第7話 超人
『それではまず出ていただいて……、……姫様? どこへ向かわれているので?』
準備も整ったのでいざ出発、ということでフラリッタはベランダへ出たのだが、クロスは何かを疑問に思ったらしい。
「ん? 外だけど」
『……あの、姫様? そこは外とは繋がってないんすよ』
「? 繋がってるじゃないか」
ベランダの柵に足をかけ、ディエルフェルナも握らずに軽く跳躍。
屋上階であるこの部屋からなら、誰にも見られずに建物の上へ出られる。これを利用しないで、クロスは一体どこから行こうとしていたのか。
『……ええと、しかし直近の拠点でここから三駅は離れてるんで、転移ポータルは使わないと』
「三駅なら徒歩圏内だろ。とりあえずさ、私の移動方法を見せてやるから、ルート選びはそっちに合わせてくれないか?」
『……あれほど普通に憧れていた姫様はどこへ行ったんすか』
「どこだろうな。とりあえず、今の私の中にはいないかな」
そんなことを言いながらディエルフェルナを抜き放つ。
これでもう、精神も肉体も常人からはかけ離れた。
かつて人らしさを追い求めた少女は、どこにもいない。
『……辛くないっすか?』
「……。辛いさ。けど、やるしかないんだよ」
そう言ってからフラリッタは飛んだ。
動作としては跳躍だが、その距離はほとんど飛行と言ってもいいだろう。
何しろ高層建築物が少ないこの地域で、議会が後から建てたマンションとほぼ同じ高さの場所まで一気に移動したのだから。
『……姫様、その速度で周りは見えてるんすか?』
「目に魔力を込めれば別だが、普段は見えてないな。けど私の感覚は鋭いから、見えなくても状況くらいは把握できるよ」
『……こちらはカメラの視点が置いていかれました。地図上の座標も飛びましたし、やってることは転移と変わりませんよ』
「はは、そうか。まあ頑張ってついてきてくれ」
これくらいの速度でないと誰かに見られる可能性がある。
フラリッタは建物の屋上を音もなく高速で飛び移り、ほとんど時間もかけずに目的地の近くに到着してしまった。
『……姫様が思う足で行ける範囲ってどんなもんっすか?』
「んー、今のが三駅分だとしたら、小さな国くらいは平気で走破できるかもな」
『……本当にできそうなのが怖いっす』
魔力や体力は無限で移動速度は転移に匹敵する。
一日中この速度で走り続けたら一体どこまで行けるのか。
試す気はないが、呆れられるのはわかる。
「それで、あそこであってる?」
『ええ。表向きはバーとして経営されていますが、こちらの調べでは反抗勢力の拠点の一つとなっています』
「よし。じゃあ行くか」
眺めていた建物の屋上から飛び降りる。
音もなく、ローブをはためかせて着地すれば、流石に目の前にいた人には驚かれたが、飛行などの魔法は才能さえあれば誰でも使える。ちょっと迷惑そうな目を向けられたが、怪しまれることはなかった。
「……議会所属ってのはいいよな。魔力カメラの監視を気にしなくていい」
『……それ、本当に言っていいことっすか?』
「上は知ってるはずだし、お前には、知っておいてもらって損はない」
クロスにはこれからも手伝ってもらうつもりだ。
だったら、フラリッタの過去もある程度教えてあげた方がいい。協力してもらうための誠意というのもあるし、単純に、そちらの方が言葉を選ばなくて良くなるから。
反抗勢力の拠点と思われるバーの前まで来たが、日中は営業していないのか、ドアは閉まっているし店の中に人の気配もない。
フラリッタは少し顔を上げて建物の大きさから構造を推測しようとするが、この辺りは飲食店や商業施設が多くあり、建物同士もくっついているため、地上に怪しげなスペースがあるかどうかはわからなかった。
まあそもそも地下に隠れ家を造られていると上からではわからないので、結局突入しなければいけないことには変わらないが。
「ここが違ったら誰かに直してもらってね」
『え、何する』
クロスの疑問も聞かないで、フラリッタはあまりに自然な動作で抜いた剣を、扉と壁の隙間に差し込んだ。
そしてまた頭が痒いくらいの感覚で手を伸ばし、剣を背中の鞘に戻せば、表通りだと言うのに誰にも気付かれないまま、店の鍵を破壊してしまった。
あまりの手際の良さに、クロスは唖然としている。
「やってみた感じ慣れてるから、昔もやってたのかもね。まあ鍵なんてどれだけ厳重にしたところで、結局開かないようにしてるのは物理的なものだから、壊すのが手っ取り早かったんじゃないかな」
