアはジュティアのもとに来てから五年間、修行を続けてきた。


 完全記憶能力をもっているおかげか、座学の時間は予定よりもかなりはやく終えることができた。実習に関しても、一度見聞きしたことは完璧に憶えるため、かなりスムーズに進められたと言える。この五年間で一番時間を費やしたのは、覚えたことを理解するまでの時間と、錬金道具の扱い方についてだろう。憶えることはできたとしても、それを完璧に再現できるかどうかは別だからね。


 



 エルリアは今、素材集めのために街に来ている。馴染みの素材屋さんに行くのだ。


 素材屋とはその名の通り。錬金術の素材を扱っている店だ。薬草、鉱物、モンスターの内蔵や皮、骨、ポーションの瓶まで。この店に行けばある程度のものは手に入る。


 素材集めとは言っても、必ず自分で取りに行かなければ行けないわけではない。特にモンスターの素材など、戦闘能力がほぼ皆無のエルリアには取りに行くことすらできない。


 ジュティアの教えとしては、「自分の力で集めることができるものはなるべく自分の力で。その他のものは迷いなく買う。」というものだ。エルリアも、もちろんそうするつもりで、ここでモンスターの素材と瓶を買った後、草原へ薬草採取に行った。





 素材を集め終えたエルリアは、家に帰り作業部屋に入る。


 錬金釜に順番に素材を入れていき、魔力を慎重に込めながらかき混ぜると、上級ポーションの出来上がりだ。


 素材を入れる順番、分量、魔力の入れ方を少しでも間違えれば、ポーションは完成しない。かなり難易度の高い作業となる。


 エルリアも、集中して作業を進める。慎重に分量を計り、魔力を注ぎ込む。……作業開始から約二時間後、ついに上級ポーションが完成した。


「…………よし。」


 完成したポーションをこぼさないように慎重に瓶に入れること十本。


 出荷は十本でワンセット。これを専用の箱に入れれば、試験は終了だ。


「……できた。」


 エルリアは満足気に頷き、ずっと見守っていてくれたジュティアの方を見る。


「うん。さすがだね、エルリア。……最終試験、一発合格だ!おめでとう!」


 合格という言葉に安心したエルリアは、その場に座り込んでしまった。しかし、ジュティアはそのエルリアを立たせ、こう言う。


「よし、それでは行こうか!」


 笑顔のジュティアに腕を引かれながら、エルリアは困惑を隠せないでいた。





 王都を出て、馬車に乗り数時間が経った。ジュティアは未だに、エルリアには何の説明もしていないし、するつもりもない。


 ようやく到着し、馬車を降りたエルリアは、目の前のものを見て、更に困惑する。何故かエルリアは、厳重な警備態勢が整えられた遺跡の前に来ていたのだ。


 ジュティアがどんどんと先に行ってしまうので、仕方なくその後を追うエルリア。


「錬金術師のジュティア・ピファネットと、弟子のエルリア・エリーシアだ。」


 厳かな門の前で、屈強な体躯の門番にそう名乗り、招待状らしきものを出すジュティアの後ろで、エルリアはいくつも突き刺さる厳しい視線に震えていた。


 体格のいい男たち――おそらく、騎士団員――が壁際に並び、厳しい目で辺りを警戒している。何も悪いことをしていないエルリアでさえも、身体の強張りは増すばかりだ。


 許しが出て案内係の男についていくと、長い廊下を渡った先の大きな広間に出た。反対側の壁が見えないほどの広さだ。

 

 そこには、布に包まれた何かが所狭しと並んでいた。この、大きな広間を埋め尽くす程に。


「さ、エルリア。好きなものを選んでいいみたいだよ。」


 師匠であるジュティアに促され、一歩前に出るが訳のわからないまま連れてこられたエルリアには選ぶも何もない。


「師匠……。これは?」


 眼の前のひとつを指差し、訪ねてみる。一瞬ポカンとしたジュティアは、その後すぐに合点が行ったとばかりに目を開き、笑いながら言った。


「ああ、すまない。説明してなかったか。……まあ今は、君の卒業祝いを選びに来た、とだけ言っておこう。詳しい説明は帰ってからにするよ。」


 こうなったら何も教えてくれる気はないと知っているエルリアは、溜息をひとつつき目の前にあったひとつ――さっき質問するために指さしていたもの――をもう一度指差す。


「じゃぁ、これで……。」


 試験の疲れもあったエルリアは、警備員の刺すような視線に耐えられず、早く帰りたい一心で何の確認もせずにひとつ選んでしまった。

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