4.師匠の心配
家に着いたのは、日が昇り始めた朝方だった。
規則正しい生活を送っている十二歳のエルリアには、こんな時間まで起きていたことなど無かった。疲労困憊で、もうフラフラのエルリアは、そのままベッドへダイブし、意識を失う。
エルリアの目が覚めたのは、昼前だった。
顔を洗い、リビングへ向かうと、昨日採取した素材を机に並べているジュティアがいた。
「やあ、エルリア。おはよう。」
「……おはようございます、師匠。」
恨みがましい目を向けているエルリアに、ジュティアは苦笑気味だ。
「師匠、昨日のはなんですか。あんな横暴、酷いです。」
「ごめんごめん。あれはまあ、ちょっとした試験とお仕置きを兼ねたようなものだよ。」
「試験……?お仕置き……?」
困惑しているエルリアをよそに、ジュティアは机の上を見て満足気に頷いている。
「うん。薬草の取り方も、尻尾の状態も良いね。さすがはエルリアだ。……それに、レアな薬草をこんなに見つけてくるとは。さすがにこれは予想外だったな。」
ジュティアが見ているのは、昨日エルリアが採取したものたちだった。
日が暮れるまでの時間を持て余したエルリアは、草原を散策している間にレアな薬草をたくさん見つけていたのだ。時間はたっぷりあったため、かなりの量を採取してきている。もちろん、生態系を崩さない範囲で。
「師匠。試験とお仕置きってなんですか。」
エルリアが問うと、ジュティアは微笑んで答える。
「試験というのは、採取の方法だな。教えたことがちゃんと身についているか、一人でも問題なく採取できるかを試させてもらった。夜の森も恐れなく入っていけたようだし、こちらは問題なく合格だよ。」
「……師匠、見てたんですか?」
「あたりまえじゃないか。さすがに、子供を夜の森に放置するほど外道じゃないよ。もしモンスターが出たらちゃんと対処できるように準備もしてたんだから。」
ジュティアはあの夜、密かに開発していた『虫型ロボット』を使って、エルリアのことを見守っていた。エルリアにこっそり付けていたロボットから、視界を共有していたのだ。
「いつのまにそんなものを……。」
「ふふっ、私も現役の錬金術師なんだから。ポーションばかり作っていると思ったら大間違い。ロボットの開発は割りと好きなんだ。」
錬金術師といってもその種類は様々。ジュティアのようにポーション作成に特化したものもいれば、新たな魔道具を生み出し続けているものもいる。他には、既存の道具の改良ばかりしているものや、様々な物質の研究をしているもの、全ての分野に手を出しているようなものまでいるのだ。
エルリアは、ポーション特化のジュティアがロボットを開発していたなど知らなくて驚いた。実際、ポーションを作っているところしか見たことがなかったからだ。
「わ、わたしも、ポーション以外も作ってみたいです……。」
まさかジュティアがポーション以外に興味があるとは思っていなかったので、ずっと言えなかったことを思い切って言ってみた。エルリアは、ポーション特化の錬金術師になりたくてジュティアのもとに弟子入りした訳ではなかったのだ。
「ああ、いいよ。……でも、その前に、私は君に言いたいことがあるんだ。」
「な、なんでしょう……?」
突然、真面目な顔をして話し出すジュティアに怯えるエルリア。普段ヘラヘラしている人が突然真面目になると怖いものだ。
「エルリア……。君、この二年、一度も休みを取ってないだろう。いつも気を張っているように見えるし、何かに追い詰められているようにも感じる。だから無理やり、何の予定も無い時間を取らせた。本当は、昼寝でもしてくれたら良かったんだけど、散策っていうのも、まあいいだろう。……完全記憶能力の持ち主は、忘れたくても忘れられない記憶に苦しむと聞いたことがある。君もそうなんじゃないか?言いたくないなら言わなくて良いし、人に話したほうが楽になれるのなら私もちゃんと聞くよ。もっと私を頼ってほしいんだ。少しは感情を見せることに慣れてきたようだが、私はもっとエルリア自身を見せてほしい。」
お仕置きの意図が分かって、エルリアは難しい顔をする。
エルリア自身、特に休みを必要とはしていなかったが、こんなにも心配されているとは思っていなかった。それに、忘れられない記憶についても……。
正直、人に話す勇気はないし、話す気もない。それでも、こうして心配してくれる人がいるのは、それだけで心が軽くなるような気がした。
「師匠、ごめんなさい。それと、ありがとうございます。話すことはできないけど、こうやって心配してくれる人がいるってわかっただけで、なんだか心が軽くなりました。……休みは、あまり気が進みませんが、これからはとるようにします。」
今のエルリアにはこれが精一杯だったが、ジュティアとの距離が縮まったような気がして、二人は自然と微笑み合っていた。
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