『……まだ訊いてないっす』
「でも気になったでしょ?」
『……」
精巧な鍵にしろ電子ロックにしろ、たとえ魔力制御だったとしても、扉が開かないということは壁との間に何か引っかかっている物があるということ。
だったら鍵なんてわざわざ開けずに、そちらを破壊してしまえばいいだけだ。
なんてフラリッタは思っているが、実は最近の鍵は破壊対策に魔法までかけられている。まあ魔力で施錠されていようが壊せるので、魔法なんてあってもなくても変わらないのだが。
そして口を開けないクロスは置いといて、フラリッタはバーの中に侵入する。この時点で色々と法律には抵触しているが、議会所属となった今ではあまり気にしなくていい。そこだけは本当にありがたいと思える。
窓が少ないため店内は薄暗く、また客が大勢来る場所でもないのかそこまで広くもなかった。
無意識に地面を足で叩き、照明の場所を確認する。
ついでに手で椅子を持ち上げて重さを測っていれば、再起動したクロスが質問を投げてきた。
『……それはあれっすか。ここで戦うことになった時用に色々確かめてるんすか?』
「ん? ……ああ。そうだな。敵地に乗り込むんだから当たり前だと思っていたが、傍から見たら不自然か」
『……いえ、徹底しているな、と』
最悪は壁をぶち抜いて外へ飛び出せばいいと思っているが、そこまで騒ぎを拡大させたくはないので、こうして念入りにチェックする。
気付けばやっていたようなことだが、これも昔からフラリッタは意識していたのだろう。かつては本当に誰にも気づかれてはいけなかったから。
「で、いるとしたらここかな」
目をつけたのは関係者以外立ち入り禁止の扉。
店なんだから店員用の通路や部屋があるのは当然だが、そういう場所は人の目につかない。何かを隠している可能性もあるだろう。
『建物の構造データでは狭い更衣室があるだけですが、改造されていたら何があるかわかりません。気をつけてくださいっす』
「了解」
パスワード型の鍵がかけられていたが、ここも先ほどと同じ手順で破壊。
もし仮に鍵が壊されたことで通知でも行くような仕様になっていたら面倒だが、今のところ殺気の類は感じないので大丈夫だろう。
ここは警戒して壁にぴたりと張り付き、静かに扉を開けてから中を覗く。
扉の先は、さらに真っ暗だった。だが目に力を込めれば少しだけ見えるようになる。
「……ここには何もない、か」
『本当にトイレと更衣室があるだけみたいっすね。人の気配もないので、入っても大丈夫かと』
「わかった」
誰もいないなら好きなようにできる。
ディエルフェルナに光を纏わせ、室内を隅々まで見て回る。
『隠し通路らしき物もないっすね。後はロッカーの中などでしょうか』
「……これにも鍵がかかってるのか」
荷物や制服を入れておくためのロッカーにさえ、ダイヤル式の鍵がかかっていた。
ここまで破壊していると流石に面倒なので、もっと別の方法で通路を探す。
『……何してるんすか姫様?』
「あるとしたらロッカーの奥か下だ。なら、これで見つけられる」
フラリッタは縦長のロッカーを一つずつ手前に傾けて、動くかどうかと裏に何もないかを確かめていく。
そもそも数もあまりないためすぐに終わると思っていたが、始めて三個目、ちょうど中央のロッカーだけ固定されたように重くなっていた。
「これだな」
ガヅっ、と鈍い音を立てて鍵を破壊し、金属の扉を開け放つ。
警戒を忘れてしまっていたが、いきなり武器や魔法が飛び出してくることはなかった。
そこにあったのは、見るからに隠し通路。
床と壁を掘り、適当に魔法で崩れないようにしてあるだけの粗雑な階段が、さらに真っ暗な地下へと続いていた。
「ここから先は喋れなくなると思う。私でも気付けない何かがあれば言って欲しいが、普通の質問には答えられないからな」
『その辺は心得てますよ。俺だって一応、姫様と共に戦いましたから』
「ふ、そうだな」
心配はいらなかったようだ。
フラリッタはより一層表情を引き締め、地下へ続く階段に足をかける。
「……罠もないのか。それに声も聞こえるな。もしかして、ここは……」
ディエルフェルナを収納して明かりを無くしても、階段を折り返したところからは足元が照らされるようになった。
そしてその光源は地下の部屋から漏れ出たもので、防音性能も高いのだろうが、フラリッタの耳は男たちが笑うような声も聞き取っていた。
