2.エルリアの能力

「師匠。課題、全て終わらせました。」


 エルリアがジュティアにそう告げたのは、エルリアがここに来てたった一ヶ月後のことだった。


「……エルリア。読むだけじゃ駄目なんだよ?全て頭に入れなければ。」

「はい。全て頭に入っています。」


 課題を告げたときのように、淡々とそう返すエルリアに若干の苛立ちを覚えたジュティアは、意地悪そうに口角を上げ、口を開いた。


「じゃあ、今から試験をしようか。私が問題を出すから、十秒以内に答えなさい。」









 十問出した問題を、全て瞬時に答えられ、ジュティアは愕然とする。


「エルリア……。君の頭はどうなっている?まさか本当にこの一ヶ月で全て頭に叩き込んだというのか?」


 ジュティアが驚いたのは、ただ全ての問題に答えられたことにだけではない。


 その回答の全てが、まるで本の一部を抜粋したかのような、正確で、堅苦しい言い回しの言葉だったからだ。


「師匠、私は頭に叩き込んだのではありません。ただ、一度見聞きしたものは決して忘れない、というだけです。」


 ジュティアは、まさか……、と思った。


 エルリアがいっているのはまるで、【完全記憶能力】そのものじゃないか、と。





【完全記憶能力】


 それは、エルリアの言った通り、一度見聞きしたものは忘れないという能力。


 たったそれだけのことか、と馬鹿にするものもいるが、一部の層のものには、ひどくそれを欲する者がいるという。


 しかし、それは良いことばかりではない。

 忘れないのは、本や写真などの資料だけではなく、本人が体験したことの全て。その時、何を感じて、何を思っていたのかまで忘れられないのだ。


 実際エルリアも、一日中本を読み続けていないと気が狂ってしまうような体験を忘れられないままでいる。

 今でも鮮明に思い出せるのだ。その時の状況、気持ち、音や匂いまで。ふとした瞬間に思い出してしまうそれに、エルリアは今でも囚われている……。






「そうか、エルリアは【完全記憶能力】の持ち主だったのか。」

「……かんぜんきおくのうりょく?」

「エルリア……。君は、無自覚だったのか……。」


 エルリアはこの日まで、ただ自分は人より記憶力が良いだけだと思っていた。まさかこの記憶力に、そんな大層な名前がついているとは知らなかったのだ。


「【完全記憶能力】をもっている人は、世界中探しても百人いるかいないかといわれているほど希少だ。エルリアも、目をつけられないように黙っておいたほうがいいぞ。それを欲する人はそこら中にいるからな。」

「……たいして良いものではないですよ。全てを覚えている、というのは。」


 その、エルリアの苦しそうな表情を見て、ジュティアは何も言えなくなった。





 頭を切り替え、ジュティアは口を開く。


「まあ、それよりエルリア。君は、本の内容を全て覚えてしまったらしいが、ちゃんと理解はできているのか?さっきの回答は、記憶した本の内容をそのまま読んだだけだっただろう。ちゃんと理解して、自分の言葉で伝える努力をしろ。次の課題はそれだな。」

「……わかりました。」


 落ち込んだ様子のエルリアを見て、ジュティアは苦笑した。


「まあ、そう難しく考えるな。君はどうやら自己主張が苦手なようだから、その練習だとでも思えば良い。私はただ、君の言葉で、君の考えを聞きたいだけなんだ。……もっと我儘を言ってくれてもいいんだよ?」


 苦い顔をしたエルリアは、きっと自分でも分かっているのだろう。自分の考えを伝えるのが苦手で、無駄に気を使ってしまうことを。


 人の為を思って怒ることはできるが、自分のことには無頓着。


 まだ、たった十歳だというのに、我儘の一つも言わないエルリアを、ジュティアは密かに心配していた。

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