第6話 信頼できる人

 姉に服選びたいから変わってと言われてしまったので、フラリッタは仕方なく虚像となって、フードだけ外してスマホの画面と睨めっこしていた。


「……うぇ? 住所ってこういう打ち方じゃないんだっけ? うー……機械って苦手だよ……」


 深夜に議会から送ってもらった情報、というか座標を地図アプリに入れて場所を探しているのだが、なぜか違う名前の建物がヒットする。

 議会なら地図データもつけといてよなんて思うが、実は議会が開発したアプリを使えば一発だと言うことは知らない。

 そのせいで苦戦していれば、鏡の前であれでもないこれでもないとやっていたレヴィアが、鏡越しにこちらを見てきて。


「やっぱ私も手伝おっか? その方が早いでしょ」

「……逃げたいの? そこまでしておいて?」

「……トゲ出てるわよ」

「ああごめん。んー、じゃあえっと、あいつとお出かけするのそんなに嫌?」

「……トゲがあるままで良かったわ。あなたの優しさって相手を優先するって意味だもんね」


 さっきもやった気がするのだが、フラリッタが譲歩するとその分レヴィアの意思が強くなる。

 表向き嫌がってるポーズを維持したいのなら、恐怖で従わせようとするフラリッタに振り回されている方がよっぽどマシなはずなのだ。

 それがわかっていて最初はトゲで刺すということも、そろそろ理解していただきたい。


「ねえ、じゃあフラル、こっちとこっちどっちがいいと思う?」

「それ私に訊くの? 姉様の方が詳しいでしょ」

「これくらいわかるでしょ。ちょっとひらひらした感じの服と、かっちりした感じの服」


 姉が見せてきたのは、女性らしさを引き立たせるひらひらとした可愛い服と、どちらかと言えばレヴィアらしい、パンツスタイルのコーデだった。

 正直フラリッタはどっちでもいい、というかロングスカートなんて一番動きにくいじゃんと別の視点から思ってしまうのだが、レヴィアはそれでも訊いてきた。ならばその目にある理由をそのまんま読み上げてあげよう。