どうやらここには人がいる。
足音どころか気配も消して、扉のない壁に背中をつける。
『……トランプ、ダーツ、ビリヤード。おまけにあの金は賭け事でもやっているんでしょうか』
「……そうみたいだな。やはりここは、拠点というより資金源か。特に情報があるわけでもなさそうだ」
議会も情報を掴めていて、なのに普通の店と変わらない程度のセキュリティしかなく、唯一それっぽい隠し通路も、バレたら一発で抑えられるような不用心さ。
おかしいとは思ったが、ただの資金源でしかないなら納得だ。むしろ適当に反抗勢力の人間を出入りさせて、議会の監視の目を引きつけるだけでも囮になる。
向こうもかなり考えてやっているようだ。
フラリッタは少しだけ肩の力を抜いて、顔を見られないようにフードをさらに目深に被り、敢えて足音を立てて部屋に入り込む。
「ん? 誰だテメエ。今は営業中じゃねえぞ」
「馬鹿かお前、営業中でもここには入れねえんだよ」
「あっ、そうだったか」
ガハハハハと男たちの間で笑いが起きる。
それで人数も把握できたが、ここにいるのはどうやら四人のようだ。
あの規模の店を回すだけなら、むしろ多い方かもしれない。
フラリッタは警戒されていないことをいいことに、普通に話しかける。
「なあ。ここは反抗勢力の店か?」
「お? 女かよ。それを聞くってこたぁさては議会の人間だな? さぁてどっちだろうなぁ。誠意を見せてくれりゃあ、教えてやってもいいんだがよ」
ニタニタと、馬鹿っぽい男が笑いながら言った。周りの奴らも、止めないどころか同じように笑っている。
「……ふむ。立ち入りは初めてか。おまけに戦闘慣れもしてない。本当に金を流してるだけなんだな」
「……おいおい嬢ちゃん、俺たちがいつそんなことを言った。それに喧嘩は得意なんだぜ? この間なんかこーんなでっけえ男をしばいてやったさ」
「はあ、ふん。だからさ」
フラリッタはめんどくさくなったのでディエルフェルナの柄に手をかけた。
「それはただの、喧嘩だろ?」
ゾワッ! と目に見えて男たちの間に激震が走った。
思わず一歩後退りし、認識が追いつくとさらに逃げる。
だが狭い地下室では逃げるに逃げれず、また出口はフラリッタが背にしている階段しかない。
「悪いことは言わないからさ、吐けよ。お前らは、ここで一体何してんの? 反抗勢力とはどういう関係?」
「わ、わ、わかった。話す、話すから、だからその剣をしまってくれ……!」
どうやら魔剣の効果だと思ったらしい。本当にどこまでも戦場に慣れていない奴らだ。
まあ勘違いしてるならそれでいいか、とフラリッタはディエルフェルナから手を離し、代わりにフードの奥から眼光で男を萎縮させる。
「じゃ、話してもらおうか」
*☆*
『……えー、これで似たような拠点が絞れまして、こちらが掴んでいた情報の約八割が囮だったことも判明しました』
男たちは、案外色々知っていた。
どうやら囮となっている場所は元々潰れかけていた店らしく、経営を立て直し、客も連れてくる代わりに売り上げの一部を献上する約束だったらしい。
またそういう店は意外と多く、どこも似たような状況だったために仲間意識でも芽生えたのか、情報交換も盛んだったようだ。
そういうルートを全部教えてもらった結果、議会はかなり踊らされていて、また拠点の多さにビビっていただけだということが露呈してしまった。
「まあ、無駄に戦わなくて良くなっただけマシだろ。あのままだったら私、ほとんど関係ないような店まで全部壊滅させてたぞ」
『……それはそれで恐ろしいんすけど、俺としてはこの情報を上に報告するのがちょっと……』
「じゃあ私から言っておくよ。とりあえずデータ上では囮の場所も割れたんだろ? なら、まだそれっぽい場所へ案内してくれ。それもダミーだったら、今日は一旦切り上げるしかないかな」
『了解っす』
今まで、フラリッタはどうやって情報を集めていたのだろうか。
現在のように議会からの助けもなく、また姉の魔法にも頼れない。
だというのに全ての拠点を見つけ出し、そして壊滅させた。
その方法を思い出せれば、もう少し後手に回らずに済むと思うのだが。
そんなことを考えながら、フラリッタは次の目的地まで移動する。
自分のスマホでも確認できるそこは、フラリッタの故郷の中でも大都市の方だ。
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