1.弟子としての生活

 エルリアが、ジュティアのもとへ弟子入りしたのは五年前、エルリアが十歳の時だった。





「……うちに、何か用か?」


 弟子入りする日、初めて王都へ来たエルリアは師匠の家の前に佇み、まさに、ノッカーを鳴らそうとしていた時だった。

 

 後ろから突然声をかけられたことに驚いたエルリアは、その場で尻もちをついてしまう。


「ああ、すまない。驚かせてしまったようだね。……で、君は?」

「……す、すみません!こちら、ジュティア・ピファネット様のお宅で間違いないでしょうか?今日からお世話になります、エルリア・エリーシアと申します!」


 そんな情けない格好のままの初対面を果たした二人は、お互いに顔を見合わせ、硬直していた。







「いや~、すまないね。まさかエルリアがこんなに小さなお嬢さんだとは。この歳で錬金術師を目指すような子、滅多に見ないからね。でも、うちに来てくれたことは大歓迎だよ。これからよろしくね、エルリア。」


 家の中に入れてもらったエルリアは、対面に座るジュティアを見つめながら、今日までのことを後悔していた。

 

 エルリアはこの日まで、家族以外の人とほとんど交流したことが無かったのだ……!


 小さな頃から家の中でただひたすらに本を読む生活を続けていたため、人との接し方がわからない。なんと言えばいいか分からず、頭の中は混乱している。そんなグチャグチャの頭の中で絞り出した言葉は、思ったよりもちゃんとしていたのではないだろうか。


「いえ。私も、ジュティアさんがこんなにお若いなんて思っていませんでした。今日からよろしくお願いします、師匠。」

「師匠……!良いねぇ、いい響きだ。ついに私も弟子を持つようになったのか……。ああ、ここまで長かった。よろしくね、本当によろしく頼むよ、エルリア。」


 何故か目を潤ませながら大歓迎してくれるジュティアに、若干引いているエルリア。ふたりの関係がこのまま進んでいくことになるとは、エルリアは一欠片も思っていなかった。






 弟子としての生活は、翌日の朝から始まった。


「……おはよう、エルリア。……ああ、良い!自分で用意しなくとも出てくる食事……!買い置きの保存食を食べるだけの生活が、ついに終わったんだ……!!」


 弟子の一日の流れはこうだ。

 朝六時、起床。七時までに朝食の準備を済ませ、師匠を起こす。八時、片付けと掃除。終わり次第、勉強。昼十二時、昼食の準備。十二時半、昼食。十三時、片付け後、買い物。終わり次第、再び勉強。十七時、夕食の準備。十八時、夕食。十九時、片付け、お風呂。寝支度を整え次第、勉強。二十二時、就寝。


 弟子というのは、師匠のお世話をすることも仕事のうち。これは、どの職業であってもそうらしい。人によって世話の度合いも違うだろうが、エルリアは勉強時間も睡眠時間もしっかりと確保されているこの生活を、意外と気に入っている。


 特に、一日中ずっと本を読むことで余計なことを考えないようにして生活してきたエルリアには、一日の予定がぎっしりと詰まっている今の生活は、ありがたくもあったのだ。


 ただひとつ、困ることと言えば……


「師匠、どうやったらこんなに部屋をめちゃくちゃに出来るんですか?!昨日掃除したばかりですよ?!!」

「いや~、私にも不思議なんだよね~。えへへ。」

「笑い事じゃありません!!」


 ジュティアは、部屋を散らかす天才だったのだ。


 脱いだ服はその場に放置。使った実験道具は使ったまま。本や書類はどこに置いたのか、本人でさえ覚えていない。


 朝にしっかりと掃除時間を設けているエルリアだが、それだけでは足りず、気づいた時には軽く掃除をするようにしているほどだ。


 まったく。こんな状態で、よくいままで生きてこられたな。と、逆に感心しているエルリアだった。





 

 エルリアがしている勉強とは、もちろん師匠から出された課題である。


 弟子となった初日、エルリアの渡された本は全部で五冊。そのどれもが、一冊十センチを超える分厚さの本だったのだ。


「まずはこの本を全て読み、内容を頭に叩き込め。全て錬金術の基礎の基礎。これができなければ、話にならないからな。どれだけ時間をかけてもいいから、しっかりと励め。」


 人によっては、顔を引きつらせるような課題だろう。

 しかし、エルリアにとっては造作もない。毎日、一日中本を読み続けてきたエルリアにとって、本を読むことは日常の一部。この程度だったら、数日もあれば読み切ってしまう。……とは言っても、一日の予定は詰まっているのだから、もう少し時間はかかるが。


 そして、その内容を頭に叩き込む、というのもエルリアには簡単なことだった。


「わかりました。」


 淡々とした返事に少し怪しんだジュティアだったが、その理由はすぐに分かることになる。

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