「まあどこ行くかわからないなら、歩き回ることも考慮して動きやすい方がいいんじゃない?」

「じゃあこっちってことね?」

「うん。そっちの方が姉様らしいし」


 だってそう思ってるでしょ、とまでは言わない。

 それは単純に姉の信頼を裏切るだけの毒針でしかないから。


「ん、わかったありがとう。それじゃあ行ってくるわね」

「体返して」

「あ、そうだったわね」


 なんだか有耶無耶にされかけた。わかっていたはずなのに。

 もしや魔法を使えないことを怖がったのだろうか? どうせ虚像なんだから何かあれば消えるだけでいいのに。

 なんて思っていたら、入れ替わり作業中だったのもあって聞かれてしまった。


「……実体と離れて行動するなんて初めてだから怖いのよ」

「……大丈夫だよ。何があってもあいつが守ってくれるって」

「あいつが一番怖いんだっての!」


 顔を赤くして叫ぶレヴィアは「はいはい」と適当にあしらっておいて、部屋の前で待っていたサントにじゃあ姉様をよろしくねと差し出してあげる。


「な、何かあったらすぐ連絡してね。飛んで戻るから!」

「うん。何かあったらね。じゃあ楽しんでおいで」

「絶対だからね!」


 あの人はどうして素直になれないのだろうか。

 そう思いながらフラリッタは姉たちを見送り、そしてリビングに戻ってくる。


「さてと。私じゃできないし、ちょっと力を借りよっかなー」


 ソファに座りながらそう呟き、フラリッタはなんだかんだ頼りがちなクロスに電話をかける。


『はいもしもし。どうかされましたか?』

「あ、ねえクロス。私が今から何するかって上から聞いてる?」

『…………特に報告や命令は来てないっすね。何を仕出かすつもりなんですか?』

「んー、西大陸にある反抗勢力の壊滅?」

『また大きく出ましたね。それで、俺は何をすればいいんでしょう』


 本当にこいつは話が早い。

 しかもフラリッタの強さを知っているから、無理だとかやめろとか面倒なことも言わないし。

 こいつが味方で良かったなと思いつつ、フラリッタは我が儘にも聞こえる要望を口にする。


「えっとね、上からもらった情報があるから、拠点の場所までナビゲートしてほしいの」

『上が姫様個人に情報を流したんすか? 珍しいっすね』

「ああうん奪い取ったから」

『……? まあ、それではその情報をいただけますか? こちらで表示させてみます』

「はーい」


 声はまだ可愛くしているが、フラリッタの顔は全く笑っていなかった。

 クロスはフラリッタの強さは知っているはずだが、多分ここまで黒い顔を持っていることは知らないだろう。

 奪い取った、の意味がわからなかったようだが、聞き分けのいいクロスは無視してくれた。


『なるほど本当に全部っぽいっすね。それではこれは読み込ませつつ、ナビゲートってことなんでこのまま通話ではやりにくいでしょう』

「うん。またイヤホンか何かくれる?」

『西支部にもそういう設備は、って言うか姫様、議会関係者用のマンションにいますね? そこならそれくらいはあるはずですから、すぐにでも……って、ん?』

「ん?」

『……なんであの人の権限凍結されてるんすか?』


 レヴィアの話だろうか。よく考えるとクロスがレヴィアの権限を使っているのは色々とおかしいのだが、まあそれで助けられたことは多いし、姉も許している。

 だからそちらは気にしないで。


「ああえっと、私たちがこっちに飛ばされた理由が宝具絡みだったんだけど、上は多分姉様に知られたくなかったんだよね。それで支部に乗り込んだら出禁にされちゃってさ、凍結されてるならそのせいかな」

『……なんか知らない間に色々あったみたいっすね? ここまで情報をもらえたのも宝具絡みっすか』

「あ、クロスには言っちゃいけなかった?」

『……まあ、どうにかしますよ。ただ上に怒られたくなかったら、きっちり姫様が成果を出さないといけないかもっすね』

「じゃあ大丈夫」


 あのフラリッタを見せておいて文句を言ってくることはないだろうし、何より失敗するつもりもなかった。何も問題はない。


『ではここは一旦俺の名前で申請しておいて、レヴィア様の権限は解凍してもらえるよう打診しておきますね。もう知っているんでしょう?』

「うん。本物も見たからね」

『おやそうっすか。できれば後で話も聞かせてほしいっすね。っと、マップの方もできましたんで、一応共有しておきます』

「お、ありがとー」


 スマホに送られてきたデータを開けば、民間の地図アプリよりよっぽど高性能で使い勝手のいいマップが表示された。

 議会にはこんなのまであるのかよ、と感心半分呆れ半分で見ていたら、もう家のインターホンが鳴って、フラリッタは思わず立ち上がる。

 しかしそこは『メイドちゃん』に止められて、受け取ってきてくれるのを待っていれば、ちょっと重厚なケースに入れられた片耳だけに装着するイヤホンが届いた。


「ん、ありがとう。届いたぞクロス」

『ではお好きな耳につけていただければ、姫様の魔力で起動するはずっす』

「……また魔力吸われる?」

『あの時ほどは使わないっすよ。まあ姫様の感覚だとわかりませんが』


 とりあえず左耳につけてみる。

 その瞬間、起動を知らせるようにピピっと小さな音が響いた。


『おや、そのローブを着てるんすか』

「ん? カメラでもついてるのか?」

『ええまあ、ナビゲート用なので。それより姫様、違和感などはありますか?』

「大丈夫そうだ。多少左耳が聞こえにくくなったが、まあこれくらいは許容範囲内かな」


 とんとん、とソファの背を叩いてどれだけ聞こえるかを試す。

 イヤホンがくっついている分音は不明瞭になっていたが、フラリッタは元の聴力が馬鹿げているので、これくらいは逆に耳を守ることにもなりそうだ。

 そして魔力を吸われる感覚に関しても、わかりはするが気になりはしないという程度だった。

 これなら支障はないだろう。


『ではこちらの通話は一旦切らせてもらいまして、イヤホンによるナビゲートを始めたいと思います』

「ん。またよろしくな。私は戦うことしかできないから」


 フードを被り直せば、一瞬の沈黙の意味まで理解できるようになる。

 呆れ、悲しみ、気まずさ。そんなものを漂わせたクロスは、それを完全にスルーして。


『ええ。お任せくださいっす。完璧にサポートしますから』


 と、どこか得意げに、そして嬉しげに宣言した。